風俗探偵 千寿 理（せんじゅ おさむ）：第11話「逆結界と『strongest』、次第に明らかにされていく謎…」

「いや…笑ったりしてすまんかったな。
お前さんも、わしの仕事くらいは知っとろうな？　陰陽師おんみょうじじゃ。
　陰陽師おんみょうじの仕事にも色々とあってな、中には妖あやかしや魔のモノどもを調伏ちょうぶくする事もその一つじゃ。
　そして、先程お前さんも見たであろうが式神しきがみを使ったり、妖あやかしや魔…場合によっては八百万やおよろずの神々達をも目的に応じて使役しえきする事もあるのじゃ。
　したがって、わしらは普通の人間には見えぬ非現実的なモノも見えるし、見慣れておるとも言えるな。
　わしらにとってはお前さんの様な神獣であろうと、先程の不死身の化け物であっても存在を信じとるし、決して現実から逃げ出したりはせん。
　相手が敵であれば戦うし、味方ならば共に進むのにいささかも迷いは抱かんよ。」

まあ、このじいさんの言う事は分かった。
だが、俺にとっての大問題は他にあった。逆結界の腕輪うでわについてである。
なんでこのジジイはあんな腕輪うでわを俺に付けさせやがったんだ？

「親父さん。俺は、あの逆結界の腕輪うでわを俺に付けた意味が聞きたいんだ。話してくれるだろうな…　答えなかったり、返答しだいでは俺にも考えがある…」
　嘘だった…俺は何も考えてなかったんだが、ああでも言わなきゃ俺の格好がつかない。

老陰陽師おんみょうじが話を始めた。
「あの逆結界の腕輪うでわは、神社を含めたこの領域の結界からお前さんを護まもるために付けさせたのじゃ。

　わしは陰陽道おんみょうどうの一つである占術の六壬神課りくじんしんかによって、お前さんが今日ここへ来るのが分かっておった。そしてお前さんが人間では無いという事もな。
　
　じゃが、占いによるとお前さんは成治せいじの旧友である上に、人間では無いものの怪しい存在ではないと出ておる。
　しかし、お前さんが妖あやかしや魔のモノでは無いにしても、この領域にかけられた結界は、間違いなくお前さんに作用するじゃろうと考えたのじゃ。
　逆結界は結界の張られた領域内で、その結界を打ち消す効果を現すのじゃよ。したがって逆結界を身に着けた妖あやかしや魔界の物は結界内で結界の作用を受ける事なく自由に行動出来るようになるはずなんじゃ。

　ところが結界の効果と逆に働くはずの逆結界が、予想外にお前さんの能力を封じてしまったのは…　わしの考えが間違えておったという事になる…
あの二人は逆結界の効果で能力を封じられなかったというのにのう…
お前さんには、すまん事をしてしまったな…

　じゃが…あの逆結界の腕輪を実際にはめて見て、お前さんとしてはどうじゃった？　腕輪を付ける前と付けてからの違いはあったはずじゃがな。」

俺は聞かれるままに老陰陽師おんみょうじに答えた。
「この家や安倍神社に入った時は、なんか身体に違和感があったな…
だが、身体が動けないとか言う感じじゃなかった。全身にピリピリとした軽い痺しびれがあるような…そんな感じかな？
　それが、そちらの奥方様に腕輪を付ける様に言われて付けてみると、その違和感とかピリピリがピタリと治まっちまったんだ。
だから俺は訳が分からないが、言われたままにソイツを付けてたんだ。」
俺はいったん話を止めて、老陰陽師おんみょうじと美しい榊原さかきばらアテナを交互に見た。

　そして、俺はまた話を続けた。
「それがじいさん、あの牛野郎と戦って見たら一方的に俺がやられまくったじゃねえか。俺の愛車の『ロシナンテ』が来なけりゃ危ない所だったぜ…
　本当なら俺は満月の時期には相手がどんな奴だろうと、負ける訳が無いんだぜ。文字通りの不死身になるんだからな。
それが、あんな牛頭うしあたま野郎にいいようにやられちまって…
　全部あの腕輪のせいだ。結界の効果を打ち消すどころか俺の能力を封じちまったじゃねえか。
ええっ、どうなってんだ！　じいさんよ…？」
俺としてはずっと頭に来ていたので、少し強めにじいさんに言ってやった。

「あっ、いたたた…　腰が…　膝が…　はて？　わしは何をしておったんかいのお…？　お前さんは誰じゃったかな…？」
老陰陽師おんみょうじは白々しらじらしい三文芝居を始めやがった。

俺はじいさんの迷演技に呆あきれて物も言えなかった…
「おいおい…　あんたがボケちまうなんてありえっこないだろう？」

「ほっほっほ、お前さんはなかなか冴さえとるのお。わしの若いころにそっくりじゃわい。
　まっ、冗談はさておき…　さっきの男女の二人組の登場はわしにも予想外じゃったが、あの二人も逆結界を使っておったとはのう…

　彼奴あやつらは身につけた逆結界のお陰で、安倍あべの神社を含めたこの結界で守られた領域内でも自由に動き回れたのじゃな。
　しかし、逆結界は結界の作用を打ち消すだけじゃから、あの牛頭ごずの不死身に関しては信じがたいが、彼奴あやつ自身の本来の能力だったのじゃろう。
　お前さんといい、彼奴あやつら二人といい…　しかもあの戦車みたいな車は何じゃ、人の家で大砲や焼夷しょうい弾をぶっぱなしおって。
この家が火事にでもなったらどうしてくれるんじゃ…まったく。」
じいさんの愚痴ぐちが続いた。

　俺は、この老陰陽師おんみょうじのじいさんの愚痴を、立ち話で長々と聞かされるのに少々うんざりしてきた。

「お義父とうさま、お話の続きは家の中でなさって下さいな。
さあ、どうぞ千寿せんじゅさんもお入り下さい。」
　アテナがちょうどいい具合に横やりを入れてくれたので、俺は内心ホッとした。
　この女性は、まるで風祭かざまつり聖子のようだなと俺は内心思った。美しさだけでなく性格も良くて、何よりも気配りに長たけている…　俺は素直すなおにそんな風に感じた。

俺達は、もう一度先ほどの和風の応接間に入った。
　すぐに如才じょさいのないアテナが茶の支度したくをしてくれた。俺と鳳 成治おおとり せいじ、それに安倍賢生あべの けんせいが席に着いた。
アテナは気を利きかせたのか、部屋から出て行った。

俺は向かいに座った鳳 成治おおとり せいじに単刀直入に聞いた。
「で、あの化け物どもは何なんだ？　アイツらも川田明日香あすかの引き渡しを要求していたぞ。
　まさか、俺と同じ様に明日香あすかの親父さんから依頼された訳でもあるまい…　
　鳳おおとりよ、こうなったら是が非でも話してもらうぞ。
　俺も巻き込まれた当事者なんだからな、おかげで不死身の俺が危うく命を落としかけたんだぞ…
まったく、そんな事になったら洒落しゃれにもならないぜ。」
そう言いながら、俺はじいさんを睨にらみつけてやった。

「ふうう…　俺だって驚いたさ。あの二人組と言い、旧友のお前が獣人だったなんて知らなかったんだからな…　
　まあいい。こうなってしまった以上は、確かにお前には知る権利があるだろう。話さないわけにはいくまい。」
そう言って鳳 成治おおとり せいじが語り出した話は、以下の様な物だった。

　まず、初めに鳳おおとりが課長を務める内閣情報調査室の特務零課とくむぜろかに警察庁長官からカブキ町で流行り出した闇やみドラッグ『strongestストロンゲスト』についての情報がもたらされた事から、今回の一連の事件は始まったらしい。
　俺も『strongestストロンゲスト』については興味があったので、熱心に鳳おおとりの話に聞き入った。

　『strongestストロンゲスト』の流通経路は、どうやらカブキ町に巣くっている中国マフィアが出所らしかった。
　そこまでは警視庁の組織犯罪対策部内に設置されている組織犯罪対策第５課の薬物捜査担当係と、厚生労働省のマトリ（麻薬取締部）の両部局が動いた結果、調べがついたそうだ。
　しかし、両部署合わせて４名の捜査員が姿を消して行方不明となってしまった。中国マフィアに消された可能性が濃厚なのだが、裁判所から令状を取って動けるほどの確証が無かったのだ。
　おとり捜査が行われていただけに、強くは裁判所に請求できなかった。確証がどうしても必要だったのだ。確証を得るために両部局とも、もう一度新たな捜査員を投入したが、今度は全員が帰って来ないし連絡も途絶えてしまった。
　行方不明となった捜査員の数は、第一次と二次のを合わせると警視庁第５課が７名でマトリが５名の総勢12名となってしまった。警視庁も厚労省もそれ以上の犠牲者を出すわけにはいかなかった。
　こうして、警察庁長官から内閣情報調査室長に対して助けが求められた訳だった。

　室長からの命令を受けた特務零課とくむぜろかでは鳳 成治おおとり せいじ課長以下、特務零課とくむぜろかの精鋭を持って調査に当たった。
　特務零課とくむぜろかとは公おおやけにされていない特殊な機関で、日本においてのアメリカのCIAやイギリスのMI6に相当する諜報ちょうほう機関である。
　日本政府の表立っては動けない非合法的な諜報ちょうほう活動を主な任務とし、それに関して生じる窃盗せっとうや脅迫に加えて殺人に至るまで、任務とあればどんな非合法な手段でもこなすという、とんでもない政府御用達の組織だった。
　任務上やむを得ない殺人に関しては許可証を与えられており、法的な責任を問われることは一切いっさい無かった。
　もちろん、任務で命を落とす事などは当たり前と言うくらいに厳しい作戦であっても、命令と有れば否応なく実行しなければならない、プロフェッショナルな集団であった。

　鳳 成治おおとり せいじはそんな非合法な組織を率ひきいている男なのである。だから、旧友の俺に対しても最初は絶対に川田明日香あすかの件に関しても一切いっさい口を割ろうとしなかったのだ。

　話がそれたが、さすがに捜査に関しての手段を選ばない一騎当千の強者揃つわものぞろいの連中なだけあって、行方不明になる事無く命がけで情報を収集してきた。
　彼らが集めた情報によると、『strongestストロンゲスト』は警視庁捜査第５課とマトリが掴つかんだ通りに、新宿を根城とする中国マフィアが流通させている事が判明した。
　ただし、中国マフィアの裏に潜ひそんでいるのが中国国家らしいと言うところまで判明した時点で、日本政府からストップがかかった。
　日中の外交問題にまで発展するレベルの問題であるので、外務省及び内閣が二の足を踏ふんだのだ。
　だが、このまま『strongestストロンゲスト』の日本流通を見過ごしておくわけにはいかなかった。
　そこで苦肉の策として新宿における当の中国マフィアの根城を叩たたき、『strongestストロンゲスト』を全て没収廃棄はいきする作戦が検討されているとの事だった。
　これには警察庁、防衛相から選抜された特別部隊が任務に当たる事になる予定だと言う。

「その作戦の実施はいつになるんだ？」
俺は嫌な予感がして、鳳 成治おおとり せいじに聞いてみた。

鳳おおとりも仏頂面ぶっちょうづらを隠しもせずに、吐き出すように俺に言った。
「さてね…？　そこのところは俺にも分からん。政治家や官僚のお偉えらいさん方のやる事は、責任のなすり合いと問題の先延ばしばっかりだからな…」

「お前がそれを言うか？　お前だって官僚のお偉えらいさんだろうが。」
俺は呆あきれた様に鳳おおとりに言った。

「確かにその通りだ…　国民に対して面目めんもくが無い。」
　鳳 成治おおとり せいじは悔しさを隠そうともしない表情で言って、色が変わるほど唇を噛みしめていた。
コイツのこんな表情は見たことが無かった。
　俺はちょっとばかし、目の前の鳳おおとりが可哀かわいそうになった。

　だが、実際に中国マフィアはカブキ町に巣くって『strongestストロンゲスト』を捌さばいてやがるわけだった。
そんな状態のまま放っておけるもんか…　カブキ町は俺の大切な街なんだ。

俺は考えた末に、鳳 成治おおとり せいじに言った。
「俺が勝手に動くのなら、誰からの文句も無いよな？」

「？」
　鳳 成治おおとり せいじも隣にいる安倍賢生あべの けんせいまでが、不可解そうな顔で同時に俺を見た。さすがは血のつながった親子だ…変な所でも息がピッタリ合ってやがる。俺は笑ってしまった。

「千寿せんじゅ、お前が何を言ってるのか分からんが…？」
鳳おおとりが不審そうな目で俺を見て言った。

「俺は、カブキ町を今のままの状態にしておきたくないんでね…
　だが、政府や役人どもが中国マフィア相手の重い及び腰を上げるのがいつなのか、とんと見当もつかんときてる。
　だったら、いっその事…　俺が中国マフィア相手に『strongestストロンゲスト』をカブキ町から根絶やしにしてやるさ。」
　俺は目の前に座っている二人に対して、大きな虎の牙を見せながらニヤリと笑ってやった。

「お前さん一人でか？」
ここにきて、初めて安倍賢生あべの けんせいが口を開いた。

「ああ、そのつもりだ。俺の街だから…大掃除そうじは俺自身がやらなきゃな。」
　俺は目の前の老陰陽師おんみょうじと旧友の二人にだけでなく、自分自身に言い聞かせるようにしてつぶやいた。

「お前にその気があるんなら、うちの特務零課とくむぜろかが公的にではなく陰かげながらバックアップするが…」
鳳 成治おおとり せいじが慌あわてた様に俺に言った。
　俺はてっきり反対されるかと思ってたんだが、コイツも上に対して腹に据すえかねるものがあるってのは、どうやら本当らしかった。
　
　だが、俺は鳳 成治おおとり せいじに対しては首を振り、俺の目は老陰陽師おんみょうじの方を見たままで言った。
「いや、お前の部下達じゃあ悪いが少々役不足だ。だが、お前の親父さんなら話は違うがな…　どうだい、じいさん？　俺と組んでみないか？
だが、あんた何か気にかかってることがありそうだな…　違うかい？」

　俺の問いかけは、じいさんの痛い所を突いたようだ。あのお喋しゃべりじいさんが黙り込んじまった。

「俺が当ててやろうか…？　あんたが気にしてるのはズバリ、逆結界の腕輪に関してだろう？　ふふん、図星の様だな。
　あのライラとバリーが俺と似たような逆結界の足輪を付けていた事に、あんたは引っ掛かってるんだ…　違うかい？
　あの足輪があんたの作った物じゃないとしたら、いったいだれが作ったんだ？　俺には皆目かいもく見当もつかないが、あんたにならわかったんじゃないのか？
　ふっ、あんた正直だな。じいさん…　あんたの表情を見てりゃ俺が痛い所を突いたって事は小学生にだってわかるぜ。」
　俺は少々意地悪いじわるが過ぎるかとも思ったが、自分の思う所を正直に安倍賢生あべの けんせいに言ってやった。

「親父、コイツの言ってる事は本当なのか？　あの逆結界の足輪を作った人物に心当たりがあるのか？」
鳳 成治おおとり せいじが真剣な目で父親を見つめて言った。

「むう…　白虎びゃっこよ…　お前さんがそこまで読んでおったとは予想外じゃったわい。わしはシラを切り通すのはどうも苦手じゃ…
お前さんの言う通り、確かにわしには心当たりがある。
あれを作った者にな…」
　老陰陽師おんみょうじは覚悟を固めた様に、俺と鳳おおとりの顔を交互に見てから話し始めた。

「結界と言うのはな、仕掛けた者の術の力量はもちろんじゃが、その者の過去の経験や性格、それに思いも術に反映するのじゃよ。
　つまり、その者が結界をかける時に誰かを助けたい、あるいは誰かを呪ってやりたいと言う様な心情が現れてしまう。術者の精神に左右されるところが大きいのじゃな…
　わしがお前さんに仕掛けた逆結界は、お前さんが憎くて掛けたものでは無い。逆に、この領域に掛かった結界のプレッシャーからお前さんの身を護まもるためのモノだったのじゃよ。
　つまり、お前さんにとってはお節介ではあるじゃろうが、相手を思う心が込められておるわけじゃな。
　しかし、あの牛頭ごずの付けておった足輪は付けておる者を護るために逆結界を仕掛けた訳では無さそうじゃ。
　あの足輪からは、作った者のこの領域に仕掛けられている結界そのものを憎み、恨み、そして打ち破ろうとする悪意しか感じられんのじゃ。
術者の憎しみと怨念おんねんの塊かたまりの様なモノじゃな…」

　そう言った安倍賢生あべの けんせいは着物の懐ふところから小さな黒い玉を取り出した。
　老陰陽師おんみょうじが光に翳かざしたその玉には、逆五芒星ごぼうせいの模様が刻きざまれていた。
　俺がバリーの足首から引きちぎった逆結界の数珠じゅずの一玉を、じいさんが拾ってきたのだろう。

「じいさん、その憎しみと怨念おんねんに心当たりがあるんだな…？」
　俺が老陰陽師おんみょうじに聞いてみると、じいさんは微かすかだが苦しそうな表情を顔に浮かべた。

　息子である鳳 成治おおとり せいじは、息をするのも忘れたような顔で父親を見つめている。

「ああ…ある。わしのよく知る人物じゃ…」
じいさんは腕組を組み、目をつむったままで答えた。

「差し支つかえなけりゃ話してもらえないか…？」
俺は居ずまいを正して老陰陽師おんみょうじに真剣に尋たずねた。

「そうじゃな…　お前さんも成治せいじも聞く権利があるし、聞いておいてもらった方が良いじゃろうな…」
　安倍賢生あべの けんせいは静かに目を開き、空の一点を見つめたまま静かにゆっくりと話し出した。