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風俗探偵 千寿 理(せんじゅ おさむ):第5話「最凶ドラッグ『strongest』」

 シズクは歯をカチカチと鳴らしながら震えたまま立ち上がった。シズクの足元には彼女が失禁しっきんしたのだろう、床には尿にょうまりが出来ていた。
 最初は焦点しょうてんの合っていなかったシズクの目が次第しだいにはっきりとしてきたのか、ようやく俺の姿を認識した彼女は、目にいっぱい涙をあふれさせて俺にしがみついてきた。

 俺はふるえているシズクを力一杯抱きしめて、彼女の背中を優しくさすりながら言った。
「もう大丈夫だ、シズク… 怖かったろうな。もう、お前に危害を加えるヤツはここにはいない… 落ち着け、シズク。」
 俺はシズクから身体を離し、自分の着ていた上着を脱いで彼女にそっと着せてやった。そして、周りを見回した俺は落ちていたシズクのショーツと靴を拾い上げて彼女に渡した。受け取ったシズクは俺に背を向けてショーツを身に着けた。そして、椅子に座って可愛いピンク色のパンプスを両足にき始めた。

 俺はその間に、化け物と化していた男の吹き飛んだ頭の破片と一緒に落ちていた2枚の十円玉を拾い上げ、死んでいる別の組員の服でき取ってからポケットに入れた。このまま証拠として残しておくわけにはいかなかった。
 そしてくつき終えたシズクを立たせると、ガラスの破れた事務所の窓から救急車とパトカーのサイレンが聞こえてきた。

「行こう、シズク… これ以上ここにいると、厄介やっかいに巻き込まれちまう。長居は無用だ。」
 俺はシズクの肩を抱きながら、自分が上って来た事務所の階段とは別方向に向かい、廊下の突き当りにあった非常階段に通じるドアを開けてシズクと一緒に外に出た。

 このカブキ町に俺の知らない裏道などは存在しない。俺はシズクを連れて人通りの少ない目立たない裏道を選んで通りながら、さっき出て来たばかりの『wind festivalかざまつり』ビルにある俺の探偵事務所に戻った。

 ドアを開けて中に入った俺を、秘書の風祭かざまつり聖子が驚いた眼を見開いて出迎えた。そして、俺の肩にぐったりと身体をもたれかけているシズクを見ると、何も言わずに彼女を俺から受け取りソファーに座らせてやった。聖子は言わなくても何にでも気配りの利く女性だった。

 そしてキッチンに立った聖子は湯を沸かして俺には熱いコーヒーを、シズクにはホットココアを入れて持って来てくれた。

「さあ、お飲みなさい。身体があたたまるわ…」
そう優しく言って、聖子はシズクにホットココアを手渡した。

「所長、一体何があったんですか…?」
 問いかける聖子に、俺はコーヒーを飲み終えてから自分で見た事だけだが話して聞かせた。
 話し終えてシズクの方を見ると、彼女は両手でつかんだマグカップからホットココアを飲み終えたところだった。そして、大きく吐息をついた彼女は聖子に向かって弱々しい笑みを浮かべて礼を言った。
「ありがとう… おかげで身体があったまったわ…」

「どういたしまして。少しは落ち着いた?」
 聖子の問いかけにシズクは小さくうなずいた。俺と聖子は顔を見合わせて小さく微笑ほほえんだ。

「で… あの事務所で何があったか話せるか、シズク?」
俺がシズクに聞くと、彼女はまた小さくうなずいた。

 シズクが語ったところによると、彼女が遭遇そうぐうしたのは以下の様な状況だったらしい。

 俺の事務所からの帰る途中、あの壊滅かいめつした暴力団組織「海援組かいえんぐみの若いしゅうから声を掛けられ、彼女の仕事である訪問ヘルスを頼まれて事務所に連れて行かれたそうだ。
 シズクも商売になるからとついて行ったわけだが、事務所には彼女を連れ込んだ若いしゅうも含めると6人の男達がいた。その内の一人は組の若頭わかがしらだったらしいが、組長は不在だったようだ。
 全員が20代~30代の性欲を持て余した若いヤクザ者達の事だから、入って来たシズクを閉じ込めて全員で輪姦まわし始めた。シズクは話が違うと抵抗したが、男達に力ずくで代わるがわるおかされてしまった。

 そして、全員がり終わったところで男達は一服して酒やタバコをやり始めた。そのうちの一人の男が、取り出した注射器とアンプルを使って自分の腕に注射を打ち出したらしい。
 そいつが言うには、最近仕入れた新しいドラッグでシズクを再び犯すために性力増強するんだと言いながら、自分でためし打ちをしたのだ。
 他の男達は笑いながら見ていたが、しばらくすると注射を打った男が苦しみ始め、床にころがりのたうちまわった。そして、ふるえながら見ていたシズクの目の前で、立ち上がった男の身体は色が青く変わり全身が大きく膨張ぼうちょうし始めた。
 2m以上に巨大化した男が着ていた服は全て破れ、全身が青い皮膚と化している事が分かった。
 そして、青鬼あおおにの様に変身した男は近くにいた仲間の顔を文字通りなぐり飛ばし、なぐられた男は窓ガラスをぶちやぶって道路上に落下した。シズクは悲鳴を上げて、近くにあった組長の机の下にもぐり込んだらしい。

ちょうどそこへ、組事務所前の道路を俺が偶然通りかかった訳だった。
 後は机の下で頭を抱えてふるえていたシズクよりも、俺の方がくわしかったので話は割愛かつあいする。すでに話した通りだ。

可哀かわいそうに、ひどい目にったな… シズク。」
俺がなぐさめる様に言うと、シズクはまたガタガタとふるえ出した。

「オサムちゃん…怖かったよう… ヒック、ううぅ… ヒック…」
 シズクはふるえながら泣き出したが、少し泣いた後で大きく欠伸あくびをしたかと思うと、ソファーにもたれて眠ってしまった。
 シズクが急に眠ったのは、聖子がホットココアに睡眠薬を入れておいたためだったらしい。

 俺は聖子と協力して事務所兼応接室のとなりにある俺の個室へシズクを運び、俺のベッドに寝かせて布団をかけてやった。目がめれば少しは落ち着くだろう。
 
 事務所に戻った俺と聖子はもう一度熱いコーヒーを飲むことにして、今度は俺が二人分のコーヒーをれた。

俺のれた美味いコーヒーを飲みながら、俺と聖子は真剣に話し合った。

「それにしても、急に化け物に変身したという男は自分でも知らなかったのでしょうか… そのドラッグを打てばどうなるのかを…?」

聖子が首をかしげて言うのに俺が答える。
「知らなかったんだろうな。ただドラッグでハイになって、シズクを何度も犯したかったんだろう。それを仲間に見せつけたかったんだ。いきがった若いチンピラの考えそうなこった。」

聖子が思い出したように言った。
「そう言えば、所長… 聞いたことがありますか? 最近、このカブキ町で新しいドラッグが横行おうこうし始めたといううわさを…?」

俺は首を横に振って聖子に答えた。
「いや、初耳だ。俺は知らない… 最近、仕事の依頼が続いて忙しかったからな。」

聖子は自分の机に腰を掛けて、パソコンを叩き始めた。
「新宿署のコンピューターにアクセスしてみます。何か分かるかもしれませんわ…」
 そう言った聖子は、少しの間パソコンを操作していた。俺はそんな彼女に、もう驚いたりはしなかった。
 彼女にかかれば、新宿署だろうが警察庁だろうがお構いなしにハッキングしちまうんだから…

「分かりました、所長…
 カブキ町に新しく出回っているドラッグは名前を『strongestストロンゲスト』と言って、警察では現在取り締まりを強化しています。
 しかし、出所がなかなかつかめずに捜査は難航しているようですね。しかも、この『strongestストロンゲスト』は名前の通り今までになく強力なドラッグで、使用者の中には死亡したり廃人となる者が多く出ているようです。」
聖子は画面から顔を上げて俺を見て言った。

「そんな恐ろしいドラッグが、このカブキ町に… いったいどんな連中がその『strongestストロンゲスト』をばらいてやがるんだ。この俺の街に…」
 俺は怒っていた。自分の大切な縄張なわばりであるカブキ町に、おかしなちょっかいを出す奴は許してはおけない。

「それから、他にも分かったことがあります。これは最高機密扱いになっている情報なのですが『strongestストロンゲスト』を使用した者の中で、今回のケースの様に怪物化した人間が何人かいたようです。
 この件に関しては警察ではなく政府扱いの案件となっており、内閣情報調査室が中心となって処理している模様です。」
聖子は新宿署どころか、政府の最高機密にまでもぐり込んだようだった。

しかし、俺の頭にピンとくるものがあった。
「そうか、つながったぞ…」

そう言った俺のつぶやきを聞いた聖子がたずねてくる。
「何の話です? 何がつながったと言うんですか…?」

俺は聖子の顔を見つめてウインクをして見せた。
「内閣情報調査室と、このカブキ町の二つに関係を持つ人間… 俺達はその男を追い始めたところだったんだ。」

聖子はすぐに気が付いたようだ。彼女は頭の回転がすこぶるいい。
「それじゃあ… 鳳 成治おおとり せいじがこの『strongestストロンゲスト』と関係して動いていると所長は言うんですね。」

「ああ、内閣情報調査室の特務零課とくむぜろかといったら、この国の機密や諜報関係を一手ににぎっていると教えてくれたのは君だぜ。
 となると、特務零課とくむぜろかの課長である鳳 成治おおとり せいじが『strongestストロンゲスト』とかかわりが無いはずはないだろうな。
 しかも、その鳳 成治おおとり せいじが自ら同行して連れ去った娘が俺達の今回の依頼対象なんだぜ。これは聖子君、今回の依頼を始めからもう一度じっくりと考え直す必要があるな。」
 俺は自分で言っているうちに、不謹慎ふきんしんだが顔がにやけてきた。俺は普通の人間なら投げ出してしまう様な困難な事に向き合うと、自然と顔がにやけてしまう変なくせがあるのだ。

そんな俺の奇妙な性質を良く知っている聖子は、深いため息をついた。
「仕方がありませんね。一度引き受けた依頼は必ずやりげるのが所長のポリシーだし、今回の件はカブキ町といい、鳳 成治おおとり せいじといい、所長に深くかかわっている案件ですもんね。
あなたがあきらめるはずが無いわね…」

「そう言う事だ、聖子君。
 俺は化け物に変身するドラッグだろうが、政府の最高機密だろうが知った事じゃない。
 俺のカブキ町に変なもんをばらきやがるヤツは、この俺がたたきのめす… 俺が考えてるのは単純にそれだけだ。」
 俺はこの件の元凶げんきょうである何者かに対して、沸々ふつふつと怒りが燃え上がって来た。

「あなたならそう言うと思ってたわ、所長… でも、これで今回の依頼を遂行すいこうしていれば、いやでも鳳 成治おおとり せいじや『strongestストロンゲスト』ともかかわらざるを得なくなった訳ね。
 ホントに所長の元には、いつも厄介やっかいごとが向こうから手をつないでやって来るんだから… だけど、今回の件はまさしく命がけになりますわよ。」
 聖子はなかばあきらめ気味に俺に言った。

「だが、君がそんな俺を嫌っているのではない事は、その表情や口調で俺には分かるぜ… 聖子君がいれば俺には怖いものなんて無いさ。」
 俺はお世辞せじでも冗談でもなく、真剣に聖子の目を見つめて言った。これだけで、彼女には俺の気持ちが伝わっただろう。

聖子はため息をついて俺に言った。
「では、所長… 鳳 成治おおとり せいじの現在の居場所は、彼の所持するスマホのGPS発信からすでに突き止めてあります。まず、彼に当たって見るのが第一でしょうね。」

「ありがたい。だから俺は君が好きなんだ。
 いつも君は俺のして欲しい事を言う前にやってくれる。本当に君には感謝してるぜ、頼りになる俺の秘書で相棒だ。」
俺は心底から聖子に感謝した。
 
 聖子は俺に感謝されて満更まんざらでも無いらしく、少しほほを赤らめた美しい顔で俺を見返していた。

じっさい、風祭かざまつり聖子は非常に美しい女性だった。
 なんでこれほどの才色兼備で、まだまだ年も若いと言える大金持ちの未亡人である聖子が、こんなカブキ町のしがない風俗探偵風情ふぜいの俺の元で秘書として働いてくれているのか…さっぱり分からなかった

だから俺は聖子に頭が上がらないのだった。

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