妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「由井正雪と魔槍『妖滅丸』」(⑮拾伍)" 由井正雪と森宗意軒 "
むうう…
おのれ、おのれ、おのれえっ!
くっそう!
彼奴ら…よくも、よくも
某に煮え湯を飲ませ、恥をかかせてくれおったな…
この屈辱は必ずや、何倍にもして返してくれるぞ…
今、某のおるのは
江戸は神田連雀町に某の開きし
『張孔堂』なる軍学塾の一室…
某はつい先ほど
青龍と柳生十兵衛との闘いから
帰ったばかりである
彼奴らに対する遺恨が、某をこの上もなく苛立たせる
ええい!
森! 森はおらぬか?
おったら、すぐさま某の元へ来させよ!
まるで某に呼ばれるのを待っておったかの様に
廊下に通じる障子がスラリと開き
「お呼びにございまするか…? 正雪様…」
「おお、森か… 入るが良い」
森が某の居室へと入って参った
森は白髪の総髪で髷を結い、頬から顎にかけて生やせし白髭は胸まで達する長さがある…
主人である某でさえ、実際の齢を知らぬ老体であった
外見は齢を重ねた好々爺の様に見えるが
身体の動きはまだまだ壮健で矍鑠と致しておる
「森… いや、某の前では其方は宗意軒じゃ
宗意軒よ…
某は柳生但馬守の襲撃に失敗致した
邪魔が入ったのじゃ…」
「ほう…
正雪様の襲撃を邪魔し、阻止し得る者とは一体…?」
森 宗意軒は一瞬、驚きに目を見開いた後…
また本来の細い目に戻りながら某に問いかけた
「但馬守が倅の柳生十兵衛と、其方にも前に申した事のある『青龍』…
それに加えて、もう一人の正体は不明なれど老体の僧侶じゃ」
「ふむ…
十兵衛は分かりまするが、正体不明の老僧侶とは…
はて…?」
森 宗意軒が首を捻る
この男、森 宗意軒…
某と共に既に死んだ事になっておるが
数年前、島原の天草にて蜂起した『島原の乱』においてキリシタンと農民どもを率い、島原藩と幕府を敵に回し戦った益田 四郎時貞と名乗りし某の参謀を務めた男…
そして、四カ月に及んだ『島原の乱』は幕府軍に破れ…
某も目の前におる森 宗意軒も、表向きには幕府に囚われた挙句に、刑死した事になっておる
無論、二人の影武者という尊い犠牲の下にな…
死んでしまった天草四郎などと云う男の事などは、もうどうでもよいがな…
某は宗意軒に説明した
「その老僧侶…
孔雀明王印を結び、何やら一心不乱に念じておった
その姿は無心に、何かに対して孔雀明王呪を唱えておった様に見受けられた
そのすぐ後に柳生十兵衛の身に大天狗が憑き、十兵衛めは自在に空を飛んだ…」
某の説明に宗意軒は思い当たる節があると見える
「されば、正雪様…
十兵衛に憑きし霊は役行者…
大天狗とも称された役 小角にございましょう
しかるに、その孔雀明王呪を唱えたと云う老僧侶…
しかも、柳生但馬守と十兵衛を
己が身を挺してでも守ろうと致し、それだけの禁呪法を使いこなせる老僧侶と申せば…
私の思い至りし者は、ただ一人しかおりませぬ…」
ここで宗意軒はニヤリと笑って
某の顔を見つめおった
「ええい、宗意軒! 早う、その者の名を申さぬか!」
某は、いらつきながら宗意軒に先を促した
「はっ、これは御無礼仕りました
その者はおそらく…
東海寺初代住職にして、今は亡き天海僧上より将軍家相談役をも引き次いで相務める高僧、沢庵 宗彭にございましょう」
宗意軒は淀みなくスラスラとその名を口に致した
「何…?
その方は彼の老僧侶が、あの高名な沢庵和尚だと申すのか…?」
「御意…」
宗意軒は自分の見立てに何の疑問も持たぬかの様に、某に対して静かに頷いて見せた
「ううむ… 沢庵か…
確かに沢庵ならば、彼の僧侶の全ての特徴に合致致すし、十分に納得も出来る…」
某は宗意軒の具申に否は無かった
「今、沢庵は但馬守の江戸下屋敷に
『検束庵』と名付けし一室を設け
逗留致しておる様子…」
宗意軒の話を聞き、某は腕を組み虚空を見つめながら言った
「ふむ…
沢庵は我らの幕府転覆計画にとって大いなる障害…
取り除かねばならぬな」
「御意にござります
このまま奴めを生かしておけば、我らの邪魔な存在となるは
火を見るよりも明らか…」
そう返事をしながら、
宗意軒が某の目を見てニヤリと笑う
「そうは言うがな、宗意軒よ…
沢庵の現在の住まいは柳生但馬守の江戸下屋敷じゃ…
十兵衛が率いる裏柳生と、柳生新陰流一門の強者どもに絶えず守られておる
しかし…
真に恐るべきは、必ずや沢庵と共に柳生に手を貸すであろう青龍と奴の魔剣『斬妖丸』…
某の悩みの種はいつも彼奴じゃ…
所詮、同じ力を操る某と彼奴は互いに終生相容れぬ宿命よ
我らの野望達成の為には、青龍を実力を持って取り除くほかあるまい…
そうであろう、宗意軒よ?」
某が目を向けると、宗意軒は細い目をさらに細く…
いや、ほとんど閉じたままで大きく頷いた
「御意にござります…
されど、私めの危惧は青龍の『斬妖丸』と正雪様の『妖滅丸』の力が激突した際に生じるであろう、凄まじいまでの破壊の力にございます
恐らく…その破壊力は、江戸の町を消滅させるに十分なほどのものかと…
しかし、江戸の町自体が消滅してしまっては
我らの悲願は達せられませぬ…」
今度は宗意軒は、細い目を大きく見開いて某を真っ直ぐに見つめて申した
某は、間髪を置かずに答えた
「その通りじゃ… 我らが悲願、憎き徳川からの天下の覇権奪還…
今は亡き太閤秀吉殿下の遺児、豊臣秀頼が一子である某…
この、豊臣 藤吉郎秀信が天下を握る事なり」
遂に某は、由井 正雪の前に名乗りし本来の自分の名を口にした
「織田信長公の成し得なかった天下統一を果たせし、今は亡き太閤秀吉殿下こそ某の真の御祖父君…
主君であった太閤秀吉殿下亡き後、己が護るべき主君と成った我が父上の豊臣秀頼を裏切りおった徳川家康…
某の父秀頼と祖母の淀君様に言いがかりとしか言えぬ罪を着せ、大恩ある豊臣家を『大坂の陣』にて滅ぼせし徳川への恨み…
豊臣の血を受け継ぎしこの秀信…
決して忘れは致さぬぞ
全国の幕府に恨みを持つ浪人どもを我が元に集め、某と宗意軒の操る魔界の者どもと共に、必ずや江戸幕府を転覆して見せようぞ
その幕府転覆の暁には、正式に我が本来の名である豊臣秀信を名乗り征夷大将軍として天下に布武し、豊臣家を再興致すのじゃ!
その悲願成就のためには…
某が其方より譲り受けし、この魔槍『妖滅丸』の妖力と、かつて『日本一の兵』と呼ばれた其方の智謀と力がますます必要となる
これからも野望達成のため、某に其方の力を貸せい!
宗意軒… いや、『島原の乱』以前の戦乱の世において天下随一の名知将と謳われた…
真田 幸村よ!」
【次回に続く…】
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