【Rー18】ヒッチハイカー:第14話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑫『食らえ、起死回生の一発!! 超弾丸、その名は shikigami bullet !!』
ログハウスから現れたヒッチハイカーの姿を遠目に見た伸田 伸也と鳳 成治に、SIT(Special Investigation Team:特殊事件捜査係)の隊長である長谷川警部の3人は、地上よりも激しい勢いで吹雪の吹き荒れる上空で、微かなヘリコプターのローター音に似た音を発生させている不可視の飛行物体の存在を忘れた。
「早く逃げろ! 後ろにヤツがいるぞ!」
長谷川警部は部下達の後方に現れたヒッチハイカーを見て、もはや彼らの隊長として黙って見てはいられなかった。現状の指揮官である鳳 成治の方に向かって最敬礼をするやいなや、鳳の許可を待たずにログハウスへ向かって走り出した。
「お前達! 後ろを見るんじゃないぞ! M84を投げる!」
走りながらそう叫んだ長谷川は、タクティカルベストの収納ポケットから取り出した特殊閃光手榴弾のM84の安全ピンを抜き去り、レバーを引いて信管に点火させると、ヒッチハイカーに向かって思いっきりの遠投で投擲した。
放物線を描いたM84はAチームの4人の頭上を、まだログハウス前で立ち止まったままでいたヒッチハイカーに向けて正確に飛んで行った。長谷川は昔、甲子園を目指した高校球児で外野ポジションのセンターを任され強肩で鳴らした腕前だったのだ。
長谷川に遠投されたM84は見事にヒッチハイカーに向けて真っ直ぐに飛んでいき、ヤツの前方2mくらいの地点の空中で炸裂した。
炸裂したM84の閃光でログハウスのすぐ近くが真昼の様な輝きに包まれる。
「今だ! 俺も手を貸す! 安田、急げ! 関本は後方の援護を頼む!」
島警部補が安田巡査の抱える山村巡査部長の反対側に回って彼を担ぐのに手を貸し、二人で山村を支えて懸命に運び始める。関本巡査はその後方に位置して後ろを振り返った。
ログハウスの前に立ちはだかったヒッチハイカーは、さすがにM84の炸裂が放った閃光の眩しさに耐えられなかったのだろう… 両手で目を抑えて立ち尽くしていた。
長谷川が雪に覆われた地面を懸命に駆け、4人の部下達の所へ走り寄って来て白い息を弾ませながら言った。
「お前達、よく無事だったな! ん? 片岡と足立はどうした…?」
長谷川の問いに島が代表して辛そうに答えた。
「隊長… 片岡と足立は名誉の殉職を遂げました! 二人ともヒッチハイカーと立派に戦って… ううっ…」
「そうか… いい奴らだったな…」
短かったが長谷川のかけた部下達への様々な想いのこもった重い言葉に、島も安田巡査に山村巡査部長も唇を噛み締めて涙を流した。後方を警戒する関本巡査の肩も小刻みに震えていた。
「お前達は本当に皆よく戦ってくれた。私は、お前達が捕らわれていた皆元さんを命がけで救出してくれた事を、隊長として非常に誇りに思うぞ。
片岡巡査と足立巡査の遺体は、このヒッチハイカーの件にケリを付けてから丁重に弔おう。」」
長谷川は安田と島の、山村を担いでいない方の肩を叩いた。
「隊長っ! ヤツが動き出しましたあっ!」
後衛を務める関本が叫び声を上げた。
「隊長、ヤツに我々の武器は通用しません!」
島が長谷川に言い辛いが最も重要な事を告げた。
「何?」
長谷川が島に問い返す。
「あのヒッチハイカーは、我々のSMG(サブマシンガン)の9mmパラベラム徹甲弾では倒せないんです! ヤツは身体に受けた徹甲弾を全て強靭な筋力で体外に押し出し、すぐに負った傷口を再生修復してしまいます…」
島が隊長である長谷川に向かって、自分達が命がけで経験した事実を辛そうに語った。
「安田、ちょっと止まってくれ。」
そう言って、島が安田に足を止めさせた。安田が言われたとおりに前方へと進めていた足を止める。
「隊長、自分と代わって安田と一緒にヤマさんを救護隊の所まで運んでいただけますか? ヤマさんの身体の状態は、折れた肋骨が肺や内臓を傷つけているみたいで非常に危険です。一刻を争います。
自分は関本巡査と一緒にしんがりを務めて出来るだけヤツを足止めし、援護します。」
そう言った島は、回していた山村巡査部長の左腕を自分の肩から外す。そして、長谷川に対して有無を言わさない口調で交代を促すように強く頷いた。
長谷川は自分も部下達と共にヒッチハイカーと交戦するつもりでここまで来たのだったが、隊長である自分に有無を言わせない様な島の強い眼差しに彼の決意のほどを感じ取ると、何も言わずに山村の運搬を交代した。
「死ぬなよ、島に関本… 俺はSIT隊長として、お前達の殉職は絶対に許さんからな。」
長谷川はずっしりと重い山村の身体を安田巡査と二人で支えて運びながら、後ろを振り返って部下達に強い調子で命じた。
「死ぬつもりなんて毛頭ありませんよ。死んで二階級特進するのなんて御免です。この事件を生きて乗り切って、実力で昇進して見せます。」
後ろへ遠ざかって行く長谷川にでも、隣にいる関本に対してでもなく自分自身を鼓舞するように、島がつぶやいた。
「そうですね… 死んでいった仲間達のためにも、俺達でヒッチハイカーの野郎を何としてでも…」
そう関本が悲愴な面持ちで、遺言にも似た決意を語りかけていた時だった
「いいえ、お二人とも… 僕がヤツを倒します。」
島と関本の背後で誰かが言った。
振り返った島と関本の前に立っていたのは、伸田 伸也の姿だった。
「の、伸田さん! 皆元さんは…?」
島は自分達の後ろに立っていたのが、自分達SIT隊員の装備の一部を身に着けた伸田一人だけなのを見て彼に問いかけた。
「彼女は鳳さんに任せて来ました。あの人なら安心して任せられる気がするんです。鳳さんの言うには、ヒッチハイカーを倒せる武器は、このベレッタに装填した式神弾しか無いそうなんで…」
伸田は自分で言いながらも、半信半疑の様な気持ちなのか少し自信無さげに言った。
「島警部補、あの鳳という人の言う事は本当なんでしょうか? 指揮官に対して失礼は承知で言わせていただくと、正直言って自分は何だか、あの人物は虫が好きません…」
関本が指揮官である鳳 成治を批判する言葉だが、自分の正直な気持ちを上官の島に告げた。
「気にするな、関本。今のは聞かなかった事にしておく。俺もお前と同じで、あの鳳指揮官は嫌いだ。」
ここまで言った島は関本と顔を見合わせてニヤリと笑った。そして続けて言う。
「だがな、関本… お前も分かってるだろうが、あのヒッチハイカーに我々の装備では歯が立たんのは現実だ。ヤツにはSMG(サブマシンガン)の9mmパラベラム徹甲弾ですら通用せんのだ。こうなったら藁にでも縋るしかあるまい…」
島は口ではそう言いながらも、自分達の手元に暴徒鎮圧用のライアットガンがあれば…と無い物ねだりの気持ちを捨て切る事が出来ない自分を恥ずかしく思った。今回の作戦ではライアットガンは携行しなかったのだ。
彼らは手持ちの武器だけで、悪夢にでも出て来そうな最悪の怪物と戦うしかないのだった。
「警部補、ヤツが来ます。」
関本が両手に持ったSMGをヒッチハイカーに向けて構えながら言った。
島と伸田もそれぞれの武器を構えた。
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同時刻、ヒッチハイカーとSITの二人と伸田達が対峙している上空に空中浮揚を続ける一機の航空機体があった。
しかし、その航空機は機体に光学的な迷彩でも施されているのか、外部から目視でハッキリとした形状を捉える事が出来なかった。
そのステルス仕様の航空機の操縦席には、一人の男の姿があった。
男は一人で何かをブツブツとつぶやいていた。
「ホントに…何考えてやがるんだ、鳳の野郎。こんな吹雪の山中に俺を呼び出しやがって…
俺だってヒマじゃねえんだぞ。それに…この『黒鉄の翼』を一回飛ばすのに、どれだけの金が掛かると思ってやがるんだ。掛かった費用は全部、必ずヤツの『特務零課』に請求してやるからな。
ところでスペードエース、GPSによると鳳がいるのは、この下で間違いないんだな?」
この航空機の操縦席は二名乗りのタンデム仕様のようだが、今は一人しか搭乗していないのにも関わらず、男が誰かに話しかけた。
「はい、マスター。鳳さんは、この『黒鉄の翼』の真下です。他に人間一名の生命反応あり。こちらは気を失っている模様。」
男に『スペードエース』と呼ばれて答えを返したのは、柔らかい響きで聞く者を心地良くする美しい女性の声だった。
「しょうがないか… 現在、アイツが相手にしているのが『strongest』の様な最凶ドラッグで怪物化した相手ってんなら、俺も放って置く訳にもいかん。
スペードエース、この地点から少し離れた林の上にでも移動しろ。そこで俺は一人で降下する。お前は、どこか安全に着陸出来る所へ行って、俺からの合図があるまでスリープモードで待機していろ。」
そう言うと男は何を考えたのか、狭い操縦席で着ている服を脱ぎ始めた。
「了解です、マスター。飛び降りるには、この辺りが最適かと…」
美しい女性の声が物騒な意見を男に告げた時には、男は服も靴も全て脱ぎ捨てて全裸になっていた。いや、たった一つ身に着けた物と言えば、左手首に着けたスマートウォッチだけだった…
「まったく… 今夜が満月だからいい様なものの、俺が風邪引いたらどうすんだ。
よし、いいぞ。キャノピーを開けろ。」
男が命じると、操縦席を覆う透明な天蓋が自動的に可動して開いた。地上から100mほど上空を吹き荒れる猛吹雪が、男の全裸の身体に直接襲い掛かった。
すると、これはどういう事だろうか…? 見る見るうちに、男の浅黒い色をした、引き締まった筋肉質の全身に白い体毛が生え始めた。
それは、まるで高速度カメラで撮影した動画をゆっくりと再生しているかのようだった。光景としては現実としては信じられず、CGの特撮映画かアニメでも見ているようだった。
この男… はたして人間なのだろうか? それとも、ヒッチハイカーと同類の新たな怪物なのか…?
数十秒もかからない内に、男の全身が白い剛毛に覆われてしまった。ところが、その身体は白熊の様に全身が真っ白な毛に包まれた訳ではなく、全身のいたる所に太くてハッキリとした黒い縞模様が現れた。
この模様はまさしく…
「それじゃあ、行ってくるぜ。『仮面タイガー・ホワイト様、参上!』ってね。」
ニヤリと笑ってそう言い放った男は、操縦席から眼下の山へと飛び降りた。そいつはパラシュートも何も身に着けずに、吹雪の吹き荒れる100mの上空から眼下の林に向けて落下していったのだった…
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「うう…っ、私、どうしたんだろう…? ここは…?」
ようやく目を覚ました皆元 静香は、吹きすさぶ吹雪の中で全裸の自分をくるんでいる毛布を胸元でかき合わせた。しかし奇妙な事に、気温が氷点下で吹雪く山中の屋外にいるにもかかわらず、目覚めたばかりの静香は寒さを感じる事が無かったのだ。
「私… まだ夢を見ているのかしら…?」
不思議に思った静香が自分の周囲を見回すと、自分を中心として取り囲むような五角形の位置に、色のそれぞれ異なる火を灯された五本の蝋燭が、雪の積もる地面に突き刺されていた。
奇妙な事に蝋燭の炎は吹き荒れる吹雪に吹き消される事なく、ゆらゆらと安定して揺れる五つの炎を真夜中の雪面に灯していた。そして五本の蝋燭は、雪の上に黒い粉を撒かれて描かれた直線で結ばれ繋がっていた。
「この蝋燭を結ぶ直線の描く形は、五芒星だわ。これは、ペンタグラム…」
静香は蝋燭を繋いで描かれたペンタグラムの中心に横たわっていたのだった。
その時、静香の近くから男の声が話しかけて来た。
「気が付いたかい、お嬢さん? その陰陽術で描かれた五芒星の中にいれば、吹雪も寄せ付けないから安心しなさい。
載っていた車の衝突で気を失った君は、ヒッチハイカーに攫われて、向こうに見えるログハウスに幽閉されていたんだ。SITの勇敢な隊員諸君が、文字通りに命がけで君を救い出したんだよ。」
五芒星の魔法陣の外に立っていた鳳 成治が、蝋燭の中心にいる静香に話しかけた。
「あなたは鳳さん… このペンタグラムはあなたが…?」
魔法陣のお陰で寒さこそ感じないが、鳳の目から全裸である自分の身体を隠すために恥ずかしそうに毛布を首までずり上げた静香が、鳳に向けて問いかけた。
「ああ、私が陰陽術で描いた五芒星だ。けっして、インチキやまやかしなどの類では無いから安心したまえ。」
静香は出会った当初から、この鳳という人物を正直言って快く思っていなかった。仕事第一で他者に対して冷たい人物だと思っていたのだ。
だが、今自分に向けて浮かべた鳳の表情が、意外なほどに温かみのこもった優しい笑顔だったのに、彼に対して自分の抱いていた印象をよい意味で裏切られた想いがした。
「鳳さん… あなたって、いったい…?」
この静香の問いかけに鳳は答えず、前方を指さして言った。
「ヒッチハイカーがこちらへ向かって来る。おそらくヤツの狙いは…皆元さん、あなただろう。
恋人の伸田君が、あなたを守るために戦いに向かったよ…」
「ええっ? ノビタさんが!」
鳳 成治の言葉に驚いた静香は、吹雪の中を目を凝らしてログハウスの方に見入った。
そして静香は愛する男を想い、手を合わせて彼の無事を神に祈った。
「ノビタさん… どうか無事でいて。神様、お願いです。どうか、彼をお守り下さい…」
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「あの女…あそこにいるな。何だ…? あの女を包む光は?」
ログハウスから200m以上離れた地点にいる鳳と静香の方を向いたヒッチハイカーがつぶやいた。
まるで静香を守るかの様に包み込んでいる光が、彼の目にはとても眩しく不快な光に見えた。
「必ずあの女を取り戻す… 俺は二つの命を持つ女を絶対に手に入れるぞ。
何だ…? 女の手前にいる虫けらどもは? ふっ、こいつらは皆殺しだ。今すぐ蹴散らしてくれる…」
そうつぶやいたヒッチハイカーは、ログハウスから100mほど離れた地点に立つ伸田と二名のSIT隊員の方へ向かい、歩く速度を徐々に速めていった。
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「島警部補! ヒッチハイカーが走り出しました! すごい勢いで、こっちへ向かって来ます!」
関本が甲高い声で叫んだ。
「あの走りっぷりじゃあ、ヤマさんがC4で吹き飛ばしたヤツの右足は完全に再生した様だな… クソッ!化け物め!」
今さらながら目の前に現実に存在する怪物の、信じられない再生能力を目の当たりにした島の背筋に冷たいものが走った。
「まず、ヤツの足を止めましょう。僕がヤツの脚に『式神弾』をぶち込んでやります。お二人は援護をお願いします。」
「了解!」
「分かった!」
民間人の伸田の告げた作戦に、SITの二人が同時に肯定の叫び声を上げた。島と関本は伸田を中心に左右に展開し、それぞれの構え持つ三つのSMGの銃口を、自分達に向かって迫り来るヒッチハイカーに向けた。
3人の位置までヒッチハイカーが後50mほどの所に迫った時点で島が叫んだ。
「関本! ぶっ放せっ!」
「おうっ!」
「タタタタタタタッ!」
「タタタタタタタッ!タタタタタタタッ」
島と関本の持つ3丁のSMGからマズルフラッシュの閃光を迸らせて吐き出された9mmパラベラム徹甲弾が、ヒッチハイカーに向けて襲い掛かった。
「バスッ! バスバスバスッ! ビシビシッ!」
ヒッチハイカーの身体中に、SIT隊員の内で射撃の名手二人が放った銃弾が次々に食い込んだ。
しかし、怪物は自分の顔だけを山刀を構えた右手と左腕で庇いながら、真正面から降り注ぐ銃弾の雨に少しも怯む事無く走り続けた。
ベレッタを両手で構え持つ伸田の立つ位置まで怪物が迫る、後30m…20m、15m…
伸田は自分に向かって激しく走り続けるヒッチハイカーの脚が地面に着地するタイミングを目と勘だけを頼りに計り、構えたベレッタのリアサイト中央とフロントサイトを結んだ直線状の照準にヒッチハイカーの左足を第六感とも言えるべき自分の感覚に捉えた…
「食らえっ!化け物!」
「パンッ!」
吹雪の中に、乾いた一発の銃声が轟いた次の瞬間…
左足首に伸田の放った式神弾を食らったヒッチハイカーは、走り続ける勢いそのままの速度で前方へともんどり打って激しく前回りで転がった。
「ゴロゴロゴローッ ズザザザーッ!」
おそらくヒッチハイカー自身が撃たれた事も気づかないまま、雪面を数m転がって止まった…
伸田と島、関本達の3人は各々が銃を油断なく構えながら、ヒッチハイカーの倒れている地点から後退って距離を取った。この程度でこの恐るべき怪物が、さしたるダメージを負ったとは到底思えない。
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「ぐ、ぐぐ… 豆鉄砲一発に抜かった… これしきの傷、蚊に刺されたほどにも… む?」
そう言って立ち上がろうとしたヒッチハイカーは、自分の身体に起こっている違和感に気付いた。
「な、何だ…? あんなちっぽけな弾一発…」
通常ならベレッタの9x19mmパラベラム弾の一発程度は、それが入射時に弾頭の潰れるホローポイント弾であったとしてもヒッチハイカーの筋肉によって体外へと排出された事だろう…
だが、伸田が左足首に撃ち込んだ9mmの弾丸は排出されるどころか、じわじわと内側から小さな入射孔を広げていくのがヒッチハイカー自身には分かった。
「い、痛い… こ、こんなバカな事が…」
ヒッチハイカー自身が不死身の肉体を手に入れてから初めて知る感覚であった。SMGの弾丸を数十発浴びても平気だった彼の肉体が、たった一発の9mm弾に痛みを感じていたのだ。
それはまるで…焼け火箸を足の傷口に挿し込まれて、グリグリと捩じられているような感覚だった。
「あ、熱い… 痛い…」
熱いというのはヒッチハイカーの錯覚では無かった… 見よ、彼の弾丸によって開けられた左足首の入射孔がぶすぶすとくすぶり、穴から煙が出て来たではないか… そして傷口の周辺は、まるで炭の熾火の様に、炎を上げず芯の部分が真っ赤に燃えている状態と化していた。
「ぐ、ぐわあっ!」
それまで立つ事が出来ずに、四つん這いをしていたヒッチハイカーがひと声唸り声をあげて、ひっくり返って尻もちを付いた。そして、左足首の傷口の状態を覗き込めるように自分の顔の前に持ってきた。
彼の顔の前で銃弾で開けられた傷口は、やはり肉の焼ける匂いと共に煙を吐き出していた。
自分の目で現実を見て、己が肉体の焼け焦げる匂いまで嗅いだヒッチハイカーは、自分の身体に起きた異変を信じない訳にはいかなかった。それは錯覚でも幻でも無かったのだ。彼にとって信じたくない事だったが、紛れもない現実だった…
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「島警部補、ヤツの様子がおかしいですよ。あの化け物が、あんな9mmパラベラム弾一発で立ち上がれなくなるなんて…そんな馬鹿な…」
関本が眼前で起こっている事態を信じられぬ物でも見る様な気持ちで見つめながら、上司である島に話しかけた。
「ああ、俺も同じ気持ちだ…関本。これはいったい…?」
島はそう言いながら、原因を作った伸田が右手に構えたままのベレッタを見た。なんて事はない、県警からSIT隊員用セカンダリィ・ウエポンとして支給された自分達と同じ自動拳銃の『ベレッタ90-Two』だ。優れた銃ではあるが、決してマグナムの様な破壊力のある銃では無い。
とするならば… 原因として考えられる事と言えば、指揮官である鳳 成治が伸田に託した『式神弾』と呼んでいた9mmパラベラム弾だけだった。
「たった一発で、あの怪物ヒッチハイカーの激走を止めてしまったって言うのか…? この『式神弾』一発が?」
伸田自身も、自分の放った一発の銃弾が引き起こした目の前の現実を信じられないでいた。
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100m以上離れた地点でこの状況を見ていた鳳 成治はニヤリと笑った。
「当然の結果だが、伸田君の射撃の腕も見事なものだ。あの激走するヒッチハイカーの左足に命中させるとはな。これは彼だから出来たのだろう。SITの隊員ではなく、彼を選んで間違いは無かったようだ。
皆元さん、あなたの恋人が怪物の足を止めてくれましたよ。」
鳳が自分のやや左斜め後方にいた静香を振り返って話しかけた。
「ええ、彼は小さいころから射撃だけは誰もが認める天才的な腕前だったんです。」
静香は我が事のように誇らしげに、嬉しそうに微笑んで鳳に答えた。
「私の部下に欲しいくらいだ…」
これは静香に聞かせるためではなく、鳳の独り言に近いつぶやきだった。
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「がああっ! あ、足が焼ける…」
怪物ヒッチハイカーの口から悲鳴に近い唸り声が上がった。彼の言う通り、左足首に開いた銃創が肉の焼ける匂いを煙と共に吐き出しながら、ぶすぶすと燃え広がっている。
しかし、何という不思議な現象だろうか? SMG(サブマシンガン)の徹甲弾の斉射でも射貫けなかった、彼の鋼の様な硬さとゴムの様に強靭な弾性を誇った筋肉が、足首の内部に留まった一発の銃弾で内側から焼かれているのだ。
「ぐわああっ!」
ヒッチハイカーは足首を内側から焼かれる激痛に耐え切れなくなったのだろうか?
雄叫びの様な叫び声を放つや、右手に握り振りかぶった山刀を自分の脚に向けて叩きつける様に思い切り振り下ろした!
「ズバッ!」
ヒッチハイカーの左脚は、膝と焼かれている足首の中間くらいの位置で彼自身の振り下ろした山刀の一撃で見事に断ち切られた。
「ぐはっ!」
さすがの怪物ヒッチハイカーも、自分で断ち切った左脛の痛みに一瞬だが顔をしかめた。しかし、彼にとっては足を自分で切断する前の銃弾で内側から焼かれる痛みに比べれば、何というほども無かったのだった。
斬り落とされた彼の左足は少しずつだったが、まだブスブスと燃え続けていた。それを見つめながらヒッチハイカーはニヤリと笑った。
「ふんっ!」
ヒッチハイカーが気合と共に鼻息を一気に吐き出した!
「じゅるっ!ぐじゅるるるっ!」
すると、何という事だ!
胸の悪くなる音がすると共に、切断され血の滴っていたヒッチハイカーの左脛の断面から、太いミミズの群れのようにも見える内臓のような色をした気味の悪い触手が数十本飛び出してにゅるにゅると伸びたかと思うと、うねうねと蠢き始めた。
そして、ミミズの群れのような触手は一つに集合してまとまると伸び始め、のたうち蠢きながら失った足の形状を再形成し始めていたのである。
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「島警部補ーっ! あ、あの左足っ!」
関本巡査が目の前で繰り広げられる信じられない光景に泡を食って、けたたましい叫び声を上げた。
「あ、あれがヤツの再生修復能力… なんて凄まじい化け物なんだ…」
だが、島警部補としても冷静に見ていられる筈が無かったのだ。普段は冷静沈着な状況判断の出来る彼の脳内でさえ、パニックを起こしかけていた。
「二人とも落ち着いて下さい! それよりも、ヤツが切断した左足首を見て!」
意外にも一人だけ冷静さを失っていなかったのは、伸田だけだった。
伸田の指さす方を見た島と関本は驚いた。ヒッチハイカーの切り落とした左足首は燃え続け、今では5本の趾先と脛の切断面に近い部分を残したのみで、他の部分は灰と化していたのだ。すでに左足首の大半が燃え尽き、その白い灰はほとんどが吹雪に吹き飛ばされていたのだった。
「この式神弾はヤツの身体を燃やせるのか…? この9mm弾なら、ヤツに勝てる… いや、コイツでしか勝ち目はないんだ。
僕がやってやる… ジャイアンツやスネオ、エリちゃんにミチルちゃん… ヤツに殺された人達全ての敵を討つんだ。
みんなの無念を僕が晴らして見せる!」
伸田は自分の右手が強く握りしめる『ベレッタ90-Two』を見つめた。
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ヒッチハイカーと伸田達が対峙している地点から十数mほど離れた林の中に、月光が当たらない暗がりに青白く光る二つの眼らしきものがあった。それ自体がボウっと光を発しているその眼は熊か何かの獣のものだろうか…?
その二つの光る眼は伸田達とヒッチハイカーの動向をジッと見つめていた。
「ふん、あの拳銃を撃った若造… なかなかいい射撃の腕前をしてやがるぜ。鳳のヤツが『式神弾』を託しただけの事はあるな。これじゃあ、せっかく『黒鉄の翼』飛ばしてこんな山ん中にまで出張って来た俺の出番は無いんじゃないか…?」
林の中に光る二つの眼の下で口に該当する部分から、人間の男性の低い声がした。それでは、この暗闇に光を発する眼の持ち主は獣ではなく人間なのだろうか…?
木の陰に姿を隠したまま様子を覗いているようだが、ひょっとすると…この男が先ほど上空でホバリングしていた不可視のステルス飛行物体から、全裸の身体に一瞬にして白い体毛を生やして吹雪の中を飛び降りた人物なのだろうか…?
鳳 成治を知る、この奇妙な男の正体と目的は果たして?
そして、ヒッチハイカーと対峙した伸田達の運命は…?
【次回に続く…】
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