ニケ… 翼ある少女 : 第6話「祖父… 大陰陽師、安倍賢生」
第1話で、くみと一緒にBERSとの戦闘現場に居合わせた老人は榊原竜太郎の父親であり、現代の日本において存在する陰陽師としての最高の実力を持つ人物もであった。その名を安倍賢生という。
竜太郎との苗字が異なる事に関しては、賢生は伝説の陰陽師安倍晴明を始祖とする陰陽師一派の正統を継承する者であり、同派の現在における第一人者である。このことから、先代の跡を継いで正統を継承した際に老人の姓は安倍氏を名乗る事となったのである。賢生の安倍氏継承前の元の苗字が榊原なのである。
老人には三人の息子がおり、くみの父親である竜太郎は長男に当たるが、国際線航空機のパイロットをしており陰陽師とは全く関係のない職業に就いた。次男に関しては事故で行方不明となり、遺体のないまま現実的に死亡と認定された。
三男は、賢生が年を経てから設けた子供で、長男と次男を生んだ正妻の生存中に愛人に産ませた子供であり、賢生の非嫡出子となった。後に三男が幼少時に母親が病気で逝去した後、榊原家に引き取られた。しかし、賢生は三男が賢生の本姓である榊原を名乗るのを許さず母方の姓を名乗らせた。この三男は後にくみにとって大きな役割を果たす人物となって、この話に関わってくることになる。
賢生の正妻は初孫のくみが誕生した数年後にガンで死亡している。
話を戻すが、陰陽師と言うものは一般に映画や小説等でよく知られるところであるが、実際には小説の中の様な世間的に目立つ活動をしている訳ではない。
かつては時代時代において天皇家や皇室、又は幕府にも官職を持って仕えて重用されてきたが、明治時代以降は官職も無くなり衰退し凋落していった。
多くの陰陽師は全盛の頃の面影を残すことなく、時代の流れと共に消滅していった。現代の日本においては数えるほどしか、その存在を確認出来ないほどであった。
しかし、その現代の陰陽師の中に有って一際異彩を放つ人物がいた。名を安倍賢生といい、陰陽師としての彼の力は、自らが属する一派の始祖である安倍晴明に匹敵または凌駕するとまで言われた。
日本において、皇族方はもちろんのこと国家を動かす国の中枢にいる人々や、経済や産業方面でのトップにいる人々の多くが、この稀代の大陰陽師安倍賢生の占術で自身や自らの属する国家や企業の未来を占ってもらい、進むべき道を示してもらっていた。その占術は恐ろしいほどに当たり、彼の存在は海外にも知られるところとなった。
賢生に対する海外の要人からの仕事の依頼は引きも切らず、日本のみではなく海外をも股にかけて活動の場を広げていた。彼は非常に多忙だったのである。
しかし、その多忙の身である稀代の大陰陽師、安倍賢生には一つの楽しみがあった。
自身の初孫である榊原くみと一緒に時を過ごす事であった。賢生にとって青い目をした孫のくみは、まさに目の中に入れても痛くない存在だったのだ。可愛くてしょうがなかった。世界中から一目置かれる大陰陽師である安倍賢生が、くみの前ではデレデレとした好々爺になってしまうのだ。
そしてまた、賢生はくみの母であるアテナに対しても非常に好感を持っていた。息子の嫁であるアテナに独特の感情を抱いていると言っていい。と言っても、女好きの彼が碧眼金髪の外国人女性にスケベ心を抱いていたのではなく、この美しい息子の嫁がただものではない事を、息子竜太郎に紹介されて初めて出会った日から感じていたのだ。
日本の陰陽師にとって外国の、とりわけ他国であるギリシアの神話に登場する女神アテナの事などは知識としても承知してはいなかったのだが、大陰陽師である安倍賢生だったからこそ、アテナの中に眠る女神の資質を直感で感じ取ったのである。最初、賢生は息子の嫁の中の女神アテナの気配を、妖の存在かと思った。であるならば、賢生は自分の立場として妖を退治しなければならない。だが、アテナから感じられる気配は、まるで太陽の様に暖かく清潔で、彼女に向き合った人々全てを心地よい幸せな気分にさせるオーラであった。賢生はすぐにアテナを好きになり、彼女に心を開いた。
くみの誕生を誰よりも喜び祝ったのは、竜太郎とアテナの夫婦以外では賢生だっただろう。世界に名だたる大陰陽師である安倍賢生が、涙を流して手放しで喜んでいた。一人のジジ馬鹿の誕生でもあった。
アテナが覚醒した時、竜太郎とアテナの二人から事情を聴き、アテナと孫のくみがそれぞれ女神の転生した存在だと知った後も、賢生の二人の女性を愛する気持ちに変化は無かった。いや、ますます二人を好きになっていた。
孫のくみは賢生にとってかけがえの無い存在だった。賢生は自分の大陰陽師としての全能力を使ってでも、可愛い孫のくみを守っていこうと心に誓った。
その大陰陽師である安倍賢生に海外から一通の招待状が届いた。アメリカのニューヨークからである。
内容はニューヨークにおいて、世界中の呪術、妖術、魔術、占術等の現代の科学時代において残存する古からの不可思議な能力を持つ人々を集めた国際フォーラムが開催されるという。これに日本からの参加者として稀代の大陰陽師である安倍賢生が招待されたのだ。
賢生はこういった場に招待されることを、今までにも数えきれないほど経験してきたが大抵は丁重に辞退してきた。しかし、今回の招待の話が孫のくみの知るところとなった。くみの態度は次のようなものだった。
「キャー! おじいちゃん、カッコいい! すごいじゃない! 世界に認められてる証拠だね、くみ尊敬しちゃう!」
賢生は一も二も無く即決で招待を受けることにした。まさにジジ馬鹿以外の何物でもなかった。
そして、ニューヨークの会場でスピーチを求められた賢生は自分の思う所を堂々と述べて、出席者全員のスタンディングオベーションの拍手喝采を浴びた。
フォーラムが成功裏に終わり、出席者での打ち上げが開かれた。打ち上げの終了後、賢生は慣れないスマホのLINEで孫のくみに、大会への参加が大成功に終わったことを伝えた。くみからの返信には、
「やったね! さすが私のおじいちゃん! くみの誇りだよ! おじいちゃん、大スキ!」
とあった。これを見て、賢生がニヤニヤデレデレしたのは言うまでもない。
賢生が日本へ帰るのには、彼の長男である榊原竜太郎が機長を務める便に搭乗する事が決定した。竜太郎から勧められてだったが、息子が機長として操縦するジェット機に乗るのは、父親としての誇りでもあった。賢生は快く息子の勧めに従った。
賢生がこの便へ乗ることが、愛する孫のくみと家族を大事件へと巻き込むことになるとは、大陰陽師である安倍賢生自身にも想像出来ない事であった。
賢生を乗せ、息子の榊原竜太郎が機長を務めるジェット旅客機のB777がニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港から日本へ向けて飛び立った。
「どうも飛行機と言う奴は好きになれんわい。何で竜太郎はこんなもんが好きなんじゃ。アイツは昔っから飛行機バカじゃったからのう。わしの後を継いで陰陽師になろうともせんと…」
賢生は座席に深く座り、目をつむって眠ろうとしていた。大好きな孫のくみの夢を見れればいいと考えながら…
日本へ向けての飛行中、突然ジェット機が揺れた。揺れは数分間続いたが治まる気配は無かった。賢生は揺れが始まるよりも前に怪しげな気配を察知して、すでに目を覚ましていた。
「むう… 何じゃこの気配は…? 妖のモノか… まずいぞ、これは。この飛行機が妖に捕まったようじゃ…」
「かなりデカいな… この妖… わしの結界で食い止められるか…?」
賢生は静かに手印を結んで、四縦五横に九字を切りながら次の様に呪文を唱えた。
「青龍、白虎、朱雀、玄武、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」
「急急如律令! 喝っ!」
気合とともに、閉じていた目を見開いた賢生の身体が一瞬光ったように見えた。一瞬だったため、周囲の乗客は誰も気づく事はなかった。
次の瞬間、ジェット機の揺れは治まった。
「このわしの結界がいつまで持つか… わしの念波よ届いてくれ… アテナさんに…」
賢生は巨大な結界をジェット機全体に張り巡らしながら、息子の嫁であるアテナに…いや、女神アテナに対して、精一杯の念を込め送った。
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『次回予告』
妖のモノに襲われたジェット旅客機、結界で防ぐ賢生だが…
アテナは娘のくみに、ニケとなって救助に向かう様に命じる。
ニケは果たして父と祖父の乗るジェット機を救えるのか?
超音速飛行でジェット機の救出に向かうニケ。そして、怪物と繰り広げられる大空の戦闘…
次回ニケ 第7話「パパとお祖父ちゃんは私が護る… ①大空の戦い」
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