妖狩りの侍と魔剣『斬妖丸』 : 「未知なる者再び… （伍）" 潜入から救出へ "」

何と広いのか…
まず第一に拙者が感じたのがそこだった

しかし妙だ…
これは明らかにおかしい…

外から銀色の円盤を見た限りでは
中がこんなに広い事は有り得ない筈はずだ
外から見て思っていたよりも十倍以上広く感じた
拙者は混乱を来たして
錯覚でも起こしているのか…？

とにかく…
中は広くて迷路の様だ
『斬妖丸』がいなければ拙者は
この迷路のような円盤の内部に
迷ってしまっていた事だろう

奇怪な事に
蝋燭ろうそくや灯籠とうろう等は見当たらぬが
壁や天井自体がぼんやりと光を発しているので
通路を歩くのに困る事は全く無かった

拙者は『斬妖丸』の導みちびくままに
進んで行った

不思議な事に通路を遮さえぎる扉は
拙者が前に立つだけで勝手に開きおる
扉を押す事も引く事も必要が無かった
最初は扉が開くと
誰かが待ち構えていると思って身構えたが
どうもその様では無い

開いた扉を拙者が通り過ぎれば
やはり勝手に扉は閉まった…
如何いかなるからくり細工である事か…？

拙者にはとんと分からぬが
中の者にとっては便利な機能ではあった

ある部屋(？)の前に来た時『斬妖丸』が
それまでよりも激しく刀身を震わせた

「ここか…」

拙者は『斬妖丸』を正眼せいがんに構える手に力を込め
ゴクリと生唾なまつばを飲み込んだ

「いよいよか…」

そして、扉の前に立つ…
扉が勝手に開いた…

中には…
外で死んだ歩哨ほしょうと同じ姿をしたヤツらが二体いた
扉が開いた途端とたん、そいつらが振り向き
一体が短筒たんづつの様な武器を構えようとした
…が、その者には出来なかった…

そ奴やつには武器を構えるべき腕が
すでに無かったのだ
拙者が目にも止まらぬ速さで跳躍ちょうやくしざまに
そ奴の腕を袈裟懸けさがけに斬り落としたのだ
そ奴は斬り落とされた腕を押さえて
言葉は不明だが何か喚わめき散らしていた

もう一体の敵がやはりおかしな動きを見せた
と思った次の瞬間には…
振り向きざまの拙者の一閃いっせんにて
そ奴の両腕も肘の部分から先が消え失せていた

拙者の身体は向けられた殺気と妙な動きには
自分でも意識せぬままに反応する人間凶器と化す
自業自得と諦あきらめてもらう他あるまい…

自分の無くなった腕を抱かかえて喚き散らす様は
人間と大差無いな…
拙者は無表情な目で眺ながめながら思った

しかし…
あまりにも、そ奴等が騒がしいので
『斬妖丸』で首筋に強く峰打みねうちを喰らわせ
二体とも失神させておいた

外の歩哨ほしょうどもと言い
この未知の者達の戦闘能力は
拙者からすれば無きに等しかった

拙者は部屋の中をぐるりと見まわす…
他には敵の姿は無いようだ…

む…？
いた、村の衆が…

村人達は一箇所に集められて
まるで、押しくら饅頭まんじゅうをするかの様に
ぎゅうぎゅうに押し合いながら立っていたのだ

拙者が近寄ると
村の少年勝平かっぺいから聞かされていた
連れ去られたと云う二十数人の村人は
数的には全員揃そろっている様だが…

なぜ逃げぬのだ…？

全員立ったまま
押し合いへし合いした状態で気を失っている様子…
一人も倒れないのが不思議だったが
村人に触れようとした拙者は得心とくしんがいった

「箱…？　
村の衆は透明なギヤマン（ガラス）製の狭せまい箱に
閉じ込められておるのか…？」

目に映うつり難にくいギヤマンで作られた透明な箱に
村人達は立ったままの状態でぎゅうぎゅうに
詰つめ込まれておったのだった

しかし、身体に触れる事は出来ぬが
変わる表情や身体の動きからして
村人達が生きている事は分かった

ギヤマン越しに聞こえはせぬが
人々は苦悶くもんの呻うめき声を上げている様だった

惨むごい事を…
人間を生きたまま
まるで釣った魚を魚籠びくに入れるが如ごとくに
この様な酷ひどい扱いをするとは…
許せぬ…

さぞかし苦しい事であろう…
今すぐに拙者が助けてつかわすぞ
其方そなた達の村へ…
勝平かっぺいの待つ村へ帰してやるからな…

拙者は上段に振りかぶった『斬妖丸』で
ギヤマンを真まっ向こうから唐竹割からたけわりに斬り下げた

「カイーンッ！」

斬れぬ…？
拙者は今度は水平に斬り抜けた

「キーンッ！」
『斬妖丸』の刃やいばが歯が立たぬ
いかなる妖の硬かたい甲羅こうらや皮膚でも斬る『斬妖丸』の刃が…

拙者の知る限りでは
ギヤマンとは砕け散りやすいはず…
この透明な箱はただのギヤマンでは無いのか…？

しかし…
これでは閉じ込められし村の衆を
このギヤマンの檻おりから解放する事が出来ぬ…

どうすればよい…
拙者は額ひたいに左拳こぶしを強く押し当てて
唸うなりながら考え込んだ…

「そうだ！」

拙者は何を悩んでおるのだ…？
苦笑しながら後ろを振り返った

そこにはふわふわと漂ただよいながら控ひかえる
半透明のみすぼらしい翁おきなの姿をした
妖怪『神隠かみかくし』の姿があった

「こやつがおったわ…」

かつて拙者が人に害成す妖あやかしとして戦い
苦心して『斬妖丸』に封じ込めた
このいやらしい妖『神隠し』を
これほど頼もしく思った事など無かった

「よし、『神隠し』よ…
お前の持つその妖あやしい力を使って　
このギヤマンの檻おりから村の衆を救い出すのじゃ」

小さく頷うなずいた『神隠し』は拙者の見る前で
ギヤマンの透明な壁をするりと造作ぞうさも無く通り抜けた
拙者は改あらためてこの妖に感心するとともに
底知れぬ恐ろしさを感じた…

「よし、そのまま
お前の運べるだけの村人を何度かに分けて
全員この円盤から外へ連れ出し地上へ下ろすのじゃ」

どうやら『神隠し』の一度に運べる人数は
四ないし五名というところらしかった
ギヤマンの狭せまい檻に閉じ込められた村人達は
『神隠し』によって順番に外へと連れ出されて行く…

六度目の運搬にて全員の運び出しを完了した

「よし、　よくやったぞ『神隠し』よ…」

※【（陸）に続く…】