【往復書簡①】高野文子(漫画家)×白崎朝子(介護士・ライター):ケア・表現という「しごと」
ひょんなことから知り合って、足かけ28年のつきあいになる漫画家の高野文子さん。
じつは、彼女は看護師の免許をもっていて、たとえば『るきさん』(ちくま書房)には、看護師さんたちとの交流も描かれていたりします。
他にも、高野さんは私が紹介したご縁で、虐待された子どもたちへの支援をするなど、漫画だけではなく、ケアという「しごと」への想いも持ちあわせている方です。
そんな高野さんと、私の著書『Passion ケアという「しごと」』の刊行を記念して、往復書簡をすることになりました。
介護士×漫画家の表現とケアをめぐるゆるやかなやり取りをお楽しみください。(白崎朝子)
高野文子さま
お陰さまで、やっと『Passion ケアという「しごと」』が出ました。
高野さんは、この本の企画前から、1年半以上アドバイスしてくれて、私の似顔絵まで描いてくれました。多大なるご支援、本当にありがとうございました!
さてさて、高野さんとの出逢いは、なんと私の職場でしたね。1992年、私は当時勤務していた社団法人で、ヘルパー3級講座のコーディネーターをしていました。
高野さんはその講座の受講生でした。でも名字が違ったので、まさか漫画家の「高野文子」さんとは思いませんでした。
高野さんと会ってから2ヶ月も経たないうちに私は転職しましたが、なんとその転職先はたまたま当時の高野さんのご自宅に近いデイサービスセンター。
高野さんから、「ボランティアさせて欲しい」とお電話をいただいて、転職先に来ていただきました。
私が高野さんに、「いつもは何か、お仕事されてるんですか?」と伺うと、「はあ、内職をちょっと……」「内職?」「はぁ、漫画を描いてます」「漫画?! 私、漫画は大好きなんですけど」「はい、漫画は旧姓で描いておりまして……」「旧姓? えっ、まさかあの高野文子さん?」「あっ、知ってます~?」「知ってますとも! きゃー高野文子さんだー!! どうしようー!」。
私は利用者さんそっちのけで、大騒ぎしてしまいました(苦笑)。
当時はまだ30歳だった私。高野さんの『絶対安全剃刀』(白泉社)は大学生のときに読んでいて、その後何回も引っ越ししましたが、いつでも我が家の本棚にありました。
それが高野さんとの出逢いでしたね。
当時の高野さんは『るきさん』を連載中だったのかな?
あれから28年もたちました。高野さんとのさまざまなエピソードを語り始めたら、徹夜になっちゃいますね。
私が高野さんから学んだことは、自分の経験をどう普遍化して、表現するかということ。
「表現とはなにか」ということにつきると思います。そのことは福祉系書籍や、ノンフィクションなどからは決して学べなかったと思います。
そしてそれは、高野さんが漫画家のなかでも特異な存在だったからこそ、学べたことだと思っています。
心身をすり減らしながら、表現と格闘する高野さんが近くにいたので、私も決して手抜きはできませんでした。
でも、「文章、あんまりうまくなってないねぇ」とこの前言われちゃいましたけどね……(苦笑)。
長くなりました。表現の件については、また書きたいと思います。
2020年5月12日
(今日は、萩尾望都さんの誕生日だ!)
白崎朝子より
----------------
白崎朝子さま
ごめん、ごめん。文章は、わたしも人のことは言えないのでした。そもそも白崎さんは、紙に字を書くよりも、おしゃべりのほうに力をみせる人だと思うな。
こう書くと、大きい声の人かな? と思われちゃいそうだけど、白崎さんが力をみせるのは、静かなとこで、1対1のおしゃべりをする時だと思う。
おしゃれなカフェなんてとこじゃなくて、人気のない公園のベンチとかだよ。
わたしがしゃべる、中身のこんがらがった話を、ふむふむと聞いたあとで、
「高野さんの言うそれって、こうこうこういう意味かな?」って返してくれる。
「うんそう、それのこと!」ってわたしはいつも思う。
ともあれ。昔の話、懐かしいね。
30歳か。5歳違うから、わたしは35歳ということになるね。
ボランティアに応募した理由はね、絵に描いた人間と脳内会話をし続ける生活がながく続いていたので、外の空気が吸いたくなったから。
わたしは、ハタチの時に看護学校を卒業してて、そこでもらった免許証があったので、それ使って何か探すこともできたけど、10年以上しまいっぱなしだったので自信がなかった。まずヘルパーの資格を取って、ボランティアとしてゆるく使ってもらえないかなあと思ったのよ。老化の意味もわかりかけてきてたので、そこで選んだのが高齢者ケア。
白崎さんといっしょに、おじいさんおばあさんと昭和歌謡唄ったり風船バレーボールしたわねえ。楽しく混ぜてもらってたんだけど、ふた月めにアクシデントが起きた。
デイルームに1名の基準で配置されていた看護師さんが、2週間の休職をすることになり、用をすませて戻るまでのあいだ、わたしが代行をたのまれちゃったのです。
しまったあ、免許持ってること内緒にしとくんだった、と情けない後悔の仕方をしましたが、事情もわかるので強く断れず、フロア内で看護師さんの目印となっていた聴診器を受けとって、首からさげました。
もちろん、またたくまにつまずいてね。血圧を測ったら、最低血圧がゼロになってもまだ聞こえる利用者さんがいたの。驚いて別棟の保健師さんへ報告に走った。「高齢の方には珍しくないんですよ」とベテラン保健師さんは教えてくれました。
ほかにもひとつひとつヘコんでしまって、ついには廊下で涙をこぼしたの。そのとき白崎さんが慰めに来てくれたのだ。
願いかなっての外の空気なのに、思い出としてはちょっとしょっぱいな、えへへ。
このように、白崎さんは、漫画を描いていない時の「高野」を知っている、珍しい人なんだぞ。あれから30年もたったし、住まいや仕事や家庭にも変化がありましたが、今も会うとなれば公園のベンチで、お菓子など頬ばりつつ、わたしのおしゃべりを聞いてくれている人なのです。いつも、サンキューね。
2020年5月29日
高野文子より
新刊『passion ケアという「しごと」』(現代書館:定価1800円)
*全国書店や、ジュンク堂書店、紀伊国屋書店のウェブストア、amazonほかのオンライン書店などでお買い求めいただけます。電話注文も受け付けております(03-3221-1321)。
・honto(丸善、ジュンク堂系列)
https://honto.jp/netstore/search_10%E7%99%BD%E5%B4%8E%E6%9C%9D%E5%AD%90.html?srchf=1&tbty=1
・紀伊国屋書店のウェブストア
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784768435786
・amazon
https://www.amazon.co.jp/dp/4768435785/ref=cm_sw_em_r_mt_dp_U_b4uVEbTT6A490
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?