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第3回 「わからない」まま模索し、進み続ける~近藤銀河さん~【後編】|マイノリティのハローワーク|現代書館

ご自身も支援も手探り状態のなか、手元にある情報や技術を駆使して進んできた近藤さんですが、今後の人生を考えるにあたり、いくつかの壁に直面します。後編では近藤さんの将来の展望についてもお聞きしました。

ギャラリーに「入れない」ことで狭まる道

美術において、アーティストや研究者は自分の作品を発信するだけではなく、他の人の作品をたくさん鑑賞することが求められます。美術に限らず、芸術分野で広く言われる話ですが、近藤さんは作品鑑賞に困難があります。現代美術の展示に使われるギャラリーの多くは小規模で、車いすでは入ることすらできません。
 
自分の作品を展示しているギャラリーにも入れないため、展示されているところを目にすることができないケースも珍しくはありません。自分の作品への鑑賞者の反応を知り、他の人の作品を鑑賞し、自分の制作に反映させていくための経験が人よりも積めないのです。これは大きな体験格差といえます。ギャラリーに「入れない」ために、アーティストや研究者としてのキャリアに大きな不利が生じているのです。
 
東京藝術大学の大学院に進み、修士課程2年になった近藤さんは、就職活動を始めました。障害者雇用(注1)での就労を考え、あちこちに問い合わせてみたものの、「あなたのような人は扱ったことがない」と就労支援の担当者やエージェントにも困惑され、いい結果にはつながりませんでした。「障害者雇用にも健常者主義が強く、フルタイムで働ける“元気な障害者”を求められていると感じました。それでは私は働けません」と就職活動をした当時を振り返ります。「元気な障害者」――つまり、週5日安定して出勤できる、体調に大きな波がない障害者が企業に受け入れられやすいのです。ここでも、近藤さんは「想定されていなかった」のです。
 
近藤さんは「今ある専門性を高めるしか道はない」と博士課程に進み、アーティスト、ライター、研究者として、活動し続けています。

注1:障害者雇用………公的機関や企業といった事業者はその規模により、従業員数に対し障害者を決められた割合で雇用するよう法律で法定雇用率が定められている。これを守れていない事業者は納付金を国に納めなくてはならない。障害について開示し、合理的配慮を受けつつ働くことができる。一方、法定雇用率や雇用保険、社会保険の適用の関係もあり、フルタイム労働(一日8時間労働、週5日)を基準にした運用となってしまっていること、低賃金やキャリア形成の難しさなど待遇の悪い障害者雇用が少なくないことなど、問題も多い。

障害の社会モデルはすべてを解決しない

近藤さんは「私はインペアメントとディスアビリティのグラデーションを生きているんだと思います」と自身の現状を表現しました。インペアメントとは身体機能の障害、ディスアビリティとはインペアメントの結果生じた社会生活上の困難を指します。「障害は障害者個人にあるのではなく、社会の側にある」とする障害の社会モデルでは、ディスアビリティは社会の側が対応を変えることで解消できるとされています。
 
しかし、ME/CFSの症状(インペアメント)から生じる困難(ディスアビリティ)は社会の側が対応を変えさえすれば解決するものでもありません。例えば、センター試験で合理的配慮として休憩をはさむことはできますが、受験科目の多い大学を受けられないのも事実です。ME/CFSにより選択肢が狭まることも、人より多くの時間を必要とするために“遅い”ことも、障害の社会モデルでは解決しきれません。試験時間は延長できても、近藤さんの人生の時間は他の人より多くなるわけではないのです。
 
また、ME/CFSにおいては、これがインペアメント、あれはディスアビリティとはっきり分けられるものでもありません。車いすに乗っているからこそのわかりやすさと、常に疲れている状態の見えにくさがあるのです。それこそが近藤さんの障害が理解されにくく、想定されない理由の一つです。

他人と暮らす未来を目指して模索中

将来やりたいこととして、近藤さんは今ある専門性を高めるほかに他人との暮らしを挙げました。障害者の住宅補助はグループホーム(注2)や公営住宅の優先入居、生活保護の住宅扶助(住宅扶助の額は健常者と変わらないが、生活保護費は障害者加算が入る)と他の制度を組み合わせて使うなどがありますが、そのどれもが法的な家族ではない友人や恋人、好きな人と暮らすことを目指す近藤さんのニーズには合っていません。家族主義、シスジェンダー・ヘテロセクシュアル(性別違和がなく、異性愛者の人)中心主義がそこにはあるのです。
 
ニーズにフィットしない住宅補助を使わずに他人との暮らしを実現させるとなれば、ある程度の収入が必要です。障害年金を受給しているものの、他人との暮らしに十分とはいえない部分もあります。他人と暮らすため、近藤さんは今も試行錯誤を重ねています。
 
横になっている時間が多い近藤さんの趣味はゲームと読書です。ゲームや小説を通して知らない世界を旅するのが楽しいそうです。なかでも、クィアやフェミニズム、自身のセクシュアリティと近いレズビアンを扱った作品を好んでいます。おすすめの小説は、レズビアンのDVにもふれている『イン・ザ・ドリームハウス』(カルメン・マリア・マチャド著、小澤身和子訳、エトセトラブックス、2022年)です。
 
近藤さんはゲームについての書籍も執筆しています。フェミニズムの視点からゲームと関わり考えていく書籍『フェミニスト、ゲームやってる』が2024年5月24日に発売されました。この書籍の内容を紹介するゲームを自分で制作して公開されています。
 
横になっている時間が多く、そう頻繁には出かけられない。決して平坦な道のりではないですが、近藤さんは無理ない速度で、一つひとつ、人生を楽しんでいます。

注2:グループホーム(共同生活援助)………障害のある人が必要な支援を受けながら地域で生活するための住宅補助。共同生活というものの、それぞれにアパートやマンションの一室が割り当てられる個室型、一軒家に数人で住むシェアハウスのような戸建て型があり、様子はそれぞれに異なる。家賃負担も少なく、さまざまな支援を受けられる。
単身者の入居ばかりが想定されており、障害者が家庭を築いたり、多様な関係性を構築したりする余地が少ないのは問題の一つ。

取材後記

インタビューをしている間ずっと、「制度の不備」という言葉が頭にありました。近藤さんは限られたリソースのなかで、自分のやりたいこと、できることと真摯に向き合われてきた方です。そうであっても、わかりにくい障害特性やシスジェンダーではないことを想定しない制度設計がされているために、選択肢を失ってしまうのです。それでもやりようはあるし、これから作っていくという意志を感じました。
 
近藤さんの指摘した障害の社会モデルで解決しきれない問題については、私も実感があります。合理的配慮をされれば、社会制度が変われば、私も健常者と同じようにやっていけるわけではありません。やりたいこと全部に手を伸ばせない事実を直視せざるをえないのです。
 
それでも、行きたいところへ行く手段はあります。見つけにくかったり、難しかったりするかもしれませんが、あります。自分のことだけは諦めないでほしいと心から思います。

雁屋優(かりや・ゆう)………1995年、東京都生まれ。生後数ヶ月でアルビノと診断される。高校までを北海道の普通校で過ごし、茨城大学理学部に進学、卒業する。卒業とほぼ同時期に発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(ASD)とうつ病と診断され、治療しながら就職活動をする。病院勤務、行政機関勤務を経て、現在はフリーランスのライターとして活動。科学、障害に関するインタビュー記事、ジェンダー、障害、セクシュアルマイノリティに関するコラムの他、さまざまな執筆業務を手がけている。障害やセクシュアリティをはじめとしたマイノリティ性のある当事者が職業選択の幅を狭められている現状を、執筆活動を通して変えようと動いている。日本アルビニズムネットワーク(JAN)スタッフ。視覚障害者手帳4級、精神障害保健福祉手帳2級。


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