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8.ICFモデルに根ざした個別教育計画と実践:サルデーニャ島での2度目の教育実習|フルインクルーシブ教育の現場を訪ねて~イタリア・ボローニャ滞在記~|大内紀彦

10月末のサルデーニャ島訪問からほどなく、11月初旬にこの島の州都カリアリを再訪した。拙訳書『イタリアのフルインクルーシブ教育』の原著者であり、カリアリ大学教授であるアントネッロ・ムーラ先生の指導のもと、2週間ほどの期間、現地の学校に潜入してフィールドワークを行うことになっていたからだった。「フィールドワーク」とはいえ、生徒たちが登校してから下校するまですべての活動を共にしたので、日本で10数年前に行った教育実習以来、さながら2度目の教育実習のようだった。

ぼくを受け容れてくれたのは、連載の第7回で言及した学校群「エレオノーラ・ダルボレーア」に属する学校である(注1)。同学校群で校長を務めていたのがムーラ教授の夫人であり、カリアリ大学でも教鞭を執っているスザンナ・オンニス先生だった。現地の学校でこうした調査を実施できる幸運に恵まれたのは、ひとえにムーラ教授夫妻のおかげだった。フィールドワークを実施したのは、主としてカリアリから列車で30分ほどの町にある小学校と中学校だったが、滞在中にはカリアリ大学からほど近くにある職業高校「アズニ高校」(注2)を訪問することもできたので、あわせて報告することにしよう。

エレオノーラ・ダルボレーア学校群・A小学校

イタリアの学校制度では、小学校が6歳~11歳までの5年間、中学校が11歳~14歳までの3年間、高校が14歳~19歳までの5年間、そのうち6歳~16歳までの10年間が義務教育期間となっている(注3)。調査を行ったのはA小学校の5年生のクラスだったが、イタリアの学校制度ではこの5年生が小学校の最高学年ということになる。ぼくが2週間をともに過ごしたクラスは19名の生徒で構成されており、そのなかには障害認定を受けた生徒2名が含まれていた。

下に掲げた時間割表で示したように、このクラスはイタリアの小学校段階の最大授業時間数(週40時間)に近い週37時間の授業を組んでいた(注4)。そのうち自閉症スペクトラムの診断を受けている生徒に対しては、週に22時間分の支援教師が加配されており、もう一方の発達障害の生徒に対しては、週に11時間分の支援教師が加配されていた。イタリアでは小学校、中学校、高校などすべての学校段階で教科担当制が基本となっているが(小学校では1人の教師が複数の教科を担当)、時間割表を見みるとわかるように、各教科の担当教師に加えて、すべての授業に1名~2名の支援教師が配置されている。支援教師の配置時間数は障害の実態等に基づいて決定されるが、自閉症スペクトラムの生徒に対して支援教師が加配されている22時間という時間数は、小学校に所属するフルタイムの教師(各教科の教師および支援教師)が1週間に受け持つ授業時間数に相当する。ちなみに中学校および高校に所属する教師が受け持つ授業時間数は、1週間あたり最大で18時間である。

イタリアでは障害が認定されると、対象生徒に対して学校内外の機関に所属する教育・医療・福祉分野の専門職チーム(G.L.O)が結成され、このチームが作成した個別教育計画(P.E.I)(注5)に従って教育・支援活動が展開される。この個別教育計画は、地域保健機構(AUSL)(注6)に所属する医療・福祉分野の専門職チームが中心になって作成する機能プロフィール(P.F)に基づいているが、とりわけ重要なのは、近年の教育改革により「機能プロフィール」と「個別教育計画」の両文書ともに、「ICF(国際生活機能分類)」の考え方が明確に反映された様式に刷新されたことである。

ICFとは「医学モデル」と「社会モデル」が掛け合わされた「統合モデル」のことだが、たとえば障害のある生徒の実態を、生物学的、個人的、社会的な様々な要因が相互に影響しあった結果生みだされるものと見なし、より総合的な観点から捉え直そうとするものである(注7)。教育分野におけるICFの本格的な導入によって、障害を病から直接的に引き起こされる個人的な問題と捉えていた従来の「医学モデル」から「社会モデル」的側面を重視したものへと、イタリアの教育は新たな段階へと移行しつつあるといえる。

さて、ここで自閉症スペクトラムと診断されている生徒の個別教育計画に触れておきたい。そこでは書面の冒頭付近で、個人および家族の環境や状況についての詳細な情報が記され、それに加えてICFの分類に基づいて「人間関係/相互関係/社会性」、「コミュニケーション/言語」、「自立性/見当識」、「認知、神経生理学、学習の側面」といった観点から生徒の所見がこと細かく示されている。そして、学校生活を送るにあたってプラスの影響を与える「促進因子」は何か、マイナスの影響を与える「阻害因子」は何かといったことが、クラスメイトや教師との関係性のなかで分析され記されている。さらに「インクルーシブな学習環境を実現するための介入措置」という欄では、「社会的なコミュニケーション」と「活動への注意と学習意欲の持続」に課題があるとされる生徒に対して、「経験的で協同的で生きた体験に根ざした学習活動を積み重ねることで、苦手なことを克服していく必要がある。そのためには少人数のグループ活動を重点的に行い、対象生徒が自分のペースで自分の能力に応じた学習に取り組める環境を整備するよう教師たちが支援すると同時に、グループ内で生徒同士の協力を促していくことが大事である。また年間を通じて、様々なプロジェクト、グループ活動、ワークショップを計画し、クラス全体の集団活動を促進してクラスメイトとのあいだのインクルージョンと社会的・友好的な関係性の構築を図る必要がある」といった具体的な取り組みが提示されている。

実際に教室での活動に参加してみると、このクラスは「実験的クラス」に指定されているということで、生徒たちは4~5人ずつのグループに分けられ、グループごとに5角形に組み合わされた特殊な形態の机に向かい合って座り授業に取り組んでいた。これらのグループは教師たちが能力のバランスや生徒同士の相性に配慮して決めたものだということだが、生徒たちが互いに学び合ったり協力し合ったりするのに有効な仕組みを教師がいかに作り出していくかがもっとも重要だということだった。そうした理由から、障害児に対して加配されている支援教師は、対象生徒に常に寄り添うのではなく、彼らを見守りつつクラス全体の活動の進行をサポートしていく体制がとられていた。支援の対象となっている生徒の学習目標の主要な項目が、生徒個人としての次元ではなく、インクルーシブな学習環境に基づくクラスメイトとの協同作業を通じて達成されるように計画されており、それに向けた支援がなされていることが深く印象に残った。

A小学校5年生の時間割

エレオノーラ・ダルボレーア学校群・B中学校

ぼくが2週間を共に過ごしたのは中学3年生のクラスだった。このクラスは生徒21名で構成されており障害が認定された生徒1名が含まれていた。対象生徒は軽度知的障害があるとされ、時間割表に示されているように週に9時間分の支援教師が加配されていた。また、クラスにはほかに学習障害のある生徒が複数名在籍しているということで、週に2時間分の教育士も配置されていた。

障害が認定された生徒の個別教育計画について検討してみると、ICFの分類に基づいた「認知、神経生理学、学習の側面」に関する所見の欄には、「困難が顕著なのは数学的論理の分野であり、イタリア語の読解や文章作成については簡略化された内容であれば理解することができる」と記されている。また学校生活にマイナスの影響を与える可能性のある「阻害因子」については、「家庭の事情により昨年転校してきたこと。クラスメイトに溶け込んだり、地域生活に馴染んだりするためには時間を要すること。保護者の付き添いができないため午後の活動への参加が叶わず、同年代の子どもたちとの付き合いがほとんどないこと」といったことが記されており、こうした事情が反映されたものだろうが、学習目標の一つには「レクリエーション的な集団活動や大人数での活動に参加する力を向上させる」ことが挙げられていた。

さらに「インクルーシブな学習環境を実現するための介入措置」の欄には、「在籍するクラスは3年目のクラスであるため(イタリアの学校は教育の継続性を重視するため、クラス替えをせず同じメンバーで持ち上がるのが一般的)、クラス内には独特の雰囲気が出来上がっていて溶け込みにくさがあるかもしれない。そのため教師は、対象生徒がクラスに溶け込めるように慎重にその方法を検討する必要がある。また、学校内外の活動への参加と社会化を促進するために少人数での活動を促したり、生徒間の相互理解を深めるために自分自身の体験を話し合う機会を設けたり、あるいは集団への帰属意識を高めるために遊びや協力を要する活動の機会を設けていく必要がある」と記されていた。イタリアの個別教育計画では、学校という場だけにかぎらず、家庭生活および地域生活もふくめた包括的な視点から生徒の教育実態を捉えようとしており、またそうした実態を踏まえてフィードバックさせて学校での教育・支援活動も計画されているといえるだろう。

教室での活動に目を向けてみると、下の時間割表に見られるように対象生徒が苦手としている分野をサポートするために、支援教師および教育士が「数学」と「イタリア語」の授業を中心に加配されていることがわかる。実際の授業では、支援教師は対象生徒の様子を窺いながら必要な支援をしつつ、クラス全体のサポートにも目配りをしていた。ここでは最後に、調査を行っていた期間に実際に見聞きすることができた具体的な生徒支援策を紹介したい。①学校のサーバー上に様々なサポート教材、宿題情報などが用意されており、生徒たちが自由にアクセスできるようになっていた。②必要に応じて支援教師が授業内容をまとめそのデータをサーバー上に保存し、生徒たちがアクセスできるようにしていた。③授業の要点をコンセプト・マップ(概念図)で示し、対象生徒に提供していた。コンセプト・マップとは、概念と概念の関係性を視覚的に示した図解のことで、イタリアでは生徒支援の方法の一つとして学校現場でしばしば用いられる手法である。

B中学校3年生の時間割表

アズニ高校

まずイタリアの高校について概要を説明すると、その大半が公立学校で、リチェオ(Liceo 古典高校、科学高校、言語高校、芸術高校、音楽高校などがある)と呼ばれる高校とイスティトゥート(Istituto 技術高校、職業高校などがある)と呼ばれる高校に大別することができる(注8)。いずれも5年間の課程が基本になっていて、最初の2年間までが義務教育期間である。昨今では、リチェオを卒業する生徒たちの大半はその後大学(美術学院、音楽院を含む)に進学するようになっている。

州都カリアリで視察に訪れたのは、イスティトゥートのうちの職業高校に属するアズニ高校である。4カ所のキャンパスからなる学校で、全体でおよそ900名の在校生がおり、そのうち約120名の生徒が障害認定を受けていた。もちろん職業高校もインクルージョンの原則に基づいている。同校では「調理とホテル学」、「商業」、「グラフィック技術」を学ぶことができるが、障害認定を受けた生徒の占める割合がもっとも高いのが「調理とホテル学」部門であるということだった。大学進学を目指すリチェオと呼ばれる高校に対して、このような職業高校が障害のある生徒たちの主要な進学先になっていることが想像できた。

調査対象とした高校5年生のクラスは、18名の生徒で構成されており、障害が認定された生徒3名が含まれていた。下に掲げる時間割表に示されているように、すべての授業において、授業を担当する教師のほかに支援教師と教育士の2名が配置されていた。このクラスは、「調理とホテル学」部門のなかの「調理」を専攻するクラスだったが、この「調理」専攻のほかに、バール(イタリア式のカフェのこと)でサービスを行う「給仕・販売」専攻、そしてホテルなどで働くための「レセプション」専攻が設置されていた。

「調理とホテル学」部門では、イタリア語、英語、数学といった一般的な科目のほかに、1、2年生のうちに調理や栄養学そしてホテル業務に関する基礎的な理論や知識を身につけ、3年生から5年生に進むにつれて実践的な授業が増えていくように課程が設定されている。校内にある調理室とバールを見せてもらい、バールでは実際にコーヒーをご馳走になったが、調理室はピカピカに磨き上げられ最新の調理器具がずらっと揃えられており、バールの設備はぼくが暮らしているボローニャで通っている店と何の遜色もないほど本格的なものだった。

また4年生以上になると「調理」、「給仕・販売」、「レセプション」の各部門に応じて、その知識と技能を問うサルデーニャ自治州が実施する資格試験が受験できるということだった。そして、そこで取得された資格はイタリア全土で通用するものとなっている。同校を訪問した日は、たまたま外部から審査員を招聘して校内で行われるその資格試験の前日に当たっていて、着々と準備が進めている様子がみられた。さらに同校の在学中には、校外のレストラン、ホテル、バールといった場所で実地研修が受けられるプログラムも用意されているという。栄養学と調理を担当する教師に話を聞いたところ、「障害のある生徒たちは、理論や知識を身につける授業では、確かに苦労し戸惑っている様子を見受けることもありますが、実際の調理やサービスの実践の場面になると、周囲の活動を見ながら自分なりのペースで仕事を覚えていき、生き生きと活動していますよ」というコメントを得ることができた。各授業に加配されている支援教師と教育士による支援体制をはじめ、障害のある生徒たちがインクルーシブな環境で学ぶための仕組みが、彼らの必要性に応えるべく整えられているのを感じることができた。 

今回はサルデーニャ島にある小学校、中学校、職業高校の各学校において、障害のある生徒たち対して、どのような教育計画が立てられ、どのような支援体制が組まれ、どのような教育実践が行われているかについて報告した。あくまで障害のある生徒の視点から、あるいは彼らの肩越しに学校生活の様子を観察しそれを記録したものである。わずか2週間という短い時間とはいえ、子どもたちと一緒に時間を過ごした貴重な経験からすると、付言しておく必要があると思えるのは、生徒たちのあいだには健常児や障害児といった区別はなく、彼らは互いに学校生活をともにするただ単にクラスメイト同士だったということである。障害のある生徒に対する過剰な気づかいも特段の気負いもなく、クラスメイトたちはそれぞれただ自然に振舞っているように見えた。分離教育の一切を撤廃し、学校生活のすべてをインクルージョンの原則に基づいて行っているイタリアでは、そうした体制がすっかり定着し、これがすでに日常の風景になっていることを改めて実感できるまたとない機会となった。

アズニ高校5年生の時間割表

(注1)学校群とは同一の学校長、同一の教育計画によって運営されている学校の集合体のこと。学校群「エレオノーラ・ダルボレーア」は、幼稚園2校、小学校4校、中学校2校で構成されている。
 
(注2)
アズニ高校のホームページ。https://www.azunicagliari.edu.it/
 
(注3)
イタリアの学校制度。https://www.miur.gov.it/sistema-educativo-di-istruzione-e-formazione
 
(注4)
イタリアの学校では、小学校段階では保護者の希望および個々の学校が持つ教育的資源をもとに、①週に24時間、②週に27~30時間、③週に最大で40時間のなかから授業時間数が決められる。イタリア学校の授業時間については以下に記載されている。https://www.miur.gov.it/orario-scuole
 
(注5)
イタリアの個別教育計画は全国共通の様式になっている。小学校用のものでA4・13ページにおよぶ。https://www.istruzione.it/inclusione-e-nuovo-pei/decreto-interministeriale.html
 
(注6)
地域保健機構(AUSL)は全国の各地域に設置され(人口約5万~10 万人に対して1か所)、すべての住民に保健サービスを提供する機関である。学校が連携する地域の専門機関のなかで最も重要な機関であり、障害児に対しては学校教育期間を含めて生涯にわたって総合的な支援を行う。
 
(注7)
教育・医療・福祉が緊密に連携しているイタリアの教育制度では、ICF(国際生活機能分類)が3つの異なる分野を橋渡しする「共通言語」として機能していることが重要である。
 
(注8)
イタリアの高校の種別。https://www.miur.gov.it/scuola-secondaria-di-secondo-grado

おおうち・としひこ………1976年生。イタリア国立ヴェネツィア大学大学院修了。神奈川県特別支援学校教員。訳書に『イタリアのフルインクルーシブ教育―障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念―』(明石書店)など。趣味は、旅行、登山、食べ呑み歩き。


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