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7.インクルーシブな教育を継続させる「学校群」制度:ローマ、ボローニャ、サルデーニャ島の視察旅行|フルインクルーシブ教育の現場を訪ねて~イタリア・ボローニャ滞在記~|大内紀彦


まだ半袖でいられるほどの陽気だった10月24日(火)の早朝、深紅の車両の特急イタロに乗り込み、住まいのあるボローニャの中央駅を発ちローマに向かった。イタリア滞在を開始した4月から数えると、3度目のローマだった。古代ローマ帝国の遺跡が街中に溢れ、世界に名を馳せる無数の教会や美術館を擁する「永遠の都」ローマ。この類まれな都市を訪れる機会が幾度かあったのに、これまでの滞在では観光に費やせる自由な時間はいささかも捻出できないでいた。だから今回は、早朝7時台の列車でボローニャを出発して、どうにか半日ほどローマ散策の時間を確保したのだった。

列車がローマの終着駅テルミニに到着するや、駅前に停車していた目当てのバスを素早く見つけ、ナヴォーナ広場に急いだ。そこで、ロンドンからやってきた友人親子と落ち合い、銀色のアルミ皿でパスタを供する昔ながらの食堂で昼食をとった。食後には、10数年ぶりにサン・ルイジ・デイ・フランチェージ教会を訪れ、バロックの画家カラヴァッジョの『聖マタイ』の連作を暗闇のなかで息をのむ思いで眺めてから、古代遺跡フォロ・ロマーノやコロッセオ周辺にまで足を伸ばした。ところが、そこで想定外の激しい雷雨に見舞われ、地下鉄コロッセオ駅の軒下でしばし雨宿りを余儀なくされたために、モンテ・マリオの丘にある修道院が営むホテルにたどり着いた頃にはずいぶん遅くなっていた。

宿に着くと、すでに日本からイタリア視察にやってきた大内進先生が到着されていた。鉄道駅テルミニを経由せずにローマのフィウミチーノ空港から直接タクシーでやってきたから、当初の予定よりだいぶ早く到着できたとのことだった。大内先生は、昨年の10月に上梓した拙訳書『イタリアのフルインクルーシブ教育-障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念-』(明石書店)の監修者で、これまで約20年間イタリアの各地で障害児をめぐる教育の調査を続けている。そのうちのいくつかの視察には、ぼくも同行したことがあった。今回はこのローマの地が、ぼくと大内先生との1週間にわたる視察旅行のはじまりだった。

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10月24日(火)~26日(木)のローマ視察のなかで、最初に訪問したのが「ピステッリ」小学校だった。連載の第5回で報告したように、夏休みの期間には学校の敷地を開放して「サマーセンター」を開催していた小学校である。授業を参観した小学校4年生のクラスは21名で構成されていて、そのなかには障害が認定されている生徒が2名含まれていた。このクラスの授業に携わっていたのは、教科の教師、支援教師(注1)、OEPAC(注2)の3名だった。

続いて訪れたのが、イタリアに残された数少ない「特別学校」のうちの一つ「ヴァッカーリ」特別小学校である(注3)。イタリアの特別学校は、その大部分が小規模であるとされているが、「ヴァッカーリ」も例外ではなく、クラスは小学校の全5学年で5クラス、1クラスは6名で構成されていた。重症心身障害の子どもたちがほとんどで、各クラスには支援教師2名とOEPACが2~3名が配置されていた。非常に手厚い教育・支援体制がとられているといえる。

ローマ滞在中には、イタリアでも有数の古代彫刻のコレクションを誇り、世界最古の美術館の一つともいわれるカピトリーニ美術館も踏査の対象になっていた。大内先生が視覚障害教育を専門としているため、視覚に障害のある人々にとってのアクセシビリティの観点から調査を行うことになったのだった。同美術館では、カラヴァッジョとルーベンスという美術史上に名を刻む画家の作品4点と、それに加えて彫刻作品2点の手前に、絵柄や造形に応じて凹凸をつけた浮き彫り状の作品の複製が設置されており、それを手で触ることで美術鑑賞ができるよう視覚障害者に配慮がなされていた。美術館の職員に尋ねて驚いたのは、準備されている手袋をすれば、(おそらく職員の付き添いのもと)すべての彫刻作品に触れられるようになっていたことだ。大内先生の以前の調査によれば、同じくローマの著名な美術館であるボルゲーゼ美術館でも同様の対応がされているとのことだった。

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10月26日(木)~29日(日)までの大内先生のボローニャ滞在期間中には、イタリア全国盲人連盟などの主催による「トッカ・ア・テ(イタリア語でTOCCA A TE)」(注4)という催しがあった。そのメインイベントが、視覚に障害がある人たちも手で触って楽しむことができる「手で触る絵本」のコンテストだった。4日間にわたって開催されたこの一大イベントの会期中には、「手で触る絵本」の作製や視覚障害者の教育に関わる数々の講演会やワークショップが用意されていた。

会場となっていたのは、ボローニャ随一の広場であるマッジョーレ広場に隣接する市立中央図書館「サラボルサ」で、かつての旧証券取引所を改修して2001年にオープンしたイタリア最大のマルチメディア図書館だった。地上3階地下2階の堂々たる建物で、地上階の三層の中央部は巨大な吹き抜けになっており、天井には美しいフレスコ画が描かれている。図書館は誰でも利用可能になっており、ぼくがいま原稿を書いているのも、実はこの図書館の2階のスペースである。

コンテストの開催時期が昨年とは変更になったためか、今年度は例年に比べると作品数は多くはなかったが、それでもコンテストには150点ほどが集まった。その中には10数点の日本からの応募作品も含まれていた。10月28日(土)に行われたコンテストの受賞式では、図書館の1階部分の広大なスペースにコンテストの参加作品がすべて並べられ、手に取って触れるようになっていた。中央部分に用意されていた数百席は多くの人で埋め尽くされた。こうしたイベントが街の中心の会場を用いて大々的に行われることは、極めて大きな意味のあることだと言えるだろう。

10月29日(日)~10月31日(火)の期間にはサルデーニャ島の学校を視察した。サルデーニャ島はシチリア島に次ぐ地中海第2の大きな島で、日本の四国の1.3倍ほどの面積である。独自の豊かな文化や歴史を持つ島で、リゾート地としても人気を博している。『イタリアのフルインクルーシブ教育』の原著者であるアントネッロ・ムーラ教授が、サルデーニャ島最大の都市カリアリの大学で教鞭を執られているので、彼に会うためにこの島を訪れたのだった。ボローニャからは直行便が運航されており、飛行機に乗ってしまえばわずか1時間半ほどの旅だった。今回サルデーニャ島での滞在中に訪問できたのは、学校群「エレオノーラ・ダルボレーア」(注5)に所属する幼稚園、小学校、中学校だった。

●幼稚園
月曜日から金曜日までの登校時間は8時30分~9時、下校時間は15時半~16時になっていた(12時~13時の時間帯に食堂で給食)。幼児は年齢ごとにA~Eまで五つのセクションに分かれており、情報を得られたところでは以下のような教育・支援体制になっていた。

・セクションA、Eは5歳児のクラス(学級編成は不明)
・セクションBは3歳児のクラス、生徒は17名、教科の教師2名が受け持っており、障害が認定されている生徒は在籍しない。
・セクションCは4歳児のクラス、生徒は13名、支援者3名(支援教師2名+教育士1名)、障害が認定されている生徒は2名在籍。
・セクションDは2歳児のクラス、生徒は16名、支援者6名(教科の教師2名+支援教師2名+教育士2名)が配置され、授業内容により3名~4名程度の支援者で対応しているようだった。障害が認定されている生徒は2名在籍。 

特に印象的だったのは、どの教室でもきちんと整理整頓された棚のなかに、多種多様な美術教材がぎっしり詰まっていたことである。幼稚園全体で美術に重きを置いた教育を行っており、モンテッソーリのメソッドを踏まえて五感を刺激する教育を行うことを心掛けているということだった。教室内には生徒一人ひとり用のポートフォリオが下げられていて、美術活動の成果物が丁寧にまとめられて入っていた。 

●小学校
月曜日から木曜日までの登校時間は8時半で下校時間は16時半、金曜日だけ下校時間が13時半になっていた(13時半~14時半の時間帯に食堂で給食)。見学できたのは小学校5年生のクラスで(イタリアの学校制度では5年生が小学校の最高学年)生徒は16名、支援者2名(内訳は不明)、障害が認定されている生徒は2名在籍していた。授業を参観した際には、外部講師2名を招いて「環境汚染(プラスチック汚染)」についての授業を行っていた。

●中学校
通常時のスケジュールは、月曜日から土曜日まで同様で、登校時間は8時15分、下校時間は13時半になっていた(給食はなし)。見学できたのは中学校1年生のクラスで、生徒は18名、教員2名(教科の教師1名+支援教師1名)、障害が認定されている生徒は2名在籍していた。クラスには留年した生徒が1名含まれていたが、イタリアでは「同一の学習到達度を保障する」という観点から、現在でも留年の制度が存続している(理由の如何を問わず、年間50日以上の欠席も落第の事由になるという)。

授業見学をしたのはパソコン室で行われていた「情報」+「英語」の授業で、生徒一人ひとりがパソコンに向かってヘッドフォンをして動画を視聴した後に、教師の英語の質問に答えるかたちで授業が進められていた。

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今回訪問できた幼稚園、小学校、中学校では、どの学校段階においても、ほとんどのクラスに障害が認定された生徒が在籍していた。総じて言えるのは、どのクラスにおいても、生徒たちは全員きちんと着席して授業に臨んでいたことである。事前情報がなければ、外見上はどの生徒に障害があるのかはほとんど見分けがつかないほどだった。また障害が認定されている生徒についても、授業の内容を理解し、教師の質問に口頭で十分に返答ができる生徒が多々見受けられるなど、障害は軽度であるだろうと想像されるケースが多かった。4月からぼく自身が実施してきた学校での調査とあわせて考えてみても、イタリアでは障害が比較的に軽度でも認定されるに至るケースが多いといえそうである。日本では障害の認定は、健常児とは別の分離した教育への第一歩となる場合が多く、その判断は必ずしも肯定的に受け止められるとは言い難いだろう。しかし、フルインクルーシブの教育を行っているイタリアでは、障害の認定は、インクルーシブな教育環境のなかで、適切な支援を得ながら健常児と同様の教育を受けていくことへの権利行使の第一歩と捉えることができる。日伊両国のあいだで、「障害の認定」に関わる考え方や捉え方には大きな乖離があるといえるだろう。

サルデーニャ島での学校訪問は、「学校群(イタリア語でIstituto comprensivo)」という観点からイタリアの教育の特徴を捉えなおす良い機会ともなった。今回訪れることができた幼稚園、小学校、中学校は、幼稚園2校、小学校4校、中学校2校で構成されている学校群「エレオノーラ・ダルボレーア」に所属する学校である。イタリアの教育制度において、「学校群」は、通常は地域内で近接する幼稚園、小学校、中学校で構成されるとされている。実際に足を運んだ小学校と中学校は同じ校舎の1階と2階にあり、また同じ学校群の幼稚園までは車で10分ほどの距離だった。

イタリアの「学校群」制度では、各学校に校長や事務局が置かれることはなく、1名の校長と1カ所の事務局が、その学校群に所属するすべての学校の管理・運営に当たるというシステムをとっている。そして、学校群ごとに「教育提供3カ年計画」(イタリア語でP.T.O.F.;Piano Triennale dell'Offerta Formativa)が作成され、これに基づいて「インクルージョンのための年次計画」(イタリア語でP.A.I.;Piano Annuale dell'Inclusione)が立てられるが、これらの計画は、「学校群」に所属するすべての学校で共有されることになっている。したがって、同一の学校群に所属する各学校では、共通する計画や目標に基づいた継続的な教育・支援が実施される。イタリアの学校はクラス替えをせず、担任が持ち上がりになることが一般的なのも、こうした教育の継続性に重点が置かれているからである。

実際、サルデーニャの学校を訪問した際には、教育・支援活動に継続性を持たせるための活動の一環として、幼稚園、小学校、中学校の生徒が一緒に取り組んだ美術の作品を見せてもらうことができた。また、幼稚園から小学校へ、小学校から中学校へという進学をスムーズにするために、幼稚園の最終学年の生徒が小学校の活動に参加したり、小学校の最終学年の生徒が中学校の活動に参加したりする機会が設けられているということだった。特別学校をなくし、すべての子どもたちが生活圏にある地域の学校に通っているイタリアだからこそ、地域社会に根ざしたこうした継続的な教育が可能になっているのだといえるだろう。地域社会のなかで継続した教育を行うことの意味を改めて考えさせられたサルデーニャ島訪問だった。
 
このレポートで紹介したのは、1週間にわたるローマ、ボローニャ、サルデーニャ島の視察旅行の概略である。今回の記事で扱ったローマの「バッカーリ」支援小学校とサルデーニャ島の学校群「エレオノーラ・ダルボレーア」に関しては、再訪してより入念な視察を行うべく計画を立てているところである。その成果については、この連載を通じていずれ詳細な報告をすることができるだろうと思っている。

(注1)教員免許を持つ教師で、障害が認定された生徒に対して加配として配置される。障害児の教育・支援活動を行うとともに、クラス内にインクルーシブな学習環境を構築するために中心的な役割を担う。
 
(注2)ローマがあるラツィオ州独自の呼称。他の地方でいえば食事、排泄、移動といった日常生活動作(ADL)の支援を中心的に行う「自律とコミュニケーション・アシスタント」に相当する。社会的協同組合の職員であり、障害児の学校生活、地域生活、家庭生活の支援にあたる。

(注3)イタリアでは障害を持つ子どもたちの99%以上が地域の通常の学校で学んでおり、フルインクルーシブな教育が原則になっている。しかし、あくまで例外として残りの1%に満たない割合の子どもたちが特別学校で学んでいる。そのうちの1つがローマにある「ヴァッカーリ」特別小学校である。
 
(注4)「手で触る絵本」のコンテストの様子や受賞作品が掲載されている。
https://libritattili.prociechi.it/concorsi/concorso-nazionale-tocca-a-te/
 
(注5)学校群「エレオノーラ・ダルボレーア」のホームページ。
https://www.icsangavino.edu.it/

おおうち・としひこ………1976年生。イタリア国立ヴェネツィア大学大学院修了。神奈川県特別支援学校教員。訳書に『イタリアのフルインクルーシブ教育―障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念―』(明石書店)など。趣味は、旅行、登山、食べ呑み歩き。


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