6.これはボランティアじゃないんだ:ローマの障害のある人々の夏② サマーキャンプ|フルインクルーシブ教育の現場を訪ねて~イタリア・ボローニャ滞在記~|大内紀彦
イタリアの障害のある子どもたちは、3カ月にもおよぶ夏休みをどのように過ごしているのだろうか。こうした関心に突き動かされて、その様子を観察してみようと、「サマーセンター」が開催されていたローマの小学校を訪れたのは、すでに汗ばむほどの陽気だった6月の初旬のことだった(連載第5回を参照)。それから2カ月が過ぎた8月、今度は「サマーキャンプ」(イタリア語ではCampo estivo)に参加するためにローマを再訪した。
小学校を開放して、子どもたちのために開かれていた「サマーセンター」とは違って、この「サマーキャンプ」は、1日5000~6000円程度の費用(食事付き)さえ支払えば、子どもでも大人でも、そして障害の有無にもかかわらず、誰もが参加することができた。1週間にわたって開催されたこの夏のイベントは、泊まりがけの行事でもあることから「サマーキャンプ」と呼ばれていた。
8月5日(土)の昼前にローマの中心部を出発し、いつもお世話になっているローマ在住のご家族と一緒に向かったのは、車で1時間半ほどのヴィテルボという町の郊外で、アグリツーリズモが体験できる場所だった。アグリツーリズモとは、イタリア語で「農業」と「観光」を意味する二つの言葉が合わさった造語で、農家体験や自然体験ができたり、あるいは土地の食材が楽しめたりする場所のことをいい、目下イタリアで大いに人気を博している。
「サマーキャンプ」の開催地となっていたそのアグリツーリズモの地は、「ビコカ」の名で呼ばれていた。そこは、緑豊かで美しい丘陵地のなかにあって、敷地内にはスポーツができるコートやプールが用意され、周囲には広大な畑が広がっていて収穫をひかえた様々な野菜や果物が豊かに実っていた(注1)。
「ビコカ」に到着し、車いっぱいに詰め込んできた荷物を降ろし終え、しばらくサッカーに興じていると、ローマ近郊からやってくる人々が続々と到着しはじめた。彼らの多くにとって、このキャンプは夏の恒例行事となっているようだった。1台の車が到着するたびに、久しぶりの再会を互いに喜びあったり、近況を報告しあったりする姿があちこちで見られた。
この「サマーキャンプ」を運営しているのは、「Fede e Luce」(「信仰と光」を意味する)という名のアソシエーションだった(注2)。その名称からも明らかなように、キリスト教の精神に根ざした組織であり、実際にローマ・カトリック司教協議会(注3)のお墨付きも得ていた。
アソシエーションは、「共通の目的や関心を持つ人々が、自発的につくる組織」と定義できるだろうが、とりわけイタリアの障害者をめぐる歴史、あるいは障害児教育をめぐる歴史をひも解いてみると、障害者に対する支援の運動、そして障害当事者とその家族たち自身が牽引してきた運動において、こうした組織が果たしてきた役割が極めて大きいことが容易に理解できる。
「Fede e Luce」は、もともとは1971年にフランスのルルドで組織された巡礼の旅に端を発するアソシエーションで、1975年にはイタリア支部が発足している。それ以降、半世紀にわたって障害当事者とその家族を孤立させることなく、社会のなかでの彼らの居場所を見つけだせるように、出会いの場を提供し続けてきた。いまや世界81カ国に1648ものコミュニティがあり、イタリア国内だけでも60カ所もの支部があるという。今回の「サマーキャンプ」の初日に集まったのは20名あまりだったが、彼ら彼女らは、障害児のいる数組の家族と個人で参加していた様々な年代の障害者たち、そしてアソシエーションの活動に参画している人々で構成されていた。
夕方になり初日の参加者が一通り到着し終えると、いよいよ夕飯の支度がはじまった。室内ではアグリツーリズモの管理者とアソシエーションの活動への参画者が中心になって食材の調理に当たり、屋外の食事場所では、障害のある人々を交えてテーブルクロスを敷いたり一つ一つ食器を並べたりといったテーブルセッティングを手分けして行っていった。夕飯の準備という共通の目標に向けて、それぞれが自分自身のできる範囲の役割で自然に関わっている様子が、なんとも微笑ましく感じられた。
以下は、ぼくが3泊4日を過ごした「サマーキャンプ」の2日目と3日目のおもなスケジュールである。
ヴィテルボの教会で参加したミサも、「ビコカ」の周りに広がる畑での野菜の収穫も、それから日々の食事の準備も、どれも忘れ難い記憶となって残っている。とはいえ、ぼくの滞在中に限っていえば、もっとも熱が入ったイベントは円形ミーティングだった。このミーティングは毎年スケジュールのなかに組み込まれているようだが、今年は日本人ゲストが参加していることもあって、取り上げられたテーマは「日本のおとぎ話」だった。
参加者のイタリア人の一人で、日本の文化にも造詣が深いFさんによって、日本で有名な昔話として、2日目には「桃太郎」が、3日目には「かぐや姫」が紹介された。自分の部屋で自分なりの時間を過ごしていた数名をのぞいて、20名ほどの参加者が車座になって、「日本の昔話が教える教訓とは何だろう」、「西洋のおとぎ話との共通点は何か」、「日本の昔話の教訓をキリスト教的に解釈したらどうなるか」といった話題で、えんえんと会話が続けられた。障害のある当事者もその家族も、そしてアソシエーションの運動への参画者も、それぞれが自由に自分なりの感想や意見を述べ合っていた。3日目には、「かぐや姫」が月に帰っていったことの意味をめぐってグループで話し合い、その解釈をそれぞれの表現で発表するという機会も設けられていた。
「サマーキャンプ」の滞在時間のなかで、折にふれて障害のある当事者やその家族がどのように日常生活を送っているのかを聞く機会に恵まれた。イタリアでも障害のある人々が仕事を通じて社会参加をするのは容易ではないこと、なかなか仕事に就くことができず日中をデイケアセンター(イタリア語でCentro diurno)で過ごしている障害者も多いこと、そしてこの1週間の「サマーキャンプ」への参加が、彼らにとって唯一のバカンスになっているケースも少なくないことを知った。「サマーキャンプ」を通じて、みんなで活動を共にして対話を重ねること、それが障害のある参加者たちにとって社会との繋がりを保つための貴重な手段の一つになってることも分かった。
さて、ぼくは次の仕事に備えて「サマーキャンプ」の滞在を一足先に終えて、自宅のあるボローニャへと戻った。それからしばらく経ったある日、「サマーキャンプ」の参加者を介して「Fede e Luce」のリンクが送られてきた。それを開いてみると、残りの滞在中に、参加者たちが湖畔散策、乗馬体験、ピッツァ作り、敷地内のプールでの遊泳、バーベキューなど盛りだくさんの行事を満喫したことが報告されていた。そこには紺碧の空と青々とした緑あふれる自然のなかで、嬉々としてバカンスを満喫する人々の姿が写しだされていた。そして、サイトの冒頭ページには、虹色を背景にして中心に「光」の漢字一文字が印刷されたTシャツに身を包んだ参加者たちの写真が掲載されていた。「Fede e Luce」というアソシエーションの名から「Luce」の一語をとり、それを日本語で「光」と訳しプリントしたものだった。
最後に、「サマーキャンプ」が終わってから数カ月が過ぎた今でも、頭を離れることなく忘れられずにいる対話を紹介して、今回のレポートを締めくくることにしたい。それは、参加者一行でヴィテルボにある温泉プールを訪れた際のある人とのやりとりのことである。
ぼくらは、数時間にもわたって、温泉プールに身を浸してはプールサイドに上がるということを繰り返しながら、他愛もない会話を続けていた。そうした打ち解けた雰囲気のなかで、たまたま隣に腰を下ろしていた「サマーキャンプ」のまとめ役であるSさんに、ぼくは何気なくこう切り出した。
「このボランティアはいつからやってるんですか」
すると、Sさんはこう返答したのだった。
「たとえば、あそこにいるM(障害者)とは、もうかれこれ20年以上の付き合いになるんだ。これはボランティアじゃなくて人間同士の付き合いなんだ。俺も彼を支えてるかもしれないけれど、俺も彼に支えられているんだ。」
この思いがけない答えに、ぼくは自分自身のあまりに浅はかな問いに恥じ入るとともに、自分自身が無意識に作り上げていた健常者/障害者という「垣根」の存在に改めて気づかされ愕然とした。「サマーキャンプ」にやってきた自分自身を、ぼくは何の疑いもなくボランティアとして自己規定していた。
日本の分離したままの教育のあり方を批判的に勉強し直すために、ぼくは1年間休職して、日本社会を離れてイタリアのボローニャまでやってきた。にもかかわらず、健常者/障害者あるいは支援者/被支援者という牢固とした既成の「垣根」を他ならぬ自分自身が無意識のうちに受けいれて、強く内面化したままだった。そしてそこから発せられた問いが、まさしく「ボランティアはいつからやっているんですか」という質問そのものだったのだ。障害児を健常児から分離した教育、そしてその果てにある分離した社会という制度そのものに、自分自身が相も変わらず閉じ込められていることに気づかされた瞬間だった。
健常者と障害者が分離した社会では、健常者と障害者の関係性はいつまでたっても支援者/被支援者のままであるだろう。分離した社会は、健常者と障害者のあいだに人間同士の当たり前の関係性が育まれることを妨げている元凶だともいえる。Sさんの口から発せられた「これはボランティアじゃないんだ」という返答の深い意味をぼくは今も考え続けている。
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