本連載の第3回では、ボローニャ大学で開催された丸2日間にわたる「支援教師」養成講座のうち、1日目の様子を紹介した。そこでは、障害をふくめた「特別な教育的ニーズのある生徒の支援」という観点から教育実践を行うにあたって、基礎となる理念や理論がレクチャーされた。
また、2日目の講座に参加するのに先立って、受講者たちには4~5人程度でグループを組み、学校での実際の活動を想定して活動計画を立て(対象生徒は中学生)、それを発表するという課題が与えられた。活動の内容は、日本の学校に置きかえてみると「特別活動」とでもなるだろうか。
提案された計画は、講座の受講生の大部分がすでに教師としての経験を積んでいることもあってか(注1)、教育現場の光景が目に浮かぶような具体的なものが多かった。おそらく、それらの活動計画の大半が、それぞれの持ち場での実際の経験を踏まえたものだったからだろう。総じて10グループほどの発表を耳にすることができたのだが、本稿では、そのなかから印象深かったものをいくつか紹介することにしよう。
以下でA、B、Cの3つのグループが提案している授業計画についていうと、想定されているそれぞれのクラスには、障害が認定されている生徒が少なくとも1名は在籍しており、「支援教師」によるサポートが必要な対象となっている。障害が認定された生徒とは、日本の場合でいえば、支援学校か通常学校の支援級に在籍している生徒、つまり日本の教育現場でも、それなりの支援を受けながら学校生活を送っている生徒の姿を思い浮かべてもらえれば良いだろう。
グループA
グループB
グループC
まず各グループの授業計画に共通していえるのは、すべての計画が「障害のある生徒をふくめて、生徒同士がお互いに教え合い、学び合いながら進めていく協同学習」として企画されていることである。さらに、実際の活動は、クラスの小集団で進められ、それぞれの集団の活動成果を総合することで、最終的にクラス全体の活動が実現され達成されるという構造になっていることもすべての計画に共通するものである。
しかし注目すべきことは、各々のグループのなかで支援の対象の生徒が抱えている「困難」や「問題」が、クラス全体の活動のなかに明確に位置づけられていることである。こうすることで、支援対象の生徒の課題は、クラスメイトの目にも見えやすくなり、クラス全体に共有されることになり、さらには、この課題にどう対応し、解決し、乗り越えていくのかを、一緒に考える機会が生み出されていくことにもつながっていく。
たとえばAグループであれば、「電動車椅子を活用するステファノの移動の不自由さ」、Bグループであれば、「見通しの持てなさに由来するエンマの不安」、Cグループであれば、「生徒Pの人間関係づくりの不得意さ」といった事態に対する課題は、クラス全体の協同学習を通じて改善されていくように道筋が立てられている。クラスの雰囲気や環境やルールに、障害のある生徒を適合させていくのではなく、彼ら彼女らの特性をクラスの側で受け容れて共有し、一緒に共存のための対処法を考え、解決策を講じるという方法がとられているのである。そして、この活動をいかにサポートするかが、まさに支援教師の腕の見せどころとなっている。そこには、クラス全体の状況に絶えず修正を加えながら多様性を包摂していくという、真にイタリア的なインクルーシブな学習環境づくりの秘訣を見る思いがする。
さらに、授業の計画にあたっては、支援の対象となる生徒の「人生計画」に配慮していること(Aグループのステファノは、将来、鉄道関係の仕事に就くことを希望している)、生徒の得意分野をいかせる活動を設けていること(Bグループのエンマが、絵を描くのが得意なことをいかして、教師たちの似顔絵かきの担当になっている)そして、苦手分野の改善のための機会が用意されていること(CグループのPが計算能力を磨くために、チケット販売の担当になっている)なども注目すべき具体策といえるだろう。どの授業計画からも、支援対象となっている生徒たちが、クラスの協同学習により積極的に参加し、さらにその参加を意義あるものにするための工夫がなされていることが見てとれる。
そして、クラス全体で協同学習をおこなうにあたっては、「自律」、「社会性」、「学習」といった観点から(連載の第3回を参照)学習目標が設定されるわけだが、それと同時に、支援対象となっている生徒に対しては、個別に目標やねらいが定められていることも見逃してはならないポイントだといえるだろう。
最後に、それぞれのグループが提案した各授業計画からも窺い知ることのできるイタリアの教育現場の現状と課題についても概観しておこう。一つには、イタリアの学校のクラスには、障害が認定された生徒のほかにも、学習障害のある生徒をはじめとした特別な教育的ニーズを持った様々な生徒が在籍するようになっていることが挙げられる。以前イタリアでは、こうした生徒たちへの対処が課題であったが、近年では、彼ら彼女らに対しては「個別指導計画(P.D.P)」という文書を作成し、多様な専門職とも連携しながら、より緻密な支援を行っていく体制へと変化してきている。
もう一つ挙げられるのは、イタリア語を母語としない生徒への対応という新たな課題である。移民などの増加によって、現実的な問題として言語的な困難さを抱えた子供たちが増えており、イタリアのフルインクルーシブ教育は、国際化し、より多様化・複雑化している文化的、宗教的、社会的な諸問題への対応をも余儀なくされている。ヨーロッパ諸国には共通する課題といえるだろうが、国際化の波は、教育という分野にも差し迫った問題を提起しているといえる。