見出し画像

4.イタリア式インクルーシブ教育の秘訣:ボローニャ大学「支援教師」養成講座 ②|フルインクルーシブ教育の現場を訪ねて~イタリア・ボローニャ滞在記~|大内紀彦

本連載の第3回では、ボローニャ大学で開催された丸2日間にわたる「支援教師」養成講座のうち、1日目の様子を紹介した。そこでは、障害をふくめた「特別な教育的ニーズのある生徒の支援」という観点から教育実践を行うにあたって、基礎となる理念や理論がレクチャーされた。

また、2日目の講座に参加するのに先立って、受講者たちには4~5人程度でグループを組み、学校での実際の活動を想定して活動計画を立て(対象生徒は中学生)、それを発表するという課題が与えられた。活動の内容は、日本の学校に置きかえてみると「特別活動」とでもなるだろうか。

提案された計画は、講座の受講生の大部分がすでに教師としての経験を積んでいることもあってか(注1)、教育現場の光景が目に浮かぶような具体的なものが多かった。おそらく、それらの活動計画の大半が、それぞれの持ち場での実際の経験を踏まえたものだったからだろう。総じて10グループほどの発表を耳にすることができたのだが、本稿では、そのなかから印象深かったものをいくつか紹介することにしよう。

以下でA、B、Cの3つのグループが提案している授業計画についていうと、想定されているそれぞれのクラスには、障害が認定されている生徒が少なくとも1名は在籍しており、「支援教師」によるサポートが必要な対象となっている。障害が認定された生徒とは、日本の場合でいえば、支援学校か通常学校の支援級に在籍している生徒、つまり日本の教育現場でも、それなりの支援を受けながら学校生活を送っている生徒の姿を思い浮かべてもらえれば良いだろう。

グループA

グループAが提案した活動計画は「ボローニャへの小旅行」というもので、想定されていたクラスは「フィレンツェにある中学校の1年生(注2)、男女21名で構成されている(注3)。協力的で協調性のあるクラスで、意見を述べることにも積極的、学習成果も生徒間で大きな差はみられない」ということだった。
 
「支援教師」が支援する対象となっている生徒は、「12歳の男子生徒ステファノ、四肢麻痺と水頭症がある。筋力が弱いために可動性が低かったが、電動車椅子を使いはじめたことで移動の自律性が向上、言語能力が高くクラス活動に積極的に参加していて、友達との関わりを楽しんでいるのが長所である」と設定されていた。
 
ステファノは鉄道旅行が大好きな少年で、いつか鉄道関係の仕事に就きたいという夢を持っている。そこで彼自身の「人生計画(プロジェット・ディ・ヴィータ)」の観点から、クラスメイトと助け合いながら一緒に行う協同学習として、ボローニャへの遠足を企画したとされていた。

この小旅行に向けた事前学習としては、クラスを3つのグループに分けて、それぞれに課題を与える。たとえば、ステファノが所属するグループには、旅行の「移動」についての計画が分担される。フィレンツェからボローニャまではどの列車で行くのか、ボローニャの町中の移動手段はどうするのか、こうしたことをグループで一緒に考えるのが、ステファノのグループに与えられる課題であるということだった。

グループB

グループBは「エンマのための学校的・社会的インクルージョンのプロジェクト」という活動計画を提案した。想定されていたのは、「中学校2年生のクラスで、男女23名で構成されている。支援教師がサポートをする生徒エンマのほかに、クラスにはディスレクシア(注4)の生徒と、母語がイタリア語でない生徒が在籍している。全体としてクラスの雰囲気は良く、平均的に良い学習成果をあげているが、エンマはクラス活動に十分には参加できておらず、彼女の攻撃的な言動を怖がっている生徒もいる」とされていた。(ちなみに、イタリアでは障害が認定された生徒に対して加配される支援教師は、状況に応じて校外から派遣される教育士やアシスタントといった専門職とともに、クラス全体のサポートにも当たることになっている。また障害が認定されなくとも教育的なニーズがあるという生徒に関しては、「個別指導計画(P.D.P)」が作成され、支援策が講じられることになっている)
 
支援の対象となっている生徒は、「12歳の女子生徒エンマ、自閉症スペクトラムと診断を受けている。本人にとって想定しにくい事態が起きたり、長く慣れ親しんでいる教師が不在だったりすると、不安から時おり攻撃的な態度をとることがある。彼女のサポートにあたっては、3人の支援教師が交替で週に8時間ずつ支援をおこなっており、また週に6時間は教育士が配置されている(注5)」とされていた。
 
学校生活ではよくある些細な変化であっても、エンマにとっては見通しが持てず、怒りの原因となり、それが不適切な行動につながってしまうことがある。こうした行動を避けるためには、状況の変化を予想しやすくすること、彼女に何かを依頼する際は適切な方法で行うこと、分かりやすく具体的なメッセージを伝えることが必要である。そこで、クラスメイトの誰もが、「次に何がはじまり、どこで、誰と、どのような活動をするのか」が理解できるように、みんなで協力して、「目で見て分かる時間割表」を作成することとした。なお、時間割表づくりは小グループに分かれて行うが、絵を描くことが大好きなエンマは、教師や教育士の似顔絵かきを担当するとされていた。
 
この協同学習では、クラスメイト全体に共通する目標として、「表現力」と「コミュニケーション力」の向上が目論まれていた。その一方で、エンマに関しては、彼女自身の個別教育計画(PEI)の記載されている内容と「人生計画」の観点から、グラフィックなどのパソコンの機能を活用する技術を向上させること、さらに所属グループの生徒たちのサポートを得ながら、社会性を向上させ、不測の事態に対応する力を伸ばすことが、目標として考えられていた。

グループC

グループCは「人生の演劇」という活動計画を提案した。ここで想定されていたクラスは、「中学校の2年生、男女23名で構成されている。クラスには障害が認定されていて、支援教師のサポートの対象となっている生徒がいる。さらに学習障害のある生徒が2名、イタリアにやってきたばかりでイタリア語の話せない生徒が1名在籍している。クラスの雰囲気は良好で、活動には落ち着いて取り組んでおり協力的である。しかし支援の対象となっている生徒が挑発的な行動をとることがあり、その時はクラスが不穏でピリピリした雰囲気になることがある」とされていた。
 
支援の対象となっている生徒は、「13歳の男子生徒P、家族はコソボの出身でイタリアには6年前に移住してきた。情緒面・行動面に課題のある軽度知的障害と診断されている。人間関係づくりに課題があり、クラスメイトを挑発したり、不適切な振る舞いをしたりすることがある。率先的に行動ができ、コミュニケーション能力の高いところが長所。個別教育計画(PEI)には、学習目標として、読み書き、数学的な計算能力の向上が掲げられている」とされていた。
 
クラスで行う協同学習として企画されたのは、年度末にある演劇公演のオーガナイズである。クラスは幾つかのグループに分かれて、「舞台美術に使用する材料の調達」、「舞台衣装のための生地や端切れの調達」、「芝居用の音源の準備」、「芝居の宣伝とチケットの販売」といった活動をそれぞれ担当するとされた。
支援対象の生徒Pのいるグループは、芝居の宣伝とチケットの販売を担当する。生徒Pは、チケットの販売に携わることで、個別教育計画の学習目標にも掲げられている計算能力の向上を図ること、さらにクラスメイトと協力して活動することにより、適切な人間関係を築き、感情をコントロールする力を身につけることなどが目標として設定されていた。

まず各グループの授業計画に共通していえるのは、すべての計画が「障害のある生徒をふくめて、生徒同士がお互いに教え合い、学び合いながら進めていく協同学習」として企画されていることである。さらに、実際の活動は、クラスの小集団で進められ、それぞれの集団の活動成果を総合することで、最終的にクラス全体の活動が実現され達成されるという構造になっていることもすべての計画に共通するものである。
 
しかし注目すべきことは、各々のグループのなかで支援の対象の生徒が抱えている「困難」や「問題」が、クラス全体の活動のなかに明確に位置づけられていることである。こうすることで、支援対象の生徒の課題は、クラスメイトの目にも見えやすくなり、クラス全体に共有されることになり、さらには、この課題にどう対応し、解決し、乗り越えていくのかを、一緒に考える機会が生み出されていくことにもつながっていく。
たとえばAグループであれば、「電動車椅子を活用するステファノの移動の不自由さ」、Bグループであれば、「見通しの持てなさに由来するエンマの不安」、Cグループであれば、「生徒Pの人間関係づくりの不得意さ」といった事態に対する課題は、クラス全体の協同学習を通じて改善されていくように道筋が立てられている。クラスの雰囲気や環境やルールに、障害のある生徒を適合させていくのではなく、彼ら彼女らの特性をクラスの側で受け容れて共有し、一緒に共存のための対処法を考え、解決策を講じるという方法がとられているのである。そして、この活動をいかにサポートするかが、まさに支援教師の腕の見せどころとなっている。そこには、クラス全体の状況に絶えず修正を加えながら多様性を包摂していくという、真にイタリア的なインクルーシブな学習環境づくりの秘訣を見る思いがする。
 
さらに、授業の計画にあたっては、支援の対象となる生徒の「人生計画」に配慮していること(Aグループのステファノは、将来、鉄道関係の仕事に就くことを希望している)、生徒の得意分野をいかせる活動を設けていること(Bグループのエンマが、絵を描くのが得意なことをいかして、教師たちの似顔絵かきの担当になっている)そして、苦手分野の改善のための機会が用意されていること(CグループのPが計算能力を磨くために、チケット販売の担当になっている)なども注目すべき具体策といえるだろう。どの授業計画からも、支援対象となっている生徒たちが、クラスの協同学習により積極的に参加し、さらにその参加を意義あるものにするための工夫がなされていることが見てとれる。

そして、クラス全体で協同学習をおこなうにあたっては、「自律」、「社会性」、「学習」といった観点から(連載の第3回を参照)学習目標が設定されるわけだが、それと同時に、支援対象となっている生徒に対しては、個別に目標やねらいが定められていることも見逃してはならないポイントだといえるだろう。

最後に、それぞれのグループが提案した各授業計画からも窺い知ることのできるイタリアの教育現場の現状と課題についても概観しておこう。一つには、イタリアの学校のクラスには、障害が認定された生徒のほかにも、学習障害のある生徒をはじめとした特別な教育的ニーズを持った様々な生徒が在籍するようになっていることが挙げられる。以前イタリアでは、こうした生徒たちへの対処が課題であったが、近年では、彼ら彼女らに対しては「個別指導計画(P.D.P)」という文書を作成し、多様な専門職とも連携しながら、より緻密な支援を行っていく体制へと変化してきている。

もう一つ挙げられるのは、イタリア語を母語としない生徒への対応という新たな課題である。移民などの増加によって、現実的な問題として言語的な困難さを抱えた子供たちが増えており、イタリアのフルインクルーシブ教育は、国際化し、より多様化・複雑化している文化的、宗教的、社会的な諸問題への対応をも余儀なくされている。ヨーロッパ諸国には共通する課題といえるだろうが、国際化の波は、教育という分野にも差し迫った問題を提起しているといえる。

注1 支援教師の免許を取得するには、大学で小・中・高の各教科の教師(イタリアでは教科担当制が基本だが、小学校では1人の教師が複数の教科を担当することがある)になるための基礎単位を取得したうえに専門コースを履修し、さらに数カ月の現場実習を終える必要がある。

注2 イタリアの小学校は6歳~11歳までの5年間、中学校が11歳~14歳までの3年間、高校が14歳~19歳までの5年間、そのうち6歳~16歳までの10年間が義務教育期間となっている。
 
注3 イタリアの学校の学級編成は、小学校で最小15名かつ最大26名、中学校で最小18名かつ最大27 名、高校で最小27名かつ最大30名、障害児のいる学級の最大定員は20名とされている。しかし、障害児のいるクラスであっても、若干名ではあるが20名を超えるケースも見受けられる。
イタリア教育省;学級編成 https://www.miur.gov.it/formazione-classi
 
注4 学習障害の一つ。知的な能力や全体的な発達に遅れはないが、文字の読み書きに限定した困難がある状態のこと。

注5  障害が認定された生徒の支援にあたっては、障害の状況に応じて、GLOと呼ばれる専門家チーム(各教科の教師、支援教師、医師、教育士、自律とコミュニケーションのアシスタント、各セラピストなどからなる)が組織され、チームで個別教育計画(PEI)が作成される。専門職の配置については、個別教育計画内の時間割の欄に記載される。個別教育計画の様式は全国共通になっており、以下のサイトで入手できる。
イタリア教育省;個別教育計画(PEI)
https://www.istruzione.it/inclusione-e-nuovo-pei/decreto-interministeriale.html

おおうち・としひこ………1976年生。イタリア国立ヴェネツィア大学大学院修了。神奈川県特別支援学校教員。訳書に『イタリアのフルインクルーシブ教育―障害児の学校を無くした教育の歴史・課題・理念―』(明石書店)など。趣味は、旅行、登山、食べ呑み歩き。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?