見出し画像

駒形一路先生による、2022共通テスト国語【本試験】のご分析

高等学校国語科で長らく教鞭をおとりになってきた駒形一路先生より、2022年実施 第2回共通テスト国語【本試験】のご分析を頂戴しました。先生のご許可をいただけましたので、拙noteにてご紹介させていただきます。"よりよき試験"の模索に向け、国語教育、大学受験に携わるたくさんの方々と、ぜひとも共有いたしたく。

以下、ご分析を拝読した感想です。

ご存じの通り、共通テスト現代文では、第1回、第2回ともに、要綱には出題の可能性が示唆されている、いわゆる「実用的な文章」は問われませんでした。この点についての駒形先生による以下のご提言には、「…まさに…!」以外の感想はありません。いたずらに受験生を惑わすことは、本当にやめてほしい。

やはり改革の本丸は新教育課程で学ぶ現中3生の受験回からで、それまでは「精度向上期間」なのか。
「実用的な文章」が出題されないことは、たまたまなのか意図的なのか、せめてそれだけでも明示すべきではないか。

あるいは、第2問【文学的な文章】(黒井千次『庭の男』)の問5についてのご指摘も、極めて重要だと感じます。

そもそも高校生が歳時記を見るものか。今後は歳時記を見るようにさせろ、ということなか。

試験は、誰が作っても、ニュートラルなものにはなり得ません。そこには必ず、作題者、あるいは作題者の所属する組織のイデオロギーが反映されます。しかも、そのイデオロギーはあからさまなものとしては明示されない。となると、受験生や高校生、あるいは我々指導者は、その試験問題を解くことを通じ、あるいは、その問題を解説することを通じ、知らず知らずのうちに、そのイデオロギー内での主体編成に参与させられていることになるわけです。であるならば、そこに編み込まれたイデオロギーの可視化は、このうえなく大切な分析作業となるのではないでしょうか。

なお、駒形先生よりお預かりしているご分析は、あと2つあります。後日、あらためて公開させていただきますので、しばしお待ちください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?