見出し画像

ブンガクのことば【0105】

馬鹿野郎め、べそをかくのか、おとなしくしなければまだ打つぞ。親分酷い。馬鹿め、やかましいわ、拳り殺すぞ。あんまり分らねえ、親分。馬鹿め、それ打つぞ。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親。馬鹿め。放。馬鹿め。お。馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め

自分の師匠である源太に不義理を働いたのっそり十兵衛を、清吉はどうしても許すことができない。ついに清吉は、十兵衛を襲い、大怪我をさせてしまう。すると清吉の分別のなさに憤った「め組の親分」が、清吉をしこたまに殴りつけるのであった…。
引用したのは、まさに、その折檻の場面。
もちろん、「馬鹿野郎め」などと口にするのが「め組の親分」であり、「親分酷い」などと応えるのが清吉である。
両者のかけあいの言葉はどんどん短くなる。
清吉の最後の言葉など、「親分」の「お」だけである。
そしてついに、「馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め」という連発の中に、清吉の言葉が差し挟まれる余地は完全に消されてしまう。
もちろん、こうした描き方のおかげで、読者は、親分の清吉を殴る拳速がどんどん速くなり、間合いも短くなる様を読み取ることができるだろう。さらには、そこに込められる力がみるみるエスカレートしていく様なども、如実にうかがえるはずだ。
清吉はなんとも哀れだが、すこぶるおもしろい表現だと思う。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?