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ドイツパン修行録~マイスター学校編~

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製パン経験の全く無かった元宮大工の男がパンの本場ドイツに渡り、国家資格である製パンマイスターを目指す物語のマイスター学校編。 田舎町に移り住み、通い始めたマイスター学校。真っ新な…
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2021年3月の記事一覧

*10 ニュー・スタート

 陽射しの割に肌寒い初春の候の下を行くにはやや軽過ぎた装いに、心持ち後悔の念を抱きつついた私は、重たい荷物を全身に絡げて乗り込んだ快速列車の中で、結局背中を汗で湿らせながら、六年暮らした街並を車窓から眺めていた。或いは、車窓から街を眺めていたと言うよりも、過ごした六年の記憶を窓に映して眺めていたと言った方が適当かも知れない。兎に角私は三月の一日にミュンヘン(※1)を去ったのである。  ミュンヘンで過ごす最後の日となったその日は朝から仕上げの片付けに追われていたにも拘らず、珍

*11 パンを求めて

 引っ越してからの日々は至極平坦な物である。しかし平単でありながら、一般という枠からはすっかりはみ出してしまっているように思われて、どことなく肩身が狭い様な気持ちがする。最新の流行を把握しているわけでもなければ、経済の動向を細かくチェックしているわけでもなく、いわば社会人であれば当然であるべき筈のルールを悉く疎かにしながら、それでも今日もこうして一丁前に営まれる生活という支川が、再度社会の激流とぶつかり合流する日を今か今かと待ち焦がれている者こそが私である。  そんな私が今

*12 不安な心は春風を待つ

 最も単簡な言葉で言い表すとすれば、先週末に焼いたパンは満足の出来であった。或いは、こんな可もなく不可もない無難な表現で言い表す外に、適当に装飾出来る言葉が見当たらない程至極平凡で、仮にも製パンに従事する者としては所詮最低点を上回った程度な当然の出来栄えであった。特別輝かしかったわけでもなければ、飛んでもなく酷かったわけでもないのである。  しかし私にとって大切だったのは結果よりも工程にあった。先だって自らを「製パンに従事する者」と謳った矢先であるが、肝心の製パン業から離れ

*13 学びて時にこれを習う、悦ばしからずや

 占星術と言う学問に置いて春分の日と言うのは、どうも宇宙元旦などと呼ばれる一つ特別な節目であるらしかったのだが、そんな日の翌日に、私は六年前に知り合ってぎりで殆んど疎遠であった友人とビデオ通話で久しぶりに再会し話をした。これが私にとって途轍もなく励みになり、また春分が元旦だとするならば実に幸先良く新年を歩き出す運びとなったのである。  五年ぶりに言葉を交わすきっかけになったのはインスタグラムであった。今月に入り、居も改め、いよいよ腰を据えたが時間ばかりあった為に、私は仕事も