舌切り雀


ある日、おじいさんが一羽の怪我した雀を拾ってきた。

おじいさんはその雀を大そう可哀想がり、
手当てをし、怪我が治るまで世話をするという。
餌をやり、名前を付け、
まるで手のかかる子供ができたようだと、
夕餉にそう言って嬉しそうに笑った。

おじいさんとおばあさんの間に子はなかった。
そのことを互いに口にしなくなったのは
正月の集まりで酔った舅が、
その咎がおばあさんにあると責めた後からだ。
おじいさんの言葉におばあさんは返事に詰まり、
ややあって、大根が強いね、とだけ答えた。

怪我が治っても、雀は家に居着いた。
絶えず聞こえる雀の声が、
おばあさんには耳障りでならなかった。
おじいさんの肩に乗るときにだけ出す、
媚びたような声が鼻持ちならなかったし、
その時だけ見せるおじいさんの横顔が悲しかった。

ある日、雀が障子の糊を食べてしまった。
おばあさんは思うより早く、はっと雀を捕まえると、
糸切り鋏でその舌を切った。
雀は飛んで行き、家はただ静かになった。

家に帰ったおじいさんは取り乱し、
探してくる、と出ていった。
飛んでいった鳥が見つかるものか、とおばあさんは思った。
わかりきったことを、一も二も無く駆け出した
おじいさんの背中を、いなくなってもしばらく見つめていた。

はたして、夜半も過ぎた頃おじいさんは帰ってきた。
酒を飲んでいるらしかった。
雀にもてなされてきたのだと言った。
おばあさんに怒ることも忘れて、
おじいさんは饒舌に雀の話をした。
舞いにご馳走、そして葛籠の事を。
何を莫迦なと思ったが、
もらったという小さな葛籠を開けると
確かに見たこともないような金銀が入っている。
良かったこと、と言っておばあさんは
冷めてしまった夕飯を何故だか隠した。

あくる日、日が昇るとおばあさんは一人
おじいさんに聞いた通りに雀の居所へ赴いた。
大きな葛籠をもらうためだ。

おばあさんは思った。
おじいさんはいつもそうだった。
おじいさんは人がいいから、
いつも遠慮してしまう。
自分にはこれで充分だと
小さい葛籠を選んでしまう。

では私は?
おじいさんの人生の伴侶に選ばれた、
私はどうなのだろう?

違う、と言って欲しかった。
おじいさんには遠慮なんかしないで
大きい葛籠を選んで欲しかった。
だから私だったのだと、
それを疑いたくなくて私は
子供のように意固地になって
雀からおじいさんを取り戻そうとしたのではなかったか。

葛籠は重く、骨と皮ばかりの脚がきしんだ。
歩くほどに重くなっている気さえする。
少し休もう。休めばまた歩き出せる。
そうだ、中身をみてみようか。
これほどの重さ、どれほどの財宝が入っていることか。
おじいさんは喜んでくれるだろうか。
私を認めてくれるだろうか。
あの横顔を、私に向けてくれるだろうか―。

おばあさんは葛籠を開けた。

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