見出し画像

ゲンバノミライ(仮) 第21話 循環屋の山崎リーダー

今月はいつもよりもペースが速い。遠い現場からの回収は先にやっておいた方が良さそうだ。
となると、天気が崩れる前がいい。

「ノリさん。今話しても、大丈夫ですか? 中央エリアが思った以上に伸びてきているので、遠いところを先にやっつけておきたいんです。北東の半島の現場を先に回ってください。明日の午後から天気が雨の予報になっているので、今日の方がいいですね」
「了解! 雨ってことは、明日は分別か」
「そう言わないでくださいよ。どちらも大事な仕事です」
「俺は走ってる方が好きだからさ。独り言だよ。じゃあ、行ってくるよ」
「お願いします」

山崎幸太が見ている画面には、この街で進められている復興工事の対象エリアの地図が映し出されている。最大規模の中央エリアはかさ上げ工事がメインだが、かさ上げが完了した場所から復興公営住宅の建設なども始まっている。点在する小規模集落の工事は、用地を確保するための切り土工事をやっている場所や、上下水道などインフラ整備に入っているところ、被災者向けの住宅建設が進んでいるところなど、場所によってまちまちだ。
工事現場では、さまざまな廃棄物が発生する。現場ごとに集積用の脱着式コンテナが置かれている。回収して分別し、リサイクルや最終処分などに送り出すのが役目だ。

山崎の父が、会社を立ち上げ、この街で廃棄物処理業を始めた。最初は収集車1台で自分が運転手だった。この国全体の人口が増えた時代には、水産加工業の仕事が活況で、売上げが右肩上がりで伸びていったという。社員も車両も増やした。だが、輸入が増えて水産加工業が立ち行かなくなると需要はしぼんだ。自分が社長を引き継いだ頃は、抱えきれなくなった社員と車両をどうするかが、最初の難問だった。

今の事業形態では、先はない。自分一人で細々と続けるのが関の山だ。だが、今の人数で新しいことをやるのも難しい。
山崎は、似たような憂き目に遭っている会社に、合併を呼び掛けた。今までのような事業系産業廃棄物の処理は続けつつ、需要の浮き沈みを吸収できるような新事業を立ち上げようと。

アイデアはあった。道路などの維持管理と介護サービスとの融合だ。両方とも慢性的な人材不足と、突発的な業務の増加に悩んでいた。だが、それほど人数を増やす企業体力が無い。困った時に柔軟に融通できる人材で互いに穴を埋めるような関係を望んでいた。インフラの維持管理をメインとする建設会社が最も売上げが大きかったので、そこに合流するイメージで一緒になり、それぞれの事業領域で貢献できる仕事を少しずつ増やしていく計画だった。

受け皿の新会社ができあがって、山崎は廃棄物処理のリーダーとなった。そして本格稼働へ準備を始めていた矢先に、あの災害が起きた。
とりあえず、それぞれの持ち分でやらなければいけない仕事が急増し、融合どころではなくなった。
山崎は、大手ゼネコンらが受注したがれき処理仕事に下請で入った。あまりにも膨大な災害廃棄物が生じたため、自治体の区分を超えた形でエリア分けされて、この街よりも沿岸部の都市に、集積場や分別施設、減容化のための焼却施設などが設置された。山崎の会社は、この街からの廃棄物の運搬と分別作業の一端を担った。丁寧に分別して、極力リサイクルに回し、最終処分を減らす工夫が凝らされていたことに驚いた。
今まで自分たちがやっていたのは処理ではなく、ただの運搬だったのかもしれない。そう感じた。

がれきの山が無くなり、復興街づくりが始まった。
計画から用地整備、復興住宅などの建設、運営などを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)が発足し、下請に入れてほしいと頼みにいった。
そこで、ずっと温めていた構想を提案したのだ。

山崎は、父から継いだ時から、この仕事には無駄が多いと思っていた。顧客から「コンテナがいっぱいになったよ」と連絡を受けて回収に行くのだが、本当のギリギリに連絡してくるケースがあったと思えば、かなり余裕を見て頼んでくる場合もあり、バラバラなのだ。定期回収先でも、向こうの仕事の予定がずれていて廃棄物がほとんど無くて「2時間後にもう一回来てよ」と言われることがあった。本当に行くべき所と先送りして良い所が混在していて、作業の無駄が生じていた。車両を走ればその分、人もガソリンも必要になる。

今回の工事は、点在する小規模集落での効率的な回収がカギとなる。廃棄物がたまった高さと重量が計測できるセンサーをすべてのコンテナに設置することで、効率的に回収したいと申し出たのだ。
CJVで所長の補佐役を務めている高崎直人が対応してくれた。

「そうすれば、私たちみたいな小さい会社のメンバーでも切り盛りできます。コストも下げられる」
山崎は、ドキドキしながら、そう言い切った。
実は、センサーの当てなどない。誰かに頼めばできるだろうが、そんなつてなど持っていない。「本当にできるんですか?」と聞かれたら、アウトだ。

高崎は、黙ってしまい、少しの間考え込んでいた。
「いいですけれど、もうちょっと工夫したいですね」
「工夫ですか?」
「そうです。例えば、もちろん種類ごとのコンテナを置きますが、それでも回収してから山崎さんのところで分別しますよね。その先の作業も効率化できるといいと思うんです」
「何が入っているかがある程度分かってると、一番ありがたいのですが」
「そうですよね。やっぱり人間がやることなんで、分別がきちんとできてるケースとそうじゃないケースが出てきてしまうんです。だから、重量計とカメラを設置して、画像認識で何がどれくらい入って、それがどれくらいの重量なのかを自動的に解析させたらどうでしょう」
「そんなことができるんですか?」

「分かりません。やってほしいと言えば、技研で考えてくれるでしょう。
また無責任な提案を持ってきやがって、って私が怒られれば済むことです」
高崎は笑顔を見せた。

「それはすごいです。実現すれば、もっと先にいけます。
本当は、分別作業までを含めて1週間分くらいの業務量を定量化したいのです。天気予報と組み合わせて、回収と分別の業務分担を組み立てられると、誰をどこにどう配置すれば良いかが明確に決まります。
そうすれば、みんながちゃんと予定をたてて休んだり、他の仕事をヘルプしたりできるんです」

「ほかの仕事もやっているですか?」
山崎は、そう聞かれて、災害前に考えていた構想の全体像を説明した。

本当にやりたいのは、すべての作業のオンデマンド化だ。やってほしい時にやってあげるということだ。
ゴミであれば、排出者が決まった日時に出すのではなく、出した物を踏まえてこっちが取りに行く。道路の維持管理も、困った時に修繕するのではなく、自動運転車でぐるぐるとデータを回収しておいて対応が必要な場所から優先順位をつけて対応していく。そうして余剰人員を生み出し、これからもっと増えるであろう介護サービスに回すのだ。
究極は、家庭ゴミのオンデマンド回収だ。個人情報の保護という問題はクリアしなければいけないが、各集積所に今回用いるようなコンテナを設置して、きちんと密閉できれば、いつでもゴミを出せる。こちらは、たまった状況を見ながら、効率的に収集車を回して、リサイクルも行っていく。
さらに一連の業務に、高齢者や独居世帯の見守りサービスを加えたいと思っていた。

「もしも、今回の現場でコンテナの集中管理と集積情報の人工知能(AI)解析が実現すれば、この街の効率的な運営に貢献できるし、私たちの雇用も維持できる。そうすればサービスを続けられると思うんです。
正直、復興事業が完了してものすごい数の人が戻ってくるとは思えません。でも、ここに住み続けたいと思う人は絶対にいます。その人たちがたとえ少なくても暮らしを手伝っていきたいんです」

高崎は、勤務するゼネコンの技術研究所や技術本部と連携して、新しいシステムの開発へと進めてくれた。まだまだトライアルの状況ではあるが、1年以上経験を積んで、ノウハウは確実にたまってきている。

この間の努力が評価され、おまけが付いてきた。
工事が終わって運営期間に入った時に、下請ではなくパートナーとしてCJVに参画してほしいと打診されたのだ。CJVのメンバーであるデベロッパーからの提案だった。
「できることは何でもやりましょう」
CJV所長の西野忠夫には、そう言われている。

山崎は、自分たちのことを循環屋と呼んでいる。
いろいろな物やサービスを回す役割だ。使えばゴミじゃない。

まだまだ、できることがありそうな気がする。

さあ、次は何だ。そう考えると楽しくなる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?