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魂に煽られる人たち〜心を揺さぶる人生のストーリー11 寂しさと孤独

「何してんだよ!風邪引くよ、早く入って!」
 、、何故来たのか?と次いで聞きたかったが、風邪をひかない様にするのが先だし、野暮に思えた。
 全身ずぶ濡れになった梨花を部屋に招き入れ、梨花の頭にバスタオルをかけた。
「ありがとう」梨花は浴室に入り、濡れた衣類と下着を剥いで洗濯機に入れ、晃司が準備した白い無地のTシャツ、ストライプのリネンシャツを着て、短パンを履いた。寂しさが幾分和らぐ様に感じた。
「冷蔵庫から適当に飲み物飲んでてね!」晃司は、梨花の濡れた衣類が入った洗濯機のボタンを押す。洗濯、干して乾くまで、半日以上かかるかな?その間、梨花ちゃんは?、、胸が騒めき、鼓動が大きくなっていった。
 梨花が冷蔵庫を開けるとプロテイン飲料、バナナ、食パン、うどんしかない。、、男の一人暮らしって、こんなに素っ気無いんだ。唯一、飲めそうなプロテイン飲料を手にとり、ストローをさして吸う。冷たい筈の飲み物が、喉を通る度に温かく感じる。『健ちゃんは私の事思ってくれてるんだろうか?』脳裏に過ぎると、途端に冷たくなった。
「晩御飯食べていく?」居間に出てきた梨花の衣服を見て、不意に言葉が口を吐く。
「うん。」、、さっき冷蔵庫を見た限り、晩御飯と呼べる物は何も無かったけど?
「貧相だなって思ってんだろ!レーサーは体重の軽さも速さの内なんだよ」冷蔵庫からレトルトカレーと茹でうどん2人分、バナナ、サバ缶の蓋を開け、ちゃぶ台に丼鉢を2つ並べる。
「では、いただきます!」晃司は、模範を示す様に丼鉢に茹でうどん、カレーの順に入れて食べ出した。
 梨花も晃司の真似をして食べ出す。、、「案外、美味しいね。」
「だろ?このママセンターのレトルトがプロの味なんだよ!」
 麺を口に運び出しながら、梨花が口を開く。
「健ちゃんの事、武田さんの言う通り、待ってるんだけど、、もう2週間近く連絡が無いの。家に電話しても出ないし、あきちゃんに聞いたけど、彼氏さんが健ちゃんを連れて立ち寄っただけで、泊めたりしてないって。健ちゃん他にも女友達沢山いるみたいだから、、もうわかんない!健ちゃんのお母さんに会いに行くしかないかなぁと思ってるんだけど。武田さんどう思う?」
「もうちょっと待ってみたら?どうせ帰ってくるよ。」、、健ちゃん、健ちゃんばっかり言いやがって。
「もう待てないよ!!簡単に言わないでよ!」梨花が涙ぐみ始めた。
 、、、こっちが泣きたいよ。
 晃司は徐に、ビデオテープを取り出し、再生ボタンを押す。
「梨花ちゃん見て!この最高峰のバイクレース。バイクで最高速300Kmを超えるトップ争い!コーナリングのところなんか限界ギリギリでタイヤ滑ってるだろ?それで、あ!この転倒!今、ハイサイド!最早、モンスターマシンは、人間がコントロールできない域まで達してて、、」一生懸命に説明している。
 梨花は晃司の横顔を見つめた。、、話の内容はよく分からないけど、色々と真面目に向き合う人なんだなぁ。健ちゃんとは全く違う、こういう人と付き合うのもありなんかも。
「ねえ、武田さん!私の勤め先の事も聞いてくれる?特別養護老人ホームって言って、お爺さん、お婆さんのお世話してるんだけど、高齢者の人と話していると、ホッとするし、喜んでくれるんだ。お世話が大変だってみんな言うんだけど、お世話したら『ありがとう』って皆んな言ってくれるし。勿論、色んな人がいるけど、、誰でも皆んな年取って死んでいくんだし、誰かがやらないといけない仕事なんだよ。そして、良い事をしていけば、周り回って自分の所に返ってくる気もするの、、」梨花は特養について、語り続けた。
「俺は、人の為にだなんて、、何もできない。」急に、梨花が大人に見えてきた。
「1回特養に見学に来ない?、、武田さんは、向いてる気がする。先ず、試験的に私のお祖母さんに会いに来ない?」
「はぁ?」意味は分からないが、小さく頷く。、、梨花ちゃんが誘ってくれてるし。

 もう22時半を回っていた。
 慌てて、洗濯したばかりの梨花の衣類を干しに行く。
「家まで送っていくよ。俺の服そのままで帰ってくれたら良いしね。」
「もう、嫌だよ!1人になるのは!、、今は、、今は1人にしないで!!」
 、、、唾を飲み込んだ。予想外の梨花の返答に言葉が出ない。
「お祖母さんは心配してるだろう?」
「今日は帰らないかもって、言って出てきたの。」梨花が少し恥ずかしそうにしている。
 急に、ボケていた景色にピントが合って、辻褄が合ってきた。胸の鼓動がいよいよ大きくなってくる。
「ふ、布団は予備があるし、だ、大丈夫だよ。でも、、エアコンはこの部屋しか付いてないんだ。」狼狽ていた。
 念の為に、購入してあったお客用の布団を、何処に敷いたら良いか、分からない。分かっていても敷けなくて躊躇し出した。
「私が敷く!」梨花が、晃司の布団と梨花用の布団を隣同士に、隙間なく並べた。

 エアコンの冷風が、カタカタと音を鳴らしながら、風向きを変えている。その音のせいか、暑さのせいか分からないが、、寝苦しくて寝れない。
 チラッと時計を見るといよいよ0時を過ぎてきた。
 懸命に目を瞑って寝ようとするが、眠れない。堪らず、隣を見てしまう。
 梨花は目を瞑っているが、手足が少し動いている様に見える。布団から足がはだけていたので、布団をかけようと上半身を起こした。その時、梨花と目があった。
「晃司くん、、寂しい。」梨花の呟きが聞こえた時、何かの歯止めが外れた。
 晃司は梨花の布団の中に入り、身体を強く抱きしめて唇を重ねた。2人の隙間を埋める様に、長いキスを交わし続けた。
 身体を重ねたまま、暗闇の中で互いの瞳を見つめ合った。梨花の瞳、そこには、目の前の晃司では無く、虚空が映っている様に見えた。
「俺が居るから!」堪らず晃司が囁いた。、、微かに梨花が頷く。
「あの人の事、もう忘れたい。」梨花の目尻から涙が伝わって落ちていく。
 今度は、寂しさと孤独を埋め合う様に、、唇を重ねて、愛し合った。

 その晩、晃司は夢をみた。、、夢の中で、晃司は、自らの片割れを探しに出かけている。しかし、何処を探しても見つからない。やっと見つけた!と思ってその片割れに近づいた時、目の前に深い深い真っ黒な溝があり、それ以上近づけない。どうしようもない孤独。
 魘されていた時に、目が覚めた。

 時計を見ると8時半だ。日曜日の朝、隣に寝ている筈の梨花が居ない。枕元に、梨花が着ていた晃司の服がきれいに畳まれて、手紙が置いてあった。

【晃司くん昨晩はありがとう!特養の朝出に行ってくるね!】

#創作大賞2023


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