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現代民話 「細道のよしちゃん のお話」

昔だけど、昔々というほどではなく、ちょっと昔のこと。あるところに住んでいたおちびちゃんがその小さな目でしっかり見たという不思議な体験のお話だ。

おちびちゃんは、三人兄弟の末っ子で、上のお姉ちゃん、お兄ちゃんには小言の多いお父ちゃんも、おチビちゃんにはつい甘くなってしまっていた。お父ちゃんは、近所へ出かけるときには、たいていおちびちゃんも連れて歩いた。おちびちゃんは、お父ちゃんと手をつないでお父ちゃんとおしゃべりできることが楽しくてとても好きだった。

ある日の夕方、家の近くを二人で歩いていると、見慣れぬ男の人にすれ違った。
「よっちゃん、こんばんは。」とお父ちゃんが声をかけると、その男の人は、下向きでいた顔を少しあげ「ああどうも、こんばんは。」と言った。なんとも言えない、少し弱めだけど、やさしさを感じさせる温和な声だった。おちびちゃんは、初めて見る男の人に、ちょっとはにかみつつも、夕方の薄暗がりの中、ちろっとその横顔をみると、横顔の半分以上が見たこともない不思議なかんじだった。あけびの色をした何かが覆いかぶさり、そこには鼻やらほっぺたやらが確認できないかんじだったのだ。

「あっ」おちびちゃんは何かいけないものを見てしまったようで、体の中が全部固まってしまった。でもお父ちゃんと手をつないでいたので、その手に引かれるようにそのままなんとかすれ違って前に進み、男の人は反対方向へ歩いていった。

お父ちゃんはおちびちゃんのカチコチの様子に気づいたのか、何歩か歩くとこう言ってきた。

「よしちゃんは生まれたときから、人とはちょっと違う顔つきなんだ。病気なんだな。どうにか治ればいいなと思っていたが、どうにも難しいらしい。今まで他人にはわからないようなつらい思いもしたろう‥かわいそうだな。でも、心は誰よりもきれいでやさしいんだ。よしちゃんの目を見れば、誰もよしちゃんはいい人だってすぐわかるさ。」

おちびちゃんはお父ちゃんに聞いた。「じゃぁお父ちゃんはあのおじさんが好きなの?」
お父ちゃんは言った。「もちろんだ。いろいろいっぱい大変なことがあるだろうけど、決してへこたれずに、まじめに正直者で生きている。とてもとても立派なことだよ。お父ちゃんも見習わないといけない。お前たちもだよ。」

おちびちゃんは、初めて見た想像もしない男の人の顔に驚いてしまい、まだ少しドキドキしていた。だからお父ちゃんが、その男の人をどんなにか褒めようとも、その意味がよくわからないまま家に着いた。そして大好きな夕ご飯のときには、この出来事をすっかり忘れてしまっていた。

それから数日したある日のこと。その日はすごい大雨で、空は真っ暗。太陽の光は少しも射し込んでくることがなく、昼間なのに辺りは雨音だけの世界となり、少し怖いような寂しいような、こちらの元気まで吸い取られるようなつれない日になっていた。
おちびちゃんも何もやる気になれず、家の窓からぼんやり外を眺めていた。

そうやって、しばらくぼんやりしていると、家の前の道、そのずっと先のほうから、誰かが歩いて来るのが見えた。そしてその姿がだんだん近づいてくると、おちびちゃんは思わず息を飲んだ。この間のおじちゃんだったからだ。

おじちゃんは、雨の中、傘をさしリズムを変えずスタスタと歩いてきて、おちびちゃんの家も、もちろん他の周囲の家も見ることなどなく、そのままおちびちゃんの家の斜め前の細道にすぅっと入っていった。

ところが、おちびちゃんは細道へ入るおじちゃんの背中を、小さな小鳥と蝶がパタパタひらひらしながらついていくのが見えたのだ。
おちびちゃんは「あれれ?」と思うやいなや、今度は細道の奥がピカッと光るのが見えた。今日は一日中暗くて、おまけにあの細道は家と家の間にあっていつも薄暗く、おちびちゃんはその奥まで入ったことなんて一度もなかったんだけど、その暗~い細道の奥から、確かにピカーーッと光が放たれたのだ。

どこか怪しげで怖かった、でもおちびちゃんはその圧倒的な光の輝きに魅せられてしまい、思わず家の扉を開け、傘もささずに雨の中をしのび足で細道まで近づくと、やっぱり引き返すことが出来ずに、細道のその奥へ足を忍ばさせてしまった。

何歩がこわごわと歩いていくと、おちびちゃんは驚いた。細道の奥は、2軒ほど小さな家が建っていて、家の前には小さな木が数本植えられていた。そしてそこに、おじちゃんはいたのだ。傘もささずに、いや、なんとそこだけ雨は降っていなかったんだ。おじちゃんの周りには、青や緑、黄色の小鳥たちがおじちゃんを取り囲んで歌をさえずり、その周りを蝶々も飛んでいた。みつばちやとんぼもいたかもしれない。
足元には野良猫か野良犬か、果ては子狸か、小さな動物も楽しそうに跳ねていた。
おじちゃんはというと、顔をあげ、動物たちと一緒にくるくる回りながら楽しそうにしている。

おちびちゃんがいつも絵本で見ていた動物の言葉がわかる人と小さな仲間たち。こんな雨の日なのに、まるで別世界のいるように、みんな、やさしいまぁるい光に包まれて仲良しで楽しそうだった。

いつものおちびちゃんなら、その仲間に入りたくて、でも自分から声をかけるのがなんか怖くて、なんか恥ずかしくて、結局そこでただずっともじもじしてしまうのだけれど、今回はただびっくりしてしまい、遠目でその光景を見つめているのが精一杯だった。
それに、おちびちゃんには、なんとなく、そこで「仲間に入れて!」なんて気安く声をかけてはいけないような気がしていた。触ってはいけない世界のような気もしていたんだ。

おちびちゃんはそれから少しして雨に濡れながら家に戻った。家に入ると、お母さんに濡れているのが見つかってしまい、ちょっと叱られた。おちびちゃんはおじちゃんのことは何も言えなかった。

次の日雨は止み、おちびちゃんは家からちょこっと飛び出し、又細道の前まで行ってみた。その先はいつもと変わらない薄暗い場所のままだった。おちびちゃんはとてもじゃないがそこへ一歩たりも踏み込むことは出来なかった。

それから又数日して、おちびちゃんはなんとなく気にかかり玄関先で作業をしているお父ちゃんに聞いてみた。「お父ちゃん、あのおじちゃんは?」「あのおじちゃん?」「お顔がブドウ色のおじちゃん」「ああよしちゃんか。そういやよしちゃんはもうこの町にいない。その細道の奥でひっそり暮らしていたのに、大家さんが急に土地を売るって言って、よしちゃんはそこにいられなくなってしまって出ていったんだ。どこかに引っ越したみたいだけど、急にそんなこと…。よしちゃんは、あの場所が落ち着ける場所だったのに。」お父ちゃんは明らかに不満な様子で、少し怒って見えた。

おちびちゃんは、とても残念な気持ちでいっぱいになった。もうあのかわいい動物たちの楽しい様子は見られないのだ。あの場所には、おじちゃんどころか、もう何もいる由もなかろう。あの場所は、もうただの怖い薄暗がりになってしまったんだ。おちびちゃんは、そう感じていた。

それからしばらくして、ある日、玄関先で近所のおじさんたちが話し込んでいた。家の斜め前に住んでいたあの細道の家を売り払った大家さんが、とんでもない借金を作って、夜逃げしてしまったようだということだった。

「身の丈に合わない暮らしぶりだったからね」「真面目に商売やる気が失せていたね」と近所の人は話していた。
おちびちゃんは思った。「あのおじちゃんを大事にしなかったからだ」

(世の中には、とても真面目でやさしい心を持っているけれど、多くの人とうまく付き合えない不器用な人もいる。そういう人の中には、実は神様が姿を変えて、皆の本当の姿を見に来ているのかもしれない。
でも、ほとんどの人はそのことに気づけない。ごくたまに、動物たちだけは気づいているのだけれど。)

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