見出し画像

現代民話 「こびとこちょこちょ のお話。」

昔だけど、そんなに昔じゃない。ちょびっと昔、あるところに住んでいた小さな女の子のお話だ。

女の子はお姉ちゃんとお兄ちゃんがいて、三人兄弟の末っ子。お父ちゃんとお母ちゃんが大好き。お姉ちゃんとお兄ちゃんは、ときどきけんかもするけどでもやっぱり大好き。なんといっても家族皆でわいわいとお腹いっぱい食べるごはんの時間が大好きな女の子だった。

あるとき、お父ちゃんが「部屋をひとつ増やそう。その部屋は子供たち三人の部屋。おちびちゃんも、その部屋が出来たらお姉ちゃんお兄ちゃんと一緒に寝るんだよ。」と言った。それまでお姉ちゃんとお兄ちゃんは小さなお家の隅っこにある小さな部屋、そこに置かれた二段ベッドで寝ていて、その小部屋の隣の部屋で、おちびちゃんはお父ちゃんとお母ちゃんの間にはさまって寝ていたんだけど、あれよあれよという間に新しく広々とした部屋ができ、三人はそこで並んで寝るようになったんだ。

壁も窓も扉もぴっかぴっかの新しい部屋。三人は嬉しくって、夜になるとおしゃべりばかりしてなかなか寝付けない日が続いた。

そんなある日、お母ちゃんの妹であるおばちゃんと、おばちゃんのだんなさんのお母さん、間柄は少し遠いおばあちゃんが新しい部屋を見に訪ねてきたんだ。おちびちゃんは、おばちゃんはよく知っていたけど、そのおばあちゃんは、前に会ったことがあるかどうか思い出せなかった。顔を見ても知ってるような知らないような、背が少し丸まって顔も目も垂れ気味でのぺ~としていて、近所を歩いているあちらこちらのおばあちゃんと区別がつかなった。
そのおばあちゃんは胸に鉢植えを抱えてきていた。大きめの鉢植えだ。お父ちゃんが「お母さん、重かったでしょう。」と言うと、「いえいえ、お祝いにこれどうぞ。このお花は私の作った造花よ。土も本物じゃないスポンジよ。だから重くないの。でも水やりもいらないし、いつまでも綺麗に咲いているから、新しい子供たちのお部屋向きでしょう。」とにっこりと笑ってお父ちゃんに渡した。

お父ちゃんはそれを受け取ると、たいそうな宝物のように胸の上のほうに抱え、ふいに少しかがんでおちびちゃんにちょろっと見せてくれた。おちびちゃんもひょいと覗き込むと、確かに何の生生しい香りも漂って来ず、花たちは魔法で固まっているように見えた。

おばちゃんとおばあちゃんはしばらく家にいて、いろいろ世間話をして大笑いをしたあと、もう帰らないいけないと言って名残惜しそうに、でも少し慌てて帰っていった。

子供たちは玄関まで見送りに出ると、おばあちゃんが言った。「嬉しくてたまらないでしょう。」するとお父ちゃんが「毎晩、三人ではしゃいでばかりで夜更かしして困りますよ。」と返した。
その時、おばあちゃんがおちびちゃんの目の前に顔をおろしてこう言った。「あらら、それは大変だ。夜は寝ないとね。それは困りますね~。」
おばあちゃんはそう言うと、ゆっくりとにっこり顔をし、おばちゃんと帰っていった。

それから数日たった真夜中のこと。
おちびちゃんは夜中にパチッと目が開いた。部屋の中は真っ暗だ。子供三人明るいと眠れないので、いつも寝るときは全部明かりを消して寝ることにしていたのだ。おちびちゃんが左右両隣を見ると、お姉ちゃんもお兄ちゃんもぐっすりすやすやと眠っている。
おちびちゃんは暗闇の中で、少しぼーっとしていた。するとだ、とても小さな音がした。とてもとても小さなざわざわしたかんじの音だ。おちびちゃんは顔を動かさず、目玉だけ部屋をぐるっと見渡した。
「あれ」おちびちゃんは声にならない声を発し、そこに釘付けになった。
なんと、あの鉢植えの上に何かいる。いや何かというか、何かと何かと何かと何か・…いっぱいいるぞ。いっぱいいて、動き回っている。
おちびちゃんは暗闇の中、一生懸命に目をこらしてみた。

そしてわかったのだ。そこに沢山のこびとがいて、何やら大忙しで動き回っていることを。
「こびとがこんなところに・・・」おちびちゃんはただただびっくりだった。でも、自分が体を動かしたり、声をあげたりしてはいけないことはわかっていた。自分はこびとの邪魔を何もしてはいけない。こびとは自分が起きているなんてまるで気づいていないのだろう。だから人目もはばからず、あんなに忙しそうにわちゃわちゃやっているのだ。

鉢植えは、三人が頭を向けて寝ていた壁の反対側の棚の上に載っていた。それに真っ暗闇だ。だからおちびちゃんの目からは、本当に本当に爪の先くらいにしか見えなかったのだが、おちびちゃんは不思議とそれが人間の形をしたこびとであることはわかってしまっていた。

こびとたちの動きが止むことがなかった。おちびちゃんは息をするのもゆっくりと慎重にしながら、静かにその様子を見守っていたが、しばらくして寝入ってしまった。翌朝おちびちゃんはいつも通りお腹が「ぐ~」として目覚めると、朝ごはんを楽しみにお母ちゃんのいる台所へ急いで向かった。そう、夕べのこびとのことはすっかり忘れてしまっていた。

それでも、その日の真夜中、そしてその次の日の真夜中も、どういうわけかおちびちゃんの目は突然ぱちっと開き、自然と鉢植えのほうに目が行った。最初は暗がりでよく見えないけど、目が慣れてくると、そこにはそうだ、やっぱりこびとたちがわちゃわちゃやっていた。
「近くで見てみたいな」おちびちゃんはそう思うのだが、同時に「でもそれはダメ~」と自分に言い聞かせていた。なぜかって、なんとなくそう思っっていた。

ある真夜中のこと、おちびちゃんがいつものようにこびとのわちゃわちゃしているのを静かに見ていると、隣で寝ているお姉ちゃんが突然寝言を少し大きめの声で呟いた。「むにょむにゃむむむ」おちびちゃんはドキッとした。鉢植えの動きはすべて止まった。こびともびっくりして固まってしまっていたようだった。おちびちゃんもしばらくドキドキドキドキしながら見守っていたが、お姉ちゃんが起きてこないことと確信したのか、少ししてこびとも控えめなかんじで動き出した。わちゃわちゃがこちょこちょになっていた。おちびちゃんもこちょこちょの様子が確認でき、ほっとした。そして又いつのまにか寝入ってしまった。

そんな晩が何夜続いたろう。おちびちゃんはいつのまにか、真夜中に目覚めることはなくなっていった。

それから少し経ったある日、お母ちゃんが草団子を沢山作ったので、おばちゃんにも届けようと言っておちびちゃんもついていった。おばちゃんの家に持っていくと、あのおばあちゃんが奥の部屋から顔を出した。
「新しい部屋はいい?」おばあちゃんに聞かれ、おちびちゃんがうなずいた。「もう夜は早く寝られるようになったのかしら?」続けておばあちゃんは聞いてきた。おちびちゃんはふと鉢植えのこびとを思い出し、はっとして返事をするのを忘れてしまった。
「おかげさまで、ようやく落ち着きました。ほほほ。」お母ちゃんが返答をした。
「それはよかった、そうじゃなくっちゃね。ほほほ。」おばあちゃんも笑った。

その日の真夜中、おちびちゃんの目は覚めることがなかった。ぐっすり寝てしまっていた。

そうやって、こびとのことはおちびちゃんの毎日から遠くなっていった。
児童館の絵本には、ときどきこびとたちが登場していたが、おちびちゃんはときたま「本当は、もうちょっと小さいけどな」そう思うくらいだった。

でも、おちびちゃんは誰よりもよく知っていた。こびとはここにいるんだってこと。こびとだって、この地球で住んでいるんだってこと。

おしまい

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?