『どうせみんなコオロギ食を食べるようになる』
西暦 2121年 9月
コンビニ弁当を食べる。うまい。当然うまい。
慣れ親しんだこの味は、恐らく母親の弁当よりも食べただろう。そして母親の弁当よりも遥かにうまい。というか味がする。この謎のタレが大量にかけられた謎の焼肉。さらにそれにかけるちょっと辛いマヨネーズ。少しばかりの漬物もものすごくご飯に合う。大量のタレの下敷きになっているのは、かつて真っ白だったはずのご飯。これだけで食べても間違いなし。
舌全体に広がるこのストレートな味は。
私の全細胞を唸らせた。
体が正直に答える。
これはこれは!!
旨いものだ。と。
「ぎゃああああ」
昨今は物価上昇で弁当の価格が上がっている。1つ900円以上は当たり前になってきた。それはいい、仕方がないと甘んじて受け入れている。ただ、弁当が小さくなっている。これは遺憾だ。あり得ない。700円程度でたらふく食べれていたあの頃はどこにいってしまったのだ。段々と弁当の底が浅くなってきた。肉の枚数も少ない。ほんの少し前なら、隣にから揚げまでついてたし、その下に謎のパスタもあったはずだ。
「ぎゃあああああああああ」
私は、スーパーで安くなった弁当も好きだ。コンビニよりも多少安価で量が多い。さらに時間帯によっては半額で手にできることもある。お惣菜の野菜も種類が豊富で栄養面も満足にとれる。もし、弁当が飽きてきたら、パンがある。リリアが全然ごはんを食べてくれない時はパンを買ってあげる。そうするとリリアは喜ぶ。そして家に着いたら、パンの袋をあけて、すぐに食べさせることができる。なんて便利だ。私はその間に食器の洗い物をして。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ」
そうだ、ジュースもあるんだ。リリアのために買っておいた甘いジュース。これは私も箱買いをして貯めておくほど大好きだ。リリアもこの味が大好きみたいで、もう毎日与えている。ほら、泣き止んだ。親と子は味覚が似るって本当だ。さ、私はお風呂でも洗おうかな。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「うるせえええええええ!」
西暦 2125年 8月
「来年春に食品添加物禁止法が可決しれることが決定しました。総理は『少子高齢化、将来を担う子供の命を救うための最重要課題解決の一つである』と述べました」
「厚生労働省は昨年末に行った、食品衛生研究会の研究結果によって食品添加物を毎日摂取し続けることで、50年の間に発がん性を発症させるリスクは70%上昇させると公表しました。WHOは『医学的根拠に十分な正当性がある』と判断しています」
「特に亜硝酸ナトリウム、安息香酸、ショートニング、ソルビン酸、等々。約1500の添加物が使用禁止になります」
「これらの入った食品は絶対に口にしてはいけない。または、製造を禁ずるとのことです。」
「今後私たちの食生活はどう変わっていくのでしょうか」
「いやー、宮地さんついに来ましたか、危険性は100年以上前から言われていましたからね」
「どこか、暴露や陰謀論だと蔑ろにされていたことが今になって大騒ぎですからね」
「でも、食品業界は黙っていないんじゃ」
「どうやら、ドカコーラ社、シマザキ、NDホールディングス社などが政府に抗議をしているようです」
「すでにもう20年以上も食品添加物を食べている私はどうすればいいんでしょう笑」
「そうですねぇ」
「今さら食生活なんて変えられませんよ」
西暦 2146年 9月
そろそろだ。
廊下から、台車を引く音が聞こえてきた。
もうわかるようになってきた。
最悪の時間だ。
「増田さん、はい。今日のお昼です。無理せず食べてくださいね」
看護師は仕事の顔をしている。私が食べても食べなくてもどっちでもいい顔だ。
プレートに並んだ食材には色がなかった。無機質でなんの匂いもしない。食欲をそそるためではなく、体を長持ちさせるためだけに作られた食事だった。ごはん。味噌汁。大豆ハンバーグ。生野菜。イチゴ。ごはんは少量で温かみがなかった。味噌汁はほとんどお湯だった。大豆ハンバーグなんて肉でもないし、パサパサしてて不味かった。ドレッシングがかけられていない野菜なんて残した。イチゴには練乳が欲しかった。
「お母さん、大丈夫?」
リリアの声がした。
「ごめん、お昼ご飯食べてた?」
「うんうん、いいの、食べないつもりだったし」
私の唯一の楽しみはリリアがこうやって会いに来てくれることだ。仕事を優先してと言っているのだが「大丈夫、ママに会いたいから」といつも言う。リリアは高校を出てそのまま就職をした。学費が払えないことが申し訳なかったが、リリアは「お母さんに恩返しがしたいから、がんばって働くね」そう言って、加工食品工場に勤めた。どこに会社があって何をしているのかは、あまり詳しく教えてくれなかった。それでも、毎日こうやって会いに来てくれるだけで私は嬉しかった。
「お母さん、聞いて、私好きな人ができたの」
「え、それはうれしいわ、どんな人なの」
「とても素敵な人だよ、会えばすぐにいい人だってわかる」
「そう、それは楽しみ」
「それとね」
リリアは言葉を詰まらせた。今日は本題がまだあるようだ。
「私、ね、赤ちゃんができたの」
「やっぱりね、そうだと思ったよ」
「え?知ってたの?」
「いいえ、知らなかったわ、でもなんとなくそう感じた」
「すごいママ、それで、その人と結婚してもいいかな」
「もちろんよ!なんだか元気になってきたわ!まだまだ生きられそう!」
「ママだーい好き!」
リリアは私にハグをした。私も力いっぱいにハグをしてみた。きっと私の力なんてほとんど伝わっていないだろうけど、それでも力いっぱいに抱きしめた。リリアの髪から油の匂いがした。仕事でたくさん汗を流して来たのだろう。一生懸命働いて、素敵な男性が見つかり若くして子供を産む。
まるで私のような人生を真似ているかのようで、余計に余計に余計に嬉しくなった。
「ママのガン、早く良くならないかなぁ、、あ!そうだ!忘れてた!!」
リリアは自分のバッグから何かを取り出した。スーパーの袋のようなものから真空パックされた何かを取り出した。
「じゃーん」
テーブルの上にそれが置かれた。
「なにこれ?」私は問う。
「コオロギのミートボール風でーーす」
コオロギのミートボール風?
「コオロギって、あのコオロギ?」
「そうだよお!だって、ママ病院のご飯が美味しくないって言ってたじゃん?だから私に何かできないかなぁって思ってね」
「うちの会社はね、自然食をメインに製造をしている会社なんだぁ、それでね、ずっと昔SDGs??だっけ?それが世界各国大失敗に終わってね、根本的に変えなきゃってなってさ、牛豚鶏は地球汚染の原因になるってなって、一切食べれなくなったじゃん?完全に世界中の食生活が変わったころ、ウチの会社は昔からずっとコオロギ食を提案してたから、すっごい注目されて、どんどん投資家が集まってきたんだって、それで調子良くなったらしいよ。今なんて、コオロギだけじゃないんだよ、セミとか、カブトムシとか、幼虫とか、大量に加工されるんだから、昔は気持ち悪がられたらしいけど、なんでだろうね?すっごい美味しいのに。ま、やっと時代が追いついたって感じ?」
「そ、そうなんだ」私は相槌をした。
「まあ私もよくわかんないんだけど、コレね!すっごく美味しいの!そのまま食べたら美味しくない物を美味しくする魔法の調味料をたくさん使ってるんだってさ!食べてっ!飛ぶよ!」
「は、はぁ」私は頷くしかなかった。
真空パックの切れ目を綺麗に切り出すリリア。パカっと空いたその口を恐る恐る覗いた。すると、コオロギはどこにも見つからなかった。コオロギというよりも、ミートボールに近い形だった。というより、まんまミートボールだった。
「リリア、コオロギどこにもいないよ」
「ママ!もしかしてそのまんまコオロギの姿があると思ったの?そんなわけないじゃん!確かにそのまんま食べれはするけど!見た目は大事だよ!いかに美味しく見せるかってのがポイント」
コレなら、美味しそうだ。私はなぜかそんなことを思った。そう、ただのミートボールだ。これは企業が世に出している。安全性に特化した地球に優しい現代的なミートボールだ。
え、ところで、どこからどこまでがコオロギなんだ?
全部コオロギ?
一つもお肉は無いの?タレは何からできているの?
コオロギってどうやって調理したの?
これを食べて平気だってなぜわかるの?
疑問が次々と溢れ出た。が、全部飲み込んだ。
「いただきます」私はそう言うしかなかった。
コオロギのミートボール風を病院のフォークで突き刺して、震えながら慎重に口へ運んだ。
「どう!!?美味しいでしょ?!」
リリアは満面の笑みでそう言った。
ミートボールが舌全体に広がる。
このストレートな味は。
私の全細胞が危険信号を出す。
体が正直に答える。
これはマズイものだ、と。
完
『どうせみんなコオロギ食を食べるようになる』
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