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あなたといるとつまらない

吉くんといるとつまんないんだよね。

藍田さんは人を殴っても殴られたのは私の方だみたいな顔をした。

つまんない。

僕に向けて突き刺した言葉は、刺された自覚がないくらい一瞬のことで、上手に痛いと思えなかった。

「そっか」

時間を置いて少し考えて、何もそこまで言わなくても、と僕は思ったが、同時にまあ、そりゃそうだよなと、直ぐに納得をしてしまうのがまた自分らしいなと思った。

そんなにつまんないのか。

つまらない。この言葉を言われて傷つかない人はいるのだろうか。

おそらく、人類史上最も卑劣な言葉は『つまらない』ではないだろうか。

今日一日どんな顔して藍田さんは僕と遊んでくれたのだろう。ゲームセンターに行ってUFOキャッチャーをして大きすぎるぬいぐるみを最初に手に入れて、荷物が増えてしまったことで笑い合ったあの時もつまらないと思っていたのだろうか。その後のカラオケの隣の部屋でカップルが喧嘩してて、結局一曲も歌わずに内容を盗み聞きした時もつまらなかったのかな。ラーメン屋で大泉洋そっくりのお客さんがいた時もつまらなかったのかな。楽しいと思っていたのは自分だけで、藍田さんはこの1日を退屈としか思っていなかったのかな。

ああ、ごめんなさい。

「ごめん、帰るね」
僕が謝るより先にあちらから謝罪が飛んできた。

「うん、ごめん」こういうしかできないのも自分らしい。

「じゃあ」

「じゃあ」

バタンとドアが閉まる。家賃6万円1LDKのドアが閉まる。一旦そこに立ち止まる。

吉くんといるとつまんないだよね。

ドアロックがついているが、これをロックしたことは今まで一度もなかったな。

吉くんといるとつまんないだよね。

玄関の側にはいつ買ったか思い出せない小さい動物の置物がある。

吉くんといるとつまんないんだよね。

あまりにも静かな部屋で、自分の部屋じゃない気もしてきた。

吉くんといると。

吉くんといると。

吉くん以外の人は面白くて、吉くんといる時はつまらない?

藍田さんはよく、他の男の話をする人だった。
大学の軽運動サークルに所属していて、2個上の先輩大樹って人がこの間カナダに行って合法大麻を貰って吸ってた話をしてきた。大樹はその話をサークルの飲み会で大勢に自慢気に話していたらしく、藍田さんは『ホント男って馬鹿ばっかりだよね』と話してくれた。あなたもその馬鹿の一員になれと言ってそうだった。その時の顔は私もカナダに行ってみたいという顔をしていた。
海外へ行って、日本では受けられない刺激的な日常を体験したいという顔だった。
そんな藍田さんのインスタには刺激的な日常ばかりが並んでいた。富士山に登っていたり、海でダイビングをしていたり、ボルダリングをしていたり。この人は一流モデルのようなインスタで画面を輝かしていた。

吉くんといるとつまらない。

そりゃそうだろ。

富士山を登る人がゲームセンターに行くかよ。
海でダイビングする人がカラオケ行くかよ。
ボルダリングする人がラーメン食べるかよ。

いや、食べるか。

てか、ゲーセンもカラオケも誰だって行くだろう。

一言だけ言いたかった。

言い返したかった。

お前もつまんねぇよ。って。

別れた後悔はないけど、それが言えないのが唯一の後悔だ。

やっと身体が動く。玄関から縛られていた重い空気が毒煙のように吹き出して、この部屋の隙間に逃げていく。

綺麗な酸素がちゃんと身体に循環していく。

さっきまでの地獄の時間がここには確かにあったのに、今となってはもぬけの殻だ。

さあて、ゲームでもするか。

藍田さんといるとつまらないからゲームでもしよう。

独り言をいって家賃6万1LDKのリビングへ向かう。

あ。

玄関へ戻って、ドアロックを人生で初めてしてみる。


完 

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