見出し画像

東日本大震災から10年

今回のnoteでは、東日本大震災が起きたあの日から10年を迎えようとしている今、当時を振り返る内容を書きたいと思います。

2011年3月11日14時46分
あの日私は福島県楢葉町にあるJヴィレッジにいました。
学校から帰宅し、丁度練習に向かおうと寮を出ようとしていたときに地震は発生しました。
かなりの大きな揺れだったので、私は真っ先に寮のドアを開け、みんなを外に誘導しました。
今までに体感したことのなかった揺れで、感覚的にはアトラクションに乗っているんじゃないかと思ってしまうほどでした。
あまりの揺れの大きさから、下級生の中には泣いている子もいました。
スタッフ、選手、全員の無事が確認されてからは寮で待機したり、避難場所に誘導されたりと行ったり来たりを繰り返していました。
避難すると言われたり、待機すると言われたり、その時は何が正しい情報か分からずただただ指示に従うほかありませんでした。
地震や津波、そして原子力発電所の事故…
私たちの寮は原発から20km圏内に位置しており、避難区域の対象となっていました。
さらに、通っていた富岡高校は原発から10km圏内であったため、地震が起きたあの日から一度も足を踏み入れることなく、10年が経とうとしています。

当時私は、高校2年生から3年生に進級するときで、生徒会長に任命されたばかりでした。
私たちはバラバラになり、そのまま富岡高校生として別のサテライト校に行く人もいれば、完全に転校してしまった人もいました。
高校生活の最後の年に、通っていた学校に行くことはなく卒業式を迎えました。
その時書いた答辞が、震災の日が近づくと、未だに福島のラジオで読まれているという感動の連絡が、福島に居る親戚から毎年のように入ることは非常に嬉しくありがたく思います。
長くはなりますが、10年という節目を迎えるこのタイミングで、noteに書き留めておきたいと思ったので、今回は全文ここに記したいと思います。


ここから先は

2,111字

¥ 500

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

みなさんのサポートのおかげで、 海外でチャレンジし続ける事が出来ます! (⑉•ᴗ•⑉)✻*✽ᴛʜᴀɴᴋ ʏᴏᴜ ✽*✻