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温度応答性ゲルの世界

ゲルで代表的なものはゼラチンのゼリーや寒天などです。
一方で、ゲルインクやシリカゲルなど、世の中には変わったゲルが数多く存在します。
そんな特殊なゲルの中でも、温度応答性ゲルは一際異彩を放つ存在です。

温度変化でゲルの大きさや形、色がゆっくりと変化します。
速いものは数秒で変化し、見る者を驚かせます。
その性質から感熱ゲルとも呼ばれます。

ここで、代表的な温度応答性ゲルをご紹介します。

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写真のように、このゲルは32℃を境に大きさが変わります。
32℃未満では親水性で、水を吸収して大きくなります。
一方、32℃以上では疎水性となり、90%以上の水を排出して小さくなります。

10倍以上の体積変化をすることから、かつては人工筋肉(工業・エンタメ用)への応用研究が盛んに行われました。
どんなものか、僕がやってきた研究の写真を使ってご紹介します。

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黒くなっているのが温度応答性ゲルです(カーボンを入れています)。
ゲルの入った容器に80℃の熱湯を入れると、約10秒でクリップが持ち上がります。32℃以上で変化しますが、温度が高い方が速く収縮するため、80℃の熱湯を使っています。

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これはちょっとした遊びでやったものです。
写真では分かり難いですが、熱湯(80℃)の蒸気の熱でゲルを収縮させています。
ちなみに、どれも3Dプリンターで部品を作製して組み合わせています。

さて、なぜ特定の温度で変化するのでしょうか。
このゲルはN-イソプロピルアクリルアミド(以下NIPAM=ナイパム、ニッパムと読みます)という物質で出来ています。
複雑な名前ですが、こういう名前と構造なんだなと気軽にとらえてください。

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上図のように、NIPAMが数百、数千つながったポリNIPAMという高分子です(ポリは沢山という意味)。
親水性のアミド基と疎水性のイソプロピル基を持ち、この二つの部位が温度応答性をつかさどっています。

32度未満では、アミド基の周囲に水素結合が形成されます。
32度以上になると、分子の熱運動が激しくなり、水素結合は切れてしまいます。
すると、疎水性のイソプロピル基が集まってきます。
結果的に高分子鎖は密に集合し、下の図のように、水は搾り出されるように高分子鎖の網目から出て行きます。

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温度が32℃未満になると、アミド基の周囲に水分子が集まり始め、水を吸収したゲルは元の大きさに戻ります。
ただ、一度外に出た水が収縮したゲルの中に戻るのには時間がかかります。収縮の十倍以上の時間を要します。

このように、親水性のアミド基と疎水性のイソプロピル基とのバランスで温度応答性は成り立っています。
実際には複雑なメカニズムで変化していて、今も多くの研究者がテーマに掲げて取り組んでいます。

温度応答性ゲルの種類は少なく、殆どの研究がご紹介したNIPAMゲルを使用しています。
特に、32℃という低温で大きく変化するゲルは他にありません(他は40℃以上)。

温度応答性ゲルの応用についてはどうでしょうか?
人工筋肉の研究は20年以上前に大流行しましたが、その頃に比べると、研究の数は激減しました(2018年現在)。
理由は、ゲルの弱さと応答速度の遅さです。弱くて遅いことがネックとなり、多くの研究者が撤退しました。

最近の研究で多いのはDDS(ドラッグデリバリーシステム;薬物送達システム)への応用です。
薬を飲んでも、患部に到達するのは飲んだ量の100分の1未満で、途中で分解されてしまう成分もあります。
さらに、患部とは関係ない所で副作用を起こすこともあります。
そこで研究されているのがDDSなんです。カプセルなどに入れた薬を患部まで運び、ピンポイントで放出させる技術。
NIPAMゲルは32℃という体温に近い温度で変化する為、DDS向けに盛んに研究されています。
ゲルに薬を含んだ水を含ませておけば、32℃を越える体内で収縮し、薬を放出します。
しかし、32℃では口の中で収縮を始めてしまうため、変化する温度を35℃や36℃に変えて検討されています。

もう1つは、小さくしたNIPAMゲルの応用です。
ゲルを砂粒のように小さくすれば、応答速度は速くなるんです。
代表的な研究例は、マイクロバルブです。
僕の研究例をご紹介します。

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赤い液体は着色した水です。
分かり難いですが、中央の狭い部分に小さくカットしたNIPAMゲルを入れています。
カーボンヒーターを使って温めると、ゲルが収縮して隙間が生じ、水が下に流れていきます。
逆に、温度が下がってゲルが元の大きさに戻ると、隙間が塞がれるので水は通れなくなります。

マイクロバルブは肉眼でかろうじて分かるくらいのサイズのため、
実は写真の例は大きすぎます。笑
マイクロバルブは、ごく少量で化学反応を行う手法などに利用されます。

以下のようなマイクロTASという微小な分析技術に向けて研究されています。短時間、低コストで様々な分析が出来るようになる素晴らしい技術です。しかし、マイクロバルブについては競合する手法がいくつもあるため、ゲルの採用は厳しいかもしれません。

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一般財団法人マイクロマシンセンター様のHPから引用(http://www.mmc.or.jp/info/cafe/talk/ibeans/beans34.html)

色々とご紹介しましたが、温度応答性ゲルの実用化例はまだありません(2018年7月時点)。
とても面白いゲルですが、実用化の難易度は高いです。
個人的には大きな可能性を感じていて、10年以上温度応答性ゲルをメインテーマの1つに掲げています。
温度応答性ゲルから離れていた時期もありましたが、
昨年末から材料を変え、新しい温度応答性ゲルに挑戦しています。

温度で変化するゲル。
長く研究しているのは、その面白さと魅力故です。



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