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チョコレートと油脂の化学

チョコレートには様々な種類があり、カカオ含有量も製品によって異なります。
では、チョコレートとは何かといえば、固体油脂と言えます。
ココアバターという油脂が低温で結晶化したもの」なんですね。

チョコレートは、ココアバターに砂糖やカカオマス、粉乳などを混ぜて固めています(カカオマスはカカオ豆の胚乳を発酵、乾燥、焙煎、磨砕したもの ... Wikipediaより)。
そもそも、カカオマスには約55%のココアバターが含まれています。

口に入れるだけでとろけ、味と香りを広げるチョコレート。化学的に見るとどういうことなんでしょうか?

ココアバターと油脂

まずはココアバターについてです。
ココアバターのような油脂は、トリアシルグリセロールという物質です。
グリセリン1分子に脂肪酸が3分子結合したものです。

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トリアシルグリセロールのR1~R3は、右側に示したパルミチン酸やオレイン酸のような脂肪酸です。

油脂(トリアシルグリセロール)は、結合している脂肪酸の種類によって異なります。
大豆油や菜種油などの天然油脂は、一種類ではなく、複数の油脂が混合したものなんです。含まれる油脂の種類や組成によって、天然油脂の性質は決まります。
そして、油脂はタンパク質などと同様、食べ物の主要な成分の一つでもあります。

では、ココアバターはどんな油脂で構成されているのでしょうか?
油脂の名前は、グリセリンに結合した脂肪酸の頭文字を並べて表記されることが多く、例えば
パルミチン酸-オレイン酸-ステアリン酸の油脂は、それぞれの頭文字のアルファベットを取り、POSと呼ばれます。
ココアバターはこのPOSと、オレイン酸とステアリン酸2分子で構成されるSOS、オレイン酸とパルミチン酸2分子で構成されるPOPで80%以上を占めます。
オレイン酸は二重結合を持つ不飽和脂肪酸、ステアリン酸とパルミチン酸は二重結合や三重結合を持たない飽和脂肪酸です。
このように、ココアバターは「飽和脂肪酸 - 不飽和脂肪酸 - 飽和脂肪酸」型の油脂が主要成分となっているため、他の天然油脂とは異なる特徴を持っています。

チョコレートが固まるのは、ココアバターという油脂が結晶化するためです。
口の中でチョコレートが溶けるのは、ココアバターの結晶が融解しているためで、融解と同時に砂糖やカカオマス、香料も口の中に広がります。
また、時間経過でチョコレートの表面が白くなるブルーム現象も、ココアバターの結晶形態によるものです。
チョコレートの見た目の美しさと美味しさは、油脂の結晶次第と言っても過言ではありません。

ココアバターの結晶

食品に使われる代表的な油脂、オリーブ油とバターは、室温(20℃付近)ではほとんどが液体です。バターは室温で固体に見えますが、結晶化しているのは20%程度で、残りは液体なんです。40℃にもなれば完全に液体となります。

ところが、ココアバターは25℃までは80%以上が結晶化(固体)したままです。30℃を超えると結晶が融解し、固体の割合は大きく減少します。
33℃では完全に液化します。
手で持ったときや、口の中に入れるとチョコレートが溶けるのも納得ですね。
20℃付近では固く、パキッと割ることが出来ますが、口の中に入れると急に柔らかくなって溶け、油脂の結晶に包まれていた香り成分や苦みなどが溢れるわけです。

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ココアバターにはⅠ型~Ⅵ型の6種類の結晶多形が存在します。
結晶多形とは、同じ化学式でありながら、結晶構造の異なる物質のことです。
結晶構造が違えば、硬さや溶ける温度などの物性が異なります。
市販のチョコレートに含まれているココアバターの結晶はⅤ型です。
Ⅴ型の結晶は融点が33℃と、ちょうど口の中で溶ける温度です。
他の結晶構造だと、融点が低すぎて室温で溶けてしまったり、逆に高すぎて口の中で溶け難かったりします
Ⅵ型は、前述した表面の白くなるブルーム現象の原因です(これは見た目だけの問題なので、食べても問題ありません)。

結晶の大きさも重要で、20μm(マイクロメートル:マイクロはミリの1000分の1)以下のⅤ型結晶を作ることが重要です。
Ⅵ型の結晶は20μmよりも大きなため、光の乱反射を起こします。白く見えるのはそのためです。

このⅤ型結晶を上手く作る方法は、100年以上前から確立されています。
その方法を「テンパリング」と呼びます。
テンパリングによって、私たちは美味しくて見た目の綺麗なチョコレートを食べることが出来るんです。

テンパリング

テンパリングの方法を簡単に説明します。

①溶けたチョコレートをⅥ型結晶の融点(27℃)以下に下げ、10分程度置いてⅥ型結晶を作ります(温度は25~26℃)

②温度をⅥ型の融点以上、Ⅴ型の融点(33℃)以下にする。具体的には、29~31℃にします。ここで、Ⅵ型の結晶を融解させた上でⅤ型の結晶を作ります。

③ 20℃程度まで温度を下げて長時間静置します。このとき、②で作ったⅤ型の結晶が種結晶となり、種結晶を核として、チョコレート全体がⅤ型の結晶になります。

こんな細かい条件を100年以上前に確立させたなんて、驚きですね。

テンパリング以外に、種結晶を溶けているココアバターに加えて冷やす方法があります。種結晶には、市販のチョコレートを削ったものなどが使われます。こちらの方が簡単です。
種結晶の添加で目的の結晶を成長させる方法は、科学ではよく使われる方法ですね。

まだ確立されていませんが、超音波や磁場などを使い、外部からエネルギーを与えることで結晶化させる方法が研究されています
そして注目すべきは、せん断応力(シェアストレス)です。溶けたチョコレートを混ぜるとき、その力によって結晶化を促します。最適な力や速度で混ぜると、なんと温度調節なしにⅤ型結晶を生成することが出来ます
また、ココアバターに加える砂糖やカカオマスも結晶化に影響を与えます。この辺りの部分も、研究が行われているようです。

タイトルでは「チョコレートと油脂の化学」としましたが、内容は物理化学ですね(^^;)

こうしてみると、チョコレートはとても奥が深い食べ物ですね。
チョコレートを溶かして固めたことは何度かありますが、さすがに結晶多形まで考慮したことはないです。テンパリングは難しそうなので、試すときは種結晶法をやってみようと思います。

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