白梅

だいぶ季節外れですが、思い出したので書きます。


中学3年生だったあの日。
「一日」というものに重いも軽いもないとは思いますが、その日は私にとってまさに人生を左右する一大イベントでした。

高校の入学試験です。


私にはどうしても進学したい学校がありました。今となっては、なぜそこまでその学校に執着していたのか、理由もきっかけもわかりません。いえ、当時の私にもそれはわからなかったと思います。でも、なぜだかとても憧れていたのです。

私の住む町からは遠かったし、同級生でその高校を目指す人はほとんどいませんでした。学力、という点で言えば同じレベルの高校が近所にあったからです。でも私はその高校にどうしても行きたかった。

ただ、クラスでひとりだけ、同じ高校を目指していたのが熊谷さんでした。どちらかが風邪で学校を休むと、その日の授業のノートと一緒に「がんばって同じ高校に行こうね」なんてメッセージを家まで届けたりして、志望校が同じということで私たちは仲良くなりました。


夏には一緒に高校のオープンキャンパスにも行きました。お手洗いに入ったとき、偶然にも在校生に出会いました。憧れのセーラー服を着ているその先輩は凛として美しく、私にはまるでスクリーンで見る大女優に偶然出会ってしまったような、そんな心境だったと思います。


「こんにちは」


その女性は優しい笑顔で私に声をかけてくれました。その人の目には、自分の高校を目指す小さな中学生の女の子はとても初々しく映ったに違いありません。途端に背筋がピンっと伸びて、緊張と嬉しさと興奮に包まれたのを今でもよく覚えています。憧れの高校に初めて足を踏み入れたその日のできごとは、プールや夏祭り、ほかの夏のイベントの記憶がないくらい、色濃く私の想い出に刻まれています。


勉強中眠くなると、オープンキャンパスのときにもらった高校のパンフレットを開いては、そこに映るセーラー服姿の先輩たちに自分の一年後を重ね、眠るまいと自分を奮い立たせたものです。


そうして迎えた入学試験。
校門をくぐると、ちょうど正面に真っ白く可愛らしい花が咲いていました。白梅の花です。愛らしくコロンとした形ながら、凛としていてどこか力強く感じるのは、まだ寒々しいこの季節に花を咲かせるからでしょうか。夏のオープンキャンパスで出会ったあの先輩の雰囲気ともどこか重なります。白梅はこの高校のシンボルで校章にもなっています。


極度のプレッシャーの中試験を無事に終え、私は帰りにもう一度その白梅を見にいきました。


地面にひらりと白い花びらが落ちています。

「私この花びら持って帰る。」
この学校の象徴である白梅だから、なんだかお守りになる気がして、私は花びらを1枚拾いました。

「だめよ、これ散った花だよ。落ちてたんだよ?逆に縁起悪いよ」


熊谷さんに言われ、たしかにそうだと2人で笑い、でも拾った花びらをポイッと捨てるのは何だか気が引けて、そっと土に戻して、祈るように白梅の木を見上げたのを思い出します。

合格発表の日。


私は校門の前で足がすくんで中に入ることができませんでした。一緒に来ていた母にあとから聞いたら、合格発表の掲示板を記念写真におさめたかったけど、もしダメだったらと思うとカメラを持ってこられなかったと。それほど私は合格発表まで極度に緊張していたのです。


私の前を、悲喜こもごも、色んな人たち通り過ぎていきます。


時間だけが過ぎていき、さすがにこのままじっとしていても埒が明かないと、意を決して校門をくぐりました。母は私が動き出すまで、何も言わず一緒に待っていてくれました。

入学試験のときにきれいに咲いていた白梅の花は、もうすっかり散っていました。

受験票を握りしめ、私は合格者の番号だけが表示された掲示板に目を凝らしました。受験票に書かれた番号と照らし合わせるだけの単純なことが、とても怖く、難しく、心臓がトクトクと早く打ちます。

そしてついに自分の番号を見つけたのです。

新聞やニュースでこの時期よく見るように、合格していたら、私も飛び跳ねて喜ぶのかなと想像していましたが、意外にも私は静かだった気がします。きっと自信がなかったから、喜びよりも安堵、ホッとして力が抜けてしまったのかもしれません。


すぐに冷静になり、私は周囲を見渡し熊谷さんを探しましたがその日は一緒に来ていなかったので見つけられませんでした。


「ダメだったのよ、熊谷さん」

合格の報告に来た私に、担任の山本先生がそう言いました。
なんとも言えない気持ちになりました。


私は晴れて、4月から憧れの高校に通い始めました。


熊谷さんとはその後も文通をしながらお互いの近況を報告し合ったりもしていたけれど、少しずつ疎遠になってしまっていつからか連絡をとらなくなりました。


高校3年間は私にとってかえがえのないキラキラとした時間でした。


憧れの制服も自転車に貼る高校のステッカーもすべてが嬉しかったし、2月になると満開になる白梅を眺めながら、憧れだった高校を我が母校と呼べることを誇らしく思いました。


それでも、今も白梅を見て思い出すのは、なぜか高校時代ではなく熊谷さんとじゃれ合った、あの入学試験の白梅の木でのできごとなのです。

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