嘘日記

こんにちは。日記をつけたくなったので気ままに書いていきます。


嘘日記とは、日記のどこかが嘘でかかれた日記です。文章におこすのが面倒になってしまって時間の前後関係を入れ替えたり、個人情報保護の観点から事実とは異なっていたりするのですが、それとは別に嘘が書いてあります。

私小説のようなつもりで読んでくださったら幸いです。


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珍しく朝早くに目が覚めた。最近、昼夜逆転の生活をしていたけれど、1周まわってしまった。夜ご飯を食べて布団に寝転がるとそのまま意識が遠のいていったのだったと思い出す。

身体のダルさはなくすっきりとした目覚めだった。

しかし目を開けて周りを見渡すと、視界にもやがかかっているようで、部屋にあるものが二重にも三重にも見える。コンタクトをつけたままだったのだ。

全てが面倒くさいなと思いながら布団から立ち上がり、洗面所に行き、コンタクトを取りながら風呂に入っていなかったことを思い出す。シャワーを軽く浴びて、頭の中も身体もさっぱりした。

午前5時半である。

ピアノの前に座り、耳コピの続きを始める。最近やっている曲は今までの中でも最高難度の曲であり、速弾きのフレーズを真似するのに苦労している。

Audipoというアプリを使って曲を何十回、何百回、もうそろそろ何千回
到達するぐらい繰り返し聞いているが、未だに完成したとは言えない。

0.25倍と最もゆっくりなスピードで聞いてそれを譜面に起こす作業、そしてそれを自分の指に慣らしていく作業、これらは決して楽しいだなんて言える作業ではないけれど、弾けるようになるためには避けられない作業であり、自発的にやることができる。最終目標は元の速さで弾けるようになることだ。

いつの間にか午前8時だ。家族が起きてきて、「うるさい」「アラームとしては心地よい」など思い思いの嫌味やら感想やらを告げて朝ごはんを食べ始める。

一度、やり始めるとなかなか作業を止めることができずにご飯を食べ忘れてしまうので、家族が食べ始めたタイミングで一緒に食べようと思った。

食べ終わるやいなや、弟が困ったような声で独り言を呟いている。「間に合わない」と言っている気がする。どうやら今日がライブのようで楽器や機材などを用意しながら呑気に身支度をしている。

さっき耳コピした曲のワンフレーズを弾きながら、間に合わせる気は元からないのだろうと彼が慌ただしく動いているふりをしている様子を眺めていた。

しかし、朝から2時間以上同じフレーズを聞いて飽きてきてしまったので、気分転換に弟を車で送ってもいいなと思い始めた。

「車で送っていくよ」

そう言っている自分の声は、ここぞとばかりに恩着せがましいいやらしさがあった。そして利己的だなとほんの少し嫌悪感が湧いた気がしたが、久しぶりのドライブですぐにどこかに吹っ飛んでいった。

家に帰ってきて、いつの間にか家族はみんなどこかにいったらしく、ようやく一人になったなと嬉しくなった。

普段なら、部屋を過ごしやすい温度に、服装をラフなジャージと肌触りの良いシャツにでもして、エッチな音声作品を肴に盛大にオナニーパーティーでも始めるのだが、そんなことが一瞬もよぎることなくピアノの前に座る。

あと5時間。

バンド練習がもうすぐ始まるのだ。しかもまだ耳コピは終わっていない。普段もしこのような状況に陥ったとしたなら、とんでもない自己嫌悪と何かしらの逃避行動をしているのだが、今はとにかく少しでも前に進めなければならないのだ。

バンドメンバーは同い年の友達と、社会人2人である。

東京の有名な会社に勤めている激務の先輩がわざわざ時間を空けてバンド練のためだけにこっちに帰ってくるのである。

バンド結成は、その先輩と居酒屋で遭遇したことである。

久しぶりに会った先輩は、さらにカッコよくなっており洗練されていて、そしてとても話しやすい気さくな人だ。

月の残業時間が300時間を超えているのに残業手当が10分の1にも満たないなどとブラックな職場の愚痴を聞きながら、将来の方向性を聞いていた。

「疲れてしまってもうまともには働かないよ」

疲れを感じさせない笑顔でそう言うので、なにが本当かは分からないがとても不気味に感じた。

「久しぶりに音楽やりたいな。」

話題が自然に音楽の話になり、実はずっとやりたかった曲がありまして……そう言って僕が打ち明けて組んだのだ。


こうして自発的に組んだコピーバンドは実は初めてかもしれない。だから少しでも完成度を上げて練習に臨みたいと自然に思えたのだ。

こんな感情をそのままバンドマンに吐露したなら舐めていると思われるだろう。しかし、今まで僕は他人に誘われるままにバンドを組んでいたのだ。

そんなに興味はなくても、やり始めたら興味が湧くかもしれないし、もっと言えば、断る理由をあれこれ考えるより最低限練習をして仕上げて出る方が楽だったのだ。

少しだけ鍵盤を弾けて、アドリブ力がちょっとだけあって、悪口を言わないし自己主張が激しくないのでバンドに誘いやすいのだろう。

全体でそんなに高度なレベルを求めないようなバンドを色々と引き受けてしまっていた。毎回ほぼ上達しない周りに一瞬苛立ちを覚えるが、自分が意見を言うことで周りの雰囲気を悪くするよりも、些細なアンサンブルについて色々気を遣って意見を言うのが面倒に感じて穏やかに怒りを鎮めた方が楽なのだ。

しかし実は気づいていた。

楽しくないと。

スケジュールだけ埋まっていき、その忙しさに蹴倒されていた。そしてそんな舐めた態度で練習に参加するから自分の技術が上手くなることもなく、そこに少しの苛立ちを覚えることもあった。

それ以上に感情を占めていたのはいつの間にか音楽を心から楽しめていない虚しさであった。

「久しぶりに音楽をやりたい」

わずかながら残っていた自我が訴えているような気がした。


バンドメンバーは僕が弾けなくても「いいよ」と言ってくれる。

その言葉を『優しい』とだけ感じることはできなかった。

確かに曲はとてつもなく難しい。だからその難しさと忙しさに同情してくれているかもしれない。一方で、あの頃僕が半ば馬鹿にして半ば諦めていたような感情を向けているのかもしれない。あるいは、各々のパートも難しいので、早めにやらないという選択を取れば、日々の忙しさの隙間のわずかな時間をこの難曲に割かなくていいというフラットな目線であるかもしれない。

ともかく弾けないことを許してもらっているが、僕はこの曲を弾きたかったのだ。

だからどうしようもないワガママで周りを振り回してしまうけれど、この曲をやらないという選択はなかった。


そんなことを考えて4時間強、クラクラするような白黒の鍵盤とチカチカするようなiPad上に書き起こした譜面を交互に睨みながら早弾きのパッセージを練習した。


そしてバンド練習の時間になった。スタジオに入るとタバコ臭くて埃っぽいいつものにおいがした。

そして既にあの先輩はロビーで待っていた。にこやかに挨拶を交わして時間になったので部屋に向かおうとした。

廊下でスタジオのおじさんにいつもの調子で声をかけられながら、奥の方へと進んでいく。

「俺、あれから全く練習をしていないんだよね」

先輩はわざわざ東京から来てくださっているし、激務だから一緒にやれるだけで良いのだ。なぜかそう自分を納得させている別の声が頭の中に入ってきた気がした。

セッティングをすまして、さっき練習してきた部分のフレーズを軽く弾いて
確認する。

準備万端なのだが、もう一人の先輩は一向に現れる気配がない。

朝から7時間は練習して気合いを入れてきたのに肩透かしを食らってしまい、ちょっとテンションが下がった。


バンドという人間関係はとても面白いものだと思う。もしこの世に音楽がなかったのなら、あるいはもし僕が音楽をやっていなかったのなら、絶対に関わることがなかったであろう。

仮に出会ったとしてもここまで深く関わることにはならなかったであろう人と繋がることができるのだ。

とても素晴らしい。

そしてとても残酷なことを言うと、バンドをやるためだったらあるいは何かを成し遂げるための人間関係なら、多少我慢することが必要であるのだ。

それは選曲かもしれないし、バンドメンバーの言動かもしれないし、メンバーの生活状況かもしれない。

仮にプロなら許されないだろうし、お金をもらうイベントなら許されないだろうし、そしてわざわざライブのために時間を空けてきてくれるお客さんがいるなら、お客さんを裏切ることになってしまうだろう。

しかし、趣味でライブをやっている場合、もちろんお客さんはいるのだけれど、お客さんへの裏切りが常態化している場合、より正確に言えばチケット代もなければ出演者がお客さんも兼ねているような場合で、自己満足の演奏も許容される空間の場合、趣味に対して他人にずけずけと口出しをすることで人間関係が損なわれるなら言わない方がいい。

緩くやっているのを正当化するような言葉が次々と浮かんでくる。

例えば、年収2000万稼いでいる社会人に対して、「本気でバンドやりたいので会社辞めて、ついてきてください。」と心の底から言えるぐらい音楽に向き合っているかと言われたらNoなのだ。


本当は音楽をやりたい。


そんなことを考えながら遅刻してきたもう一人の先輩が悪びれもなく入ってきた。

僕はまだそのフレーズを完璧に弾くことはできなかったから、そんな様子を見て嫌になった気持ちは、演奏することで大体は流れ落ちていった。


少しこべりついたままのカビのような感情の生き残りが文章として残ってしまっているけれど……


ともかく3時間のバンド練を終えて、今までで一番まとまった演奏ができて、問題としてきた難曲も一応、形にはなりそうだということで少し安心した。


帰り際に

「次の練習を決めたいのですが……」

そうお伺いを立てると

「今月は仕事が忙しくて、なかなかこっちには帰ってこれないからな」

そう言われて、ちょっと残念な気持ちになった。


社会人で趣味でバンドをするというのは大変なことだと思う。僕がもし仕事をやっているとして休みの日を手に入れたとしたら、きっとただ寝ていたいだろうなと思う。そう考えると、バンドをやると選択をして新幹線で毎週のように帰ってきて、また帰っていくそんな生活ができるのはただただすごいなと実感するばかりだ。


結局、ライブ当日の朝に最終調整で練習をしようということになった。

僕の練習不足で、熱量が伝わりきらなかったのかもしれないし、僕のこのバンドに対する真の熱量と、先輩が必要だと感じたバンド練習の時間が釣り合ったといえるかもしれない。

ただどことなくはがゆさを感じた。


もういつの間にか夜になってて涼しくなったかと一瞬は感じたが、お節介にも8月がこちらを覗き込むようなじめじめとした蒸し暑さがあった。


引きこもりに特有の感情なのかもしれないが、普段は家にいる分、外出したときにはそのまま家に帰るのはなにかもったいない気がするのだ。

そういえば今日は弟がライブをしているのだと思い出し、せっかくだし観に行くかと思い立った。


栄に着くと、AVのパッケージで3m先から見たなら一度は手に取るであろう絶妙な金髪ギャルがいた。あるいはホストの下っ端のような絶妙にフォーマルで絶妙に汚い服を着こなした男たちもいた。

そんな人たちを横目に、ラブホとホストが立ち並ぶ道路をいそいそと歩いて道路脇にある小さなスナックへと入った。


壊れたチケット販売機がある。もう何年も変えていないであろう貼り紙が馴染むかのような木製の茶色の壁とそれに映えるいくつものボトルと雑貨に目が移る。

そして、ちょっと寂しさを感じるアコースティックギターの音と女性の歌声が舞台から聞こえてくる。

近くにいた、マスターっぽい風貌のおじさんに声をかけると、今は曲やってるからと冷たくあしらわれた。


狭いコミュニティーで新参者には冷たいのかと早くも入ったことを後悔したが、普段聞き馴染みのない曲や人たちを目の前にしてただ帰るのももったいないので聞いてみることにした。


後からそのおじさんに聞いたところ、そのおじさんはただの客で、今ギターを弾いているのがマスターだと言われた。


勘違いだったことに気づいてさっきまで冷たいなどと色々考えていたことが思い出されて恥ずかしくなった。


マスターらのユニットはどうやら昭和歌謡を専門で歌うということで、変わり映えのしないコードとゆっくりのテンポで開始早々心地よくて寝てしまいそうになった。


刺激的ではないし、自分からこの音楽をやったり聞いたりすることは今後もないだろうが、だからと言って不快ではない。


このおじさんとおばさんのやってる音楽を評価してやるぞという上から目線で客観的に分析を始めた頭の中の動きに気づき、アグレッシブな感情を持ちたいわけではないと頭の中を空っぽにしようとした。


曲名は相変わらず分からなかったが、よく聞いてみると女の人の声は一度も音を外さないし、表現がとても豊かだなと感動していた。客観と主観が入り混じった頭の中を整理するのも放棄してちょっと楽しくなった。


次のユニットは、沖縄民謡を中心でやるようだった。先ほどのユニットと同様、曲名も知らなかった上に、歌詞もよくわからなかったが、お姉さんの歌声、ビブラート、細かな息遣い、そしてこちらを見つめてくるような表情、曲間での茶目っ気たっぷりな会話いつの間にかとても惹かれていた。


MCの中で、音楽をより上手くなるにはどうしたら良いかに対して、『恋すること、別の言い方をすれば人を好きになること』といきなり何か核心につくことをサラッとした口調で語っていたのが印象的だった。

僕はその言葉をまだ確信して飲み込めていない。だが、自分なりに解釈をしようとすれば、それは人を受け入れること、もう少し正確に言うと、人を受け入れよう、人の良いところを見つけようとしながら生きることなのではないか。

たいそうな正義感を掲げることはごもっともだが、その主張を通そうとするために生きづらくなったり苦しくなってしまうのならば、それを主軸とする生き方でなくて良いのではないか。

その生き方をしようとしている人を否定するわけでもなく、その生き方をできなかった自分を否定するわけでもなく、全く別の次元、ベクトルから生きていけるのかもしれない。

人を好きになるにはどうすれば良いのかよくわからないし、『人を好きになる』ことの必要十分条件はよくわからないが、『人の良いところを見つけようとしながら生きたい』と直感的に感じさせる人柄と音楽だった。


次はバンド体制で、大柄なうるさそうな男の金髪ドラマーと爽やかなハットを身につけた男性ギター、力強そうな女性のベース、それにフランスで優雅に過ごしていそうな女性ボーカルであった。


そして1曲目から度肝を抜かれたのであった。

いかにもうるさそうでライブハウスから嫌われるような叩き方をしそうなドラマーがとても爽やかにスウィングをはじめたのだ。

力強いベースラインに、一見不作法かと思いきやめちゃくちゃ繊細なドラマー、そしてメロディアスなギターリード、その上を優雅に羽ばたくような女性ボーカル、ジャズのスタンダードナンバーを次々と演奏していく。

曲調は今日これまで聞いた中で一番好きだった。Just the two of usやMy favorite thingsなど次々と聞いたことのある曲が、今まで聞いたことのないアレンジで演奏されていく。



なんなんだ、このバンドは!



とても興奮していた。


そして次のユニットは、おじいさんドラマーと女性サックス奏者。異質な組み合わせでどんな演奏になるのか準備の段階から注目して見ていた。


どうやらおじいさんドラマーはジャズっぽい演奏をしそうなスティックの持ち方をしている。対してサックスの女性はどこかで教室を持っていそうな容貌と雰囲気。


繰り出されたのはルパン三世のテーマ、そして情熱大陸。

音源に合わせて弾くのだが、決してずれない。同期を使うバンドは今までにいくつか見てきたけれど、そのセットから期待されるものを超える演奏に今まで出会ったことがなかった。

しかし、それをピョンと軽く超えてくる。ドラムはとても愉快に、そしてサックスは洗練された容貌からは感じさせないとてもエネルギーの込められたパッセージが繰り出される。

ブレスなしでここまで弾けるのかという驚きと、その技巧が目立たないぐらいインパクトの強いエネルギー。

ただ単に大きい音というのは、人間は不快に感じるのだが、それを感じることのない、でもとてつもなく大きい塊が目の前にある気がした。

それを目にすることはできないが、確かに存在する気がした。


曲間も特徴的だった。

まるで催眠術でいう予備催眠のような誘導がかった喋り口調、それでいて催眠を感じさせるいやらしさがなく、お客さんを巧みに巻き込んでいく。とてつもなく計算されていて、それでいて作られた気がしない。長年の経験から形作られるものなのだろう。


そして弟のバンド。

前までのバンドがどれも仕上がっていて、どうやら初めてライブに出る弟のバンドは正直言って物足りなかった。

そして弟はとてもドラムがうまいのだが、今回は下手ではないけれど、いつものように際立つことはなかった。

しかし、弟が声をあげて自分の名前を叫んだり、ドラムコーラスをしていたりする様子を見てとても嬉しくなった。


そして最後のバンドになった。社会人ガールズ6人バンドととても賑やかなバンドであった。

そしてここまで書いてこなかったのだが、実は最後のバンドには母親も出ていたのだ。

技術的な面を言ってしまうと、最後のバンドが一番劣っていた。

ギターの音作りがボーカルに被っていたり、ベースの手入れが雑だったり、エレクトリカルな音作りがバンド全体に合っていなかったり、ドラムがもたついていたり、いまいちだなと思うことは多々あった。

しかし、良かったところに目を向けるとするならば、確実に上達してきていたり、おじさんファンが盛り上げていたり、そして何よりここまでで実感してきたのは、社会人が隙間を縫ってバンドを結成していること自体がとてもすごいことなのだと思う。


全ての演奏が終わって、お喋りタイムになった。

沖縄民謡の魅力的なお姉さんから、逆ナン(?)をされた。

「イケメンだね。〇〇(昭和の俳優?)に似ているわね。なにかモデルでもやってるの?」

「今、彼女はいるの?」

僕はチョロいので、すぐに嬉しくなってしまった。そして衝撃的な事実をこの後知ることになる。


「私、3人子供がいて、ちょうど一番上の子があなたと同い年だね」

そんなふうに見えないぐらい若々しいが、確かにこの喋り方やお世辞、手の平で転がされていたのだった、逆ナンなんかではなく社交辞令だったのかとと気づいてショックを受けた。

お姉さんへの淡い恋心を捨てることができずに、ああ20年前のこの人と会いたかったと引きずっていた。


そして、おじいさんドラマーとも話したのだが、その人の手を偶然目にしたのだが、左手の指が数本なかったのだった。

しかも一年前に仕事の事故でなくしたのだとか、それから持ち方を変えて、実はほとんど右手だけで演奏していることを教えてくれた。


母のバンドを目当てにきていた社長らしき人とも話した。今度、企画しているライブに出演しないかというお誘いをもらった。弟のことを可愛がっているらしく、どうやら色んなドラムセットを弟にあげているらしい。

弟の演奏を聞いて出演依頼をしたのと同時に、どうやら僕も認められたらしかった。


最後にマスターとも話した。

「普段聞くことのないジャンルを色々と聞けて、パフォーマンスやその思い、境遇などを見て聞いて、たくさんのことを感じて学べて楽しくてよかったです。」

そう素直に伝えた。

最も印象的だったのは僕が一番ピアノをやっていた中学生の時によく言っていたことをマスターの口からも聞けたことだった。


「音楽は『音』を『楽しむ』と書いて『音楽』である」


その意味を再び考えさせられることとなったそんな1日だった。

やはり楽しく音楽をやっていきたいと改めて気持ちを強くした。


店を出ると近くのコンカフェから発せられる、酔い潰れたコンカフェ嬢の発狂したような叫び声が響き渡っていた。


午前0時だった。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

嘘日記の嘘の部分がどうしても知りたい方や、密かに応援してくださる方がいたらこの先を見てください。

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