現代に起こす写生の説 永山凌平

はじめに

 先日、某歌会の懇親会の場で、とある方から「文明や茂吉のリアリズムを面白いと思うか」と聞かれて一瞬答えに詰まってしまった。理由は2つあった。1つ目は文明や茂吉の歌をリアリズムとして面白いと思っているかどうかだ。筆者は彼らの作品を面白いと思っても、それを「リアリズムだから」と思ったことがないような気がしたのだ。2つ目は、1つ目とも関係するが、そもそも「リアリズム」が何を指しているのか不明確に感じたからだった。

 リアリズムについては以前「リアリズムについて考えたこと」という記事を書いた。その中で筆者は3つのリアリズムを提示した。大まかに述べると(1)現実ありのままを志向するリアリズム、(2)現実らしさを志向するリアリズム、(3)事実を志向するリアリズムである。先の質問で第一に思ったのは(1)や(3)の用法である。正岡子規を始めアララギが重要視した「写生」という語が、現実を描き表すことを言うのだと誤解されがちであるからだ。事実、斎藤茂吉は『短歌初学問』の中で「写生といふ文字はただのスケツチぐらゐの意味に取られがちなために、末流の歌にそのスケツチ的なものが見当るやうになり、写生といふことに反対しようとする人々からの批難の材料にせられた」と述べている。では、アララギの「写生」とはいかなるものなのか。いま手元に岩波文庫の『斎藤茂吉歌論集』があるので、これを中心に考えてみたい。

「写生」とは

 茂吉は「短歌に於ける写生の説」において、短歌の写生を説く前にまず東洋画論用語としての「写生」の確認から始めている。茂吉によると、中国の画家黄筌こうせん(不明-965 ※生没年はWikipediaより)の「写生」は早い時期の使用例だが、当時は「描方あるひは画風」を指しており「実物に拠つて画くこと、従つて迫真といふこと、それから生気の気、たましひを伝へるぐらゐの意味で用ゐた」らしい。その後多少の意味の変遷はあったが「生活、生命、しやう等を皆「せい」の一字に帰せしめた。「写生」とは即ち此の「せい」をあらはす」ことが今日の本質であると説いている。茂吉門下である佐藤佐太郎は「「写生」とは、生を写すこと即ち生命の表現ということである」(「純粋短歌」)と述べたが、読んで字のとおり「生を写すこと」なのである。「生」とはまだ曖昧な説明だが、作者の体験と言い換えると要点が鮮明になってくる。次の文を見てみよう。

 写生を念とする歌人は、おのづから常に、真実、真といふことを心懸けてゐる。この真は、歌人の銘々の体験的なる直証(Evidenz)であるから、千差万別であり得るし、また千変万化であり得る。この流動的な体験真を、『写生的真』と称して、吾等は作歌態度の一つの大切な覚悟たらしめて居る。
/斎藤茂吉「短歌初学問」

 注意が必要なのは「体験的なる直証」の部分である。はたして誰に対しての証明なのか。読者に対してと解釈するのが自然だと思うが、そうなると部分的に読者論である。読者に対して「これは作者が本当に体験したことだ」と説得力を持って思わせることが「体験的なる直証」であるならば、読者にとって大事なのはあくまで「説得力を持って思わせること」の部分であって、事実かどうかは作者側の都合に過ぎない。つまり「写生」とは、なまなまとした体験を作品上に表現しようとする目的論と、そのために作者の実体験を利用するという方法論が一体となっているのである。茂吉は方法論の部分をさらに「実相観入」として独立させて説いたが、実相観入とは現実世界をとことん凝視して感動の本質を捉えようとすることであるから、先に述べた「写生」の説明とも一致する。

 ここまで述べたとおり「写生」とは方法論と目的論が混然一体となっており、目的論の部分を抜き出せば、その語の印象とは異なり事実であることはさほど重要ではない。実際、佐太郎まで下ると「歌の味わいの一つは「虚」と「実」のかねあいにある」(「私の短歌作法」)とまで説かれるようになる。

まとめ

 さて最初の質問に戻るが、私は「リアリズム」という語が好きではない。曖昧な用語であるからだ。文明や茂吉といったアララギに目を向けるにしても、方法論と目的論(作者論と読者論と言い換えてもよい)を切り分けた上で評価を下す必要があるだろう。茂吉の「写生」について私個人の感想を言うなら、方法論としてはさすがに古臭さはありつつも、目的論としては現代と変わらないことにはっとさせられる。作品の評価にまで言及するとまた様々な要素があるのだが、時間・文量ともに足が出てしまうので本稿はここまでとしておく。

2022.5.21 gekoの会 永山 凌平

参考文献
・柴生田稔編『斎藤茂吉歌論集』(岩波文庫)
・佐藤佐太郎『短歌を作るこころ』(角川書店)

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