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秘密結社J、古都へ行く。

 緑茂る田畑がどこまでも続くのどかな風景を、真っ白で細長い車体が切り裂く。最新鋭のリニアモーターカーは最先端の未来都市を出発し、千年以上の歴史を持ついにしえの都へと向かっていた。
「ちょっとあなたたち!目立つんだから騒ぎすぎないでよね!」
 その車内。通路を挟んで横一列に5つある座席を、向かい合わせて二列も占領するひときわ目立つ集団がいた。――もちろん、『秘密結社J』だ。
 イーグルとホークはすでに缶ビールを数本飲み干し完全に出来上がっているし、ペルソナは窓の外の何の変哲もない風景にエキゾチックを感じ、ポエムを読み始めた。クイーンはそんな彼らの様子も含め、スマートフォンで写真を撮りまくっている。ついさっきの望の忠告は、すっかり旅行気分に呑み込まれている彼らには、無情にも響かない様子だ。
「全く、頭が痛いわ……」
「そうだそうだ、遊びじゃねぇんだぞ!」
 望が溜息を吐いた傍らで、アンジェロがアールグレイと旅行ガイドブックに目を輝かせていた。
「リーダーのあなたがそんなことでどうするのよ!」
 望が思わず声を張り上げると、晴明があはは、と笑った。
「まぁまぁいいじゃないですか。人生なんでも楽しんだもん勝ちですよ」
「お気楽で羨ましいわ」
 望が肩をすくめると、晴明が手厳しいな、と笑った。


「『古都における"連続失踪事件"の調査と解決』でしたっけ?まるで探偵みたいですね」
 ワクワクするなぁと息巻く晴明をよそに、ガイドブックを持っていたアンジェロが首を傾げた。
「確かに、そういう内容の神からの勅令だったんだが……どうも引っかかるんだよなぁ」
「どうして?」
「"らしくない"というか……。どうも『天使の仕事の範疇じゃない』気がするんだよな」
 晴明の疑問にアンジェロが腕を組んで唸る。
 『秘密結社J』はそもそも、かいつまんで言えば悪霊退治の組織だ。基本的に人間に害をなす悪い霊=悪霊となってしまった魂を浄化し、楽園へと導くのが仕事だし、時々神からの勅令が下りてくることもあるが、たいていは悪霊退治に絡んだことが多い。だからこそ今回の「まるで探偵みたい」な任務は、アンジェロには不自然に感じられたのだった。


「――あっ!でももしかしたら、失踪事件に悪霊が絡んでいるのかもしれませんよ!」
「何か心当たりがあるのですか?」
 閃いた様子の晴明にベルガモットが問いかけると、晴明は鼻息を荒くし、両手をパンと膝に叩きつけた。
「"神隠し"って、知っていますか?」
「聞いたことがあるような、ないような……」
 望がううんと唸ると、晴明はますます前のめりになって語り始める。
「人間がある日何の前触れもなくどこかへ消えてしまうことを言うんです。まるで"神のような不思議な力を持った存在"に隠されてしまったように、忽然と消えてしまいその後永遠に見つからない――そんな現象のことを、昔の人は"神隠し"と呼んだんです」
「なるほど、つまり連続失踪事件は"神隠し"で、その原因が悪霊にあるかもしれない、ということね」
 晴明は自慢げに頷いた。現代には珍しく、晴明はこういった不可思議な現象に詳しい。本人曰く、「好奇心と知識欲の賜物」とのことだが。見習いたいものだと望は1人静かに関心していた。
「更に、事前の情報によると、"失踪"が起きているのはだいたい夕方ごろだという話じゃないですか。――まさに、"黄昏時"じゃないですか!」
「確かにそういう話だったが……その"たそがれどき"とはなんだ?何か関係があるのか?」
 アールグレイが不思議そうに尋ねると、晴明は一転、不気味な雰囲気を醸し出す。
「日没頃――朝と夜が交わるこの"黄昏時"は、『あの世とこの世が交わる時間帯』と言われているんです。また"たそがれ"は"たそかれ"――"誰そ彼"とも記され、つまりは『あなたは誰ですか』という意味にもなるんです。つまり、"黄昏時"にはこの世のものではない者が現れるという……」
 まるで怪談噺のような雰囲気に圧倒され、目を丸くしているアールグレイたちを見て、晴明はあっはっは!と心底楽しそうに笑った。
「いやぁすみません!やりすぎちゃいました。『あの世とこの世が交わる時間』なんてただの口伝いの言い伝えですし、"誰そ彼"というのは昔の人が、夕方になって暗くてお互いの顔が見えなくて、『あなたは誰ですか?』って尋ねたことからきてるだけなんです」
 無駄に緊張して聞いてしまって損した……と望は溜息を吐いた。晴明は楽しそうに笑っている。相変わらず読めない人だ、そんな視線で彼を見やった。
 そんな時、車内アナウンスが間もなくの到着を告げ、望はすっかり疲れ果てて眠っている旅行気分のメンバーを起こさなければならなくなった。

 間もなく千年の都へ降りる。いつの間にか、窓の向こうは大きなビル群が流れる風景に変わっていた。


("誰そ彼"、か)


 望は無意識のうちに心に残っていたその言葉を、ひとり反芻していた。

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