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外側のこと

私たち、どうしても「起きている」とされている、外側のことに意識を持っていかれてしまいがちですけど。
もちろん私も例外ではなく、ついついtwitterとかYouTubeとか、見てしまうことも多いのですが。
外側のこと、つまり私たちが体験している個々の現実の外側に広がっているとされる、誰しもに共通した「世界」と称される部分って。
実はいちばん、操作がききやすいところなんです。
だって、私たちが実際に体験していることとは違うわけで。
ただの「情報」であり「伝聞」に過ぎないんですから。
つまり仮にフィクションだったとしても、現地に行かない限り、確かめようがないってことなんですよねぇ。
だから何らかの意図を持っている人は、そこの部分をいじって、大衆心理を操作しようとするんです。
商品を売ろうと広告を打つ企業もそうだし、世論なるものを自分たちの都合のいいように操ろうとする政治家たちもそう。
とにかく、いろんな意図を持った人たちがいまも、そこを利用し続けているわけです。
現実か否かなんて彼らには、まったく関係ないんですよね。
彼らが求めているのは、大衆のメンタルを不安・恐怖で満たし、自らすすんで彼らの思い通りに行動させること。
その先にあるのは例外なく、お金儲けです。
そろそろみなさん、気付いてきてるんじゃないかと思いますけど。
「世界」で起きているとされる「情報」には、実体なんてないんです。
だからハナっからそのつもりで、距離を取って眺めるくらいが、ちょうどいいと思います。

そうはいっても、まったく情報を取らずに生きていくことは、思わぬ危険を招くこともあります。
ここで、大事になってくるのが「自己実現ゲーム」です。
つまり「これからどんなふうに生きていきたいか」を、しっかり自分と向き合って、把握しておくこと。
これさえできていれば、常に「こんなふうにありたい自分」に向けて、問い掛けることができます。
「これって必要?」「私にとって大事なこと?」「知識として持っとけばいいよね?」
そうやって自分自身に話し掛けていくと、コミュニケーションって双方向ですから、インスピレーションも自然と受け取れるようになってきます。
あとは、それに従って動けばいい。
これが「自分軸を持つ」ってことだと思います。
さらに、ここのところ私が感じるのは、私にとって必要な情報は受け取れるように“なっている”ということ。
何をしていても、何を見ていても、必要な情報は入ってくる。
私はだいぶ、それを信じることができてきたので、メンタル的にも落ち着くことができました。
そして、やりたかったことをする時間を奪われるほど、情報を追い求めることもなくなりました。
あと、見なくてもいい悪意は見ずにすむようになったのが、思いのほか快適だなぁと思います。
自分と向き合うことは確かに、最初は苦しいかもしれませんが、それを越えられればこうしてストレスなく情報の海を渡って行けるようにもなるので。
みなさんもぜひ「自己実現ゲーム」、やってみてください。
あなたはこれから、どんなふうに生きていきたいですか?

ホームページをつくったので、ぜひ見てみてください。
お気軽にコメントも、お願いします!

では、まだまだ寒いですが、楽しい一日を!

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