エッセイ「突然明日から会社に行かないことになった」2018/9/14


今日もいつも通り6:20に起床する。顔を洗って歯を磨き、出社するために家を出る7時になる。
事実を飲み込もうと時計の針をしばらく見つめる。

会社に行かなくて、いい。

私は、今日から会社を休職することになった。

私は今年の春から、映画会社で会社の専属の美術さんとして働いている。
そして、去年の夏から、定期的に原因不明で薬も効かない高熱に悩まされていた。病名のわからないまま病院を転々としながら就職活動をしていた。入院先の病院から点滴を引っこ抜いて面接に向かったこともある。そして、今の会社に入社した。
入社してからも容赦なく熱が襲った。月に半分ほどは熱が出ている状態で、どれだけ熱が出ても休まず働いた。その会社での業務は想像を絶してハードだった。残業や休みがないことは覚悟していたものの、常に体を動かして力仕事をしているか走って移動しているかで、4メートル程の脚立のてっぺんで両手が塞がった状態でセットに色を塗ったりもする。熱が出ている状態ではしんどい内容だ。ほんの少しでも隙を見せようものなら先輩から怒鳴られる緊張感の中、毎日働いた。一人職場に残って練習をし続けた。それも、先輩たちのように自分の担当作品をも持って大きな作品に携わりたいと思ったからだ。1年かけて苦労してようやく決めたこの場所に全てを捧げたいと必死だった。
そんな中、先月、病気の正体がわかった。自己炎症性疾患という免疫の病気で、通常5才以下の子供が稀になる病気を成人で発症したのだという。それ故に、治療法も効果的なものがあまりない。
ずぐに治してほしいと願ってきた矢先、困ってしまった。
月に半分熱がある状態で今の仕事を続けることは難しいし、突然休んで当分来ないかもしれない人が担当作品を持つなんて不可能だ。

私は昨日、診断書を持って課長に辞職をしたいと相談に行った。唯一私の体調のことを相談していた女の先輩も一緒に来てくれた。

思ったよりスムーズに話を受け入れてもらい、総務部との辞職日の相談に移る。今月いっぱいというのは急かな、10月いっぱいになるか、年内いっぱいになるか・・・。

そう思っていたら、言い渡されたのは「明日からの3ヶ月の休職、それ後の退職」。

休職中も給料は発生するので、そこでお金の心配をせず休養をしてこれからのことを考えてみてはどうかという配慮と、もしかしたら特例として事務職などに転部ができるかもしれない、ということだった。

とにかく、明日から会社に来なくてよくなってしまったことに驚いた。自分から相談したこととはいえ、心の準備ができていない。今まで血眼になってやってきたあれもこれもが最後、一緒にやってきた同期や先輩たちとも会うのが最後。それを言い渡された時点で私のそこでの業務の残り時間は残り半日を切っていた。

とにかく、お世話になった人たちに挨拶をせねば。
先輩たちをつかまえては重い口を開いた。なんの実感もわかないまま。どの先輩に対しても、口から出たのは「今までありがとうございました」でも「お世話になりました」でもなく「色々教えていただいたのに、本当にすみません」だった。私に期待し、自分の持っている技術を時間を割いて教えてくれた先輩たちに申し訳ないという気持ちが一番強かった。

私には一人、特に尊敬していた先輩がいた。28才と若いながらも確かな技術を持つ次期エース、Sさん。寡黙常に一人でいる、何を考えているのか誰もわからない男性だった。私はSさんの現場の下につくことが多く、先輩の中で一人師匠を選ぶとしたらこの人、という人だった。
そのSさんにも、他の先輩と同じように声をかける。「色々教えていただいたのに」そう発そうとしたのに、するっと口が変に動いた。
「私、この前のSさんのセットを作る背中を見た時に、もしかしたらこの仕事って楽しいかもしれないと、思ったんです」
私はなにを言っているんだろう、と思う、Sさんの顔が見れない。Sさんは
「それは嬉しいですね」と答えてくれた。「でもSさんに楽しいですかって聞いたら、食いぎみに楽しくないですって言ってたじゃないですか」というと、照れながら吹き出して笑っていた。
なんとなく笑い合っていたら、なぜか目頭があったかくなるのを感じて焦る。
そのあと倉庫にかけていって、泣いた。
Sさんがあんなに笑っているのなんて初めて見たと、話しているところに通りかかった先輩たちがこっそりと教えてくれた。

仕事が終わったあとに同期みんなが「最後の晩餐」と飲みに誘ってくれて、いつも通り色々な話をした。
最後まで一緒にいてくれたのは一番仲がよかった唯一の男性の同期だった。私より先に電車を降りる。電車の扉が閉まる。この人と仕事終わりに呑んで、終電に滑り込むこれも、最後なんだなぁと、しんみりとその後ろ姿を見ていると、小さくなった背中が遠くで振り返った。そしてこちらにピースをして、また人混みに消えていった。私が見ているかもわからないところでされたピース、確かに見えたよ、そのいたずらめいたニヤリ顔も。

ついにひとりになった電車で、言葉にできない思いを紛らわすようにイヤホンをする。
そこに流した、ColdplayのViva La Vida、その響きを、この若き日々を、きっと一生忘れない。

取り急ぎ、まだぼんやりとしたこの日の記録まで。

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