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アンタークティックサーモン

一月二十日(日) 晴れ 南緯六九度、東経四〇度
 一日の始まりは雪上車の暖気から始まる。極寒の南極。雪上車をいきなりフルパワーで稼働させるのは素人のやることである。慣らし運転で十分に温めてることでエンジンの故障を防ぐのである。人間も同じで、起床後すぐに全力活動することは脳卒中の原因になるので、止めた方がいい。一〇〇メートル前進と後退の往復を三セット行う。ハンドルが無く方向転換はレバーの操作によるが、それ以外はほとんどオートマ車と同じ。アクセルを踏めば動く。雪上車SM一〇〇Sは長さ七メートルで重さ一一トンもある大型雪上車。車体は真四角でオレンジ色に塗られキャタピラで氷床の上を走行する。装飾っ気の無い無骨な見た目に私は夢中になった。格好いい。運転中はキャタピラの振動が体に伝わり、ただ雪の上を真っ直ぐ走るという行為がおもしろくってたまらない。
 朝食後に早速撤収作業開始。ドーム隊一〇人が内陸旅行中の二カ月間の生活で発生した廃棄物の整理。大量の生ごみや糞尿を分別して四〇〇リットルのタイコン袋に詰める。一〇袋以上積み上げってゴミの山ができた。人が生きることはゴミを出すことと隣り合わせである。僕だけわたしだけは地球に優しいと思うのは思い上がりの思想である。いつも最善の方法を考えながら地球と、うまく、付き合っていくしかない。
 雪上車の屋根に取り付けられた大型の氷床レーダーアンテナの解体作業。ドライバーで接続部分のねじを外してばらす。手を動かす作業はそのまま結果につながるから好きだ。もちろん物事はそんなに単純じゃないから、結論を簡単に出してはいけない。車両江神さんの活躍であっという間に解体作業は完了した。
 ドーム隊と一緒に晩飯を食べた。鶏肉のソテー、茄子のおひたし。味噌汁、刺身盛り合わせ。刺身盛り合わせ! 内陸旅行中に冷凍保存されていた残りの食材を使って豪勢な料理を振舞ってくれた。ありがたいことだ。南極大陸の雪原、雪上車の中で食べたアトランティックサーモンのわさび醤油は感動的な味がした。

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