アイスオペレーション

一月二七日(日) 晴れ 南緯六九度、東経三九度
 夕食後に夏隊を中心とした十数人でアイスオペレーションのために海氷に出陣。アイスオペレーション、名前は仰々しいが要は氷取りである。昭和基地近くの氷山から氷を採取して広報用として日本に持ち帰る。南極の良き思い出作りでもある。雪上車三台とスノーモービル二台に乗って目的地に向かった。オレンジ色のヘルメットを被り、いつの間にか薄汚れた防寒着を羽織った姿は、紛うことなき観測隊の風格があった。昭和基地に来た当初キャッキャ騒いでいた南極初心者丸出しの面影は無かった。
 海氷面から三メートル程の高くなった卓上の氷山があり、そこの氷を採取した。近づいてみるとあまりに巨大で陸のようだった。
 大陸で振った雪が圧縮されて氷になり、氷床となる。少しずつ沿岸部へ押し出されて周りの氷と分離して氷山となる。
 氷山目がけて思い切りツルハシは振るう。硬い。握りこぶし程の大きさの氷が欠けた。こんなものでは全然足りない。がんがんがんがん。腰の痛みを忘れて夢中でツルハシで氷を砕いた。もっと強くなりたい。隣の隊員が電動ハンマーで立派な氷の塊を掘り出していた。
 握りこぶし程の大きさの氷を耳に当てると、パチパチパチと音がした。雪と一緒に閉じ込められた太古の空気が、氷が融けると同時に漏れ出す音。氷の匂いを嗅ぐと太古の匂いがした気がした。
 一通り氷を掘り終えると、氷山の上に登った。夕焼けが広がる空。蜂の巣山の影が伸びて昭和基地を覆う。夏隊はもうすぐ昭和基地から離れる。こんな光景を目にすることは一生でもう無いのかもしれない。素手で氷山を触れてみると、案外、冷たくなかった。

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