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フリーマントルを出港したので報告します

一一月三〇日(金) 晴れ 南緯三一度、東経一一五度
 出航。朝の陽光が柔らかくフリーマントル港に注がれた。初夏の風が吹いて新緑の樹々がそよぐ。いや、もう、南極に行かなくていいんじゃないか。オーストラリア出張大変良い思い出になりました、さ、日本に帰るか。そんな気持ちでいると出航の合図が鳴って驚いた。無情である。
 公式ユニフォームを着用しした観測隊が〇一甲板に並んで、出航の儀。岸壁には二〇人ほどの見送人が手を振っている。家族や同僚、観光客も混じっているかもしれない。俺には見送人なんていない。ははは、それでもこの瞬間も誇らしい気持ちである。出航時刻になり左舷のタラップが格納された。
 見送人に向かって整列し、右手に帽子を持って頭上でくるくる回した。海上自衛隊方式の別れの挨拶で帽振れと呼ばれる。しらせが動き出して港から離れる。港から激励の声が聞こえる。
「頑張れよーーー!!、……れよー……れよー……れよー!!!」
 フリーマントル港からどんどん離れていき見送人の声は小さくなる。航海に出て南極に行く実感が急に増して武者震い。緊張と高揚感で自分が生きている感じを強く感じた。そう感じた。しっかりやろう。
 出航の儀は終わると、急いで極地研宛にメールを送った。
「現地時刻十時二分、冬月隊長以下七七名、無事にフリーマントルを出港したので報告します」
 昼食はビーフカレー、ゆで卵、エビフライ、大根サラダ。カウンターに料理が並んでバイキング形式で配食される。海上自衛隊では金曜日はカレーと決まっている。真相は定かでないが長い航海中に曜日感覚を保つ工夫だそうだ。カレーっていいよね。金曜日のカレー、絶妙なチョイスだと思う。肉じゃがだとどうか。一週目は「お、肉じゃがじゃん」と皆有難がるが二週目、三週目になると常態化した肉じゃがに対する感謝の念が薄れる。要は飽きるのである。もちろん肉じゃがに罪は無いが。シチューあるいはハヤシライスでも同様の結果になる危険性がある。比較してカレーの中毒性よ。みんな大好きで汎用性に申し分無い。次の金曜日も楽しみだ。

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