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自分自身の南極観測

一月二十二日(火) 晴れ 南緯六九度、東経三九度
 雪上車の中で冷凍キムチチャーハンを炒めて朝食として食す。我々をピックアップに来た観測隊用ヘリASに乗ってS一六を後にする。ドーム隊はもう一日滞在して残りの撤収作業を行う。仙人のような風貌の人間十人が我々の乗ったヘリを見上げて笑顔で手を振っていた。S一六は私の南極観測で忘れがたい思い出となった。
 昭和基地に着陸。乾いた地面や風力発電装置、行き交うトラック、日本の工事現場のような景色に帰ってくると懐かしさすら感じた。私にとってこれが日常だ。一夏に戻ってパソコンの電源を入れると何百通のメールが受信されていたので、その確認と返信。やらなくちゃいけない事務処理を淡々と進める。さっきまで南極大陸を駆け回っていたことが夢のようだ。
 十五時過ぎ、自分の仕事が一区切りついたので工事中の観測棟を訪れ、空調工事の作業をしている設備設楽に話しかけた。
「邪魔かもしれないけど、何か手伝うことある?」
「ありがとう! そしたらこのダクト落ちないように持っててくれる?」設楽は作業をしながら笑って話しを続ける。
「白井くんは色々頑張ってくれてるのに、この前は悪かったね」と設楽は謝った。
「いや俺の方こそごめん。設楽みたいに基地作っちゃうのはやっぱりすごいわ」
「白井くんがいない間にトラブルめっちゃ起きて大変だったよ。俺らが見てないところで色々やってくれたんだね」
「……」
「ずっと観測棟の工事ばっかりでどこも行けないから、正直、白井くんへのひがみもあったんだよね。でも、まあ結局、俺たちは自分自身の南極観測をするしか無いんだな」
 そう。自分の役割を全うしなければならない。他の隊員が自分の仕事を円滑に遂行できるように動く。私は私自身の南極観測をする。

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