見出し画像

忘却と情熱の山田

一月二十三日(水) 曇り 南緯六九度、東経三九度
 ドーム隊がS一六からヘリに乗って昭和基地に帰って来た。野外観測支援の山田さんひとりと廃棄物を搭載した本日の第一便が昭和基地のヘリポートに着陸する。颯爽とヘリを降りる山田さんは二ヶ月に及んだ南極大陸での観測活動の疲れを微塵も感じさせない。流石である。山田さんはヘリの中から廃棄物が詰まった人間大のタイコン袋が引っ張り出した。引っ張り出した。引っ張り出した。四次元ポケットかよと笑ってしまうぐらいの量。よくもまあヘリの中に搭載されていたものだ。総量一・八トン。お決まりのバケツリレーで運んでトラックの荷台に乗せ、コンテナの中に封印した。廃棄物は全て日本に持ち帰り処分されるので、南極に放置されない。次のヘリで他のドーム隊も無事昭和基地に帰還した。
 猛烈な廃棄物運搬作業の終了後、山田さんは名湯しののめの湯で疲れを癒し、食堂でくつろいでいた。海洋観測担当の川島さんが食堂に入ってきて、生真面目な表情で山田さんに挨拶した。
「長期間の内陸調査、大変お疲れさまでした」
「おう、あんたもお疲れだったね」そう言って山田さんは手を差し出し二人は握手を交わした。観測隊の美しい光景である。情熱的な人が多いのだ。
 私は遠くの席で事務仕事をしながらその光景を見て、あれ、あの二人って仲良かったんだと思った。川島さんが生真面目な表情のまま食堂を出ていくと、山田さんは私の方に近づいてきて小声で問うた。
「あいつ誰だ?」
 全く誰かわかっていなかったようだ。二ヶ月間、本隊と別行動だったとは言え、訓練や出国前の打合せで顔を合わせていたはずである。完全に忘れているのか。あの美しい光景は何だったのか。いや、これぐらい豪胆でなければいけないのだ。私は山田さんのことを見習いたいと思った。
 夜はドーム隊のお疲れ様会。皆疲れた顔だったが大いに飲み騒いだ。昭和基地で飲み会をするのもう数回しか無いだろう。

サポートありがとうございます。