紫煙(短編朗読戯曲)
劇団ロオル 朗読戯曲 作・本山由乃
紫煙
登場人物
女
女 くゆらせた煙の向こうに居る男(ひと)へ
「ねえ、アナタ」と声をかける。
反応はもちろん無い。
それでもまた。
手を伸ばせば触るる距離も、
今は只、果てしない。
煙草を肺に思いきり、
「痛むから、」と苦笑の顔を
瞼に浮かべてもうひと吸い
爪先に滲む毒々しい臙脂
ルームライトに照りかえる。
くゆらせた煙の向こうに居る男(ひと)へ
「ねえ、アナタ」と声をかける。
反応はもちろん無い。
うつろな眼のまま虚空を見つめ、
アナタは何を思うのか。
あたしの事ではないのでしょうね。
足元のナイフはあまりにも現実で、
紫煙に視線を託しては、
あたしが想うはアナタばかりで。
なんて不公平なのかしら。
「誰のモノでもないんだから、お互い様よ。」
と笑えたら。
こんなに煙が渋いことも、
知らずに済まされたのでしょうに。
くゆらせた煙の向こうに居る男(ひと)へ
「ねえ、アナタ。
あたしをどうしたかったの。
アナタはあたしの何だったのかしら。
あたしはアナタの何だった?
指が真っ赤よ、趣味じゃないわ。
だからアナタとは最初から、
最期の一瞬(とき)まで合わなかったのよ。」
了
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