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感極まって読書感想文

 私は何をもって私であるといえるのだろう。

 声と背が低いから?
 メガネをかけているから?
 天然パーマだから?
 ひどい猫背だから?
 スキップができないから?
 小説を書いているから?

 この手でキーを打ち、この目で物事を見つめ、この指で愛に触れ、この肺で息を吸い、この心臓で血を送り、この脳で考える。
 そうやって私は成り立っている。

 ならば。
 こんな部位をすべて、別の動物に置き換えてしまったら。

 オランウータンの手でキーを打ち、フクロウの目で物事を見つめ、カンガルーの指で愛に触れ、イルカの肺で息を吸い、キリンの心臓で血を送り、バイソンの脳で考える。

 それは、私、なのだろうか。

 声と背が低くてメガネをかけていて天然パーマで猫背でスキップが苦手で小説を書いているけれど、身体のあらゆるところが人間を辞めている。

 それは、私、なのだろうか。

 小林泰三「人獣細工」では彘(ぶた)の部位を次々に移植された「わたし」が、施術を行った医師でもある父の目的と自身の秘密に迫る。継ぎ接ぎだらけの身体。幻聴のように聞こえる「ひとぶた」という悪口。父は私を愛していなかったにちがいない。みんな父の演技に騙されていたのだ。
 朝宮運河編集の『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』に収録された傑作SFホラー。

 人間に動物の内蔵を移植する小説ではかつて安部公房が「盲腸」という作品を書いている(『R62号の発明・鉛の卵』新潮文庫版に収録)。世界中が人口増加の一途をたどり、食糧危機がうたわれていた時代に生まれた寓話だ。主人公は自分の盲腸をヒツジのものと取り替えることで藁だけを食べて生きていけるようになろうと実験体になる。かくして人類で唯一、藁を食べて生きていける人類となった主人公だったが、周りの扱いも、そして自分自身も、その日を境に変化していく。

 いずれも人間に異種を混合することで人間のアイデンティティを強調することに成功している点で共通しているように思う。が、ヒリヒリとした威圧と狂気に満ちた文体(と私は思っている)の安部公房に対して、小林泰三の文体にはそこしれぬ悲哀を感じさせられる。
 主人公の独白からあふれるエモーショナルが、おどろおどろしいバックグラウンドをよそに、読書意欲をかきたてる。最後の一行まで見逃すことができない。こんな作品が書いてみたいものだ。

 感動的な読書体験に、思わず拙い感想文を書きなぐってしまった。

『恐怖 角川ホラー文庫ベストセレクション』には他にも、ジョン・コリアーの「ポドロ島」を彷彿させる無人島異形ホラー「ニョラ穴」(恒川光太郎)や、庭に井戸を掘ろうとしたら先史時代の人骨化石が出てきてしまい掘り進めるうちに異常な事態へ巻き込まれていく「骨」(小松左京)など、傑作揃い。

 怪談の季節は過ぎましたが、読書の秋にぜひ、恐怖体験を。

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