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喜歌劇《美しきエレーヌ》優美なメロディと軽快なリズムに彩られた本作の聴きどころ

パリ初演からわずか3ヵ月後の1865年3月17日、ヴィーンのアン・デア・ヴィーン劇場に於いて《美しきエレーヌ》のドイツ語初演が行なわれた。オッフェンバックは、このヴィーン公演のためにいくつかのナンバーを新たに作曲している。本日の公演では、ジャン=クリストフ・ケックによる批判校訂版のうち、ヴィーン公演版が使用されている。

序曲

パリ初演版では短い導入曲が置かれているが、今回演奏されるのは、ヴィーンのために新たに用意された序曲である。〈王たちのクープレ〉と第2幕フィナーレのワルツの主題が用いられており、推移的な部分を経て、そのまま第1幕へと繋がる。

第1幕 ギリシャのスパルタ、ジュピテル神殿前の広場

合唱:トライアングルの音で彩られた軽やかな音楽で幕を開ける。神殿の前に跪き、供物を納める人々の合唱。

娘たちの合唱:アドニスの死を悼む哀歌。美しい女声合唱に始まり、途中からエレーヌも加わる。

エレーヌのエール(アリア):前の合唱に続いて歌われるエレーヌの歌。彼女は〈愛のない世界にこそ、愛が必要です〉とウェヌスに熱烈な祈りを捧げる。叙情的な旋律が魅力の一曲である。

オレステスのシャンソン:エレーヌの甥のオレステスが遊女たちを引き連れて登場する。彼は国家のお金で遊んでしまうような放蕩者。オノマトペを使用した陽気な音楽には、彼の性格がうまく描写されている。

パリスの審判:羊飼いに扮して登場したパリスが、イダ山頂で行なわれた美女コンテストの顛末を歌う。その素朴な旋律は、パリスに結び付けられたモティーフとして、劇中に何度か登場する。

行進曲と王たちのクープレ:勇壮な合唱〈さあギリシャの王たち!〉に続いて、ギリシャの王たちの自己紹介のクープレとなる。音節の一部を繰り返すことで、生き生きとしたリズムが生み出されている。

第1幕フィナーレ:羊飼いがパリスであると知ったエレーヌは、その驚きをドラマティックに歌い上げる〈リンゴのお方〉。この場面はシリアスなオペラの音楽的なパロディとなっていることにも注目したい。まもなく雷鳴が轟き、神のお告げが下ると、〈王たちのクープレ〉の旋律による合唱〈クレタ島へ早く旅立ちを!〉となり、一同はメネラオスを追い出す。

第2幕 王妃エレーヌの部屋

間奏曲:〈ウェヌスへの祈り〉の主題に基づく短い間奏曲。ヴィーン公演用。

合唱:エレーヌとその侍女たちによる優美な合唱。侍女たちは、夜会に出席するエレーヌに〈今日という日には特別なお召し物を〉と勧める。

ウェヌスへの祈り:妻の貞操を守るべきか、それともパリスの愛を受け入れるべきか、エレーヌの気持ちは揺れ動いている。彼女は〈私の美徳を滝のように落として、そんなに楽しいの?〉とウェヌスに訴える。

すごろくの行進:すごろく遊びに興じるために王たちがやってくる〈王の中の王のお出ましだ〉。フランス語の「すごろく遊び jeu de l’oie」の「oie」にはガチョウの意味もあり、この語を繰り返すことで滑稽さが引き出されている。

エレーヌとパリスの二重唱:寝室に忍び込んだパリスとエレーヌの愛の二重唱。〈そうよ、これは夢〉、〈ただの愛の甘い夢〉と美しく官能的な音楽が続く。

第2幕フィナーレ:メネラオスが「名誉を汚された!」と周囲に訴え、人々が集まって来る。この感情の高まりがやや誇張された形で歌われた後、エレーヌは教訓的な歌で夫を非難する〈旅から帰る賢い夫の心得は〉。王たちは、美しいワルツの旋律にのせてパリスを糾弾する。

第3幕 ナウプリアの海岸

合唱とオレステスのシャンソン:リズミカルな合唱〈踊ろう!愛し合おう!飲もう!歌おう!〉に続き、パリスのスパルタ追放を喜ぶオレステスの陽気なシャンソンとなり、これに皆が唱和する。

エレーヌのエール(アリア):パリスとの一件について、執拗に問いただそうとする夫に辟易したエレーヌは、〈あれは夢だった〉のだから〈私は悪くないわ〉と歌う。ヴィーン公演のためのナンバーである。

合唱とパリスのクープレ:ウェヌスの預言者に扮したパリスの乗ったガレー船の到着を告げる合唱。パリスのクープレでは、厳かな前半に続いて、それと対比されるようなチロル風の〈僕は陽気、みんなも陽気に〉に合唱が応える。

第3幕フィナーレ:パリスは自分の正体をエレーヌにこっそり告げる(ここで、〈パリスの審判〉の旋律が登場する)。事情を察したエレーヌは〈これも運命なのね〉と喜んでパリスについてゆく。最後は、再び〈王たちのクープレ〉の旋律による二人の船出を見送る合唱〈シテール島に行け〉で幕となる。

木内 涼(東京藝術大学/音楽学)


【公演情報】

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東京芸術劇場コンサートオペラ vol.9
オッフェンバック/喜歌劇『美しきエレーヌ』
演奏会形式/全3幕/フランス語上演/日本語字幕付
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日時:2024年2月17日(土)14:00開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール


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