「回答選」 ラス・メニーナスはなぜあれほど評価が高いのでしょうか?あんまりピンと来ないです。

2022年10月18日の質問。①ルネサンス以降の絵画の集大成②ベラスケス自身の集大成③後世に与えた影響の大きさ、あたりで考えてみます。

ベラスケス《ラス・メニーナス》1656年
プラド美術館蔵

①ルネサンス以降の絵画の集大成

ベラスケスは宮廷画家であると同時に王室の絵画コレクションの管理人でもありました。彼は現在のプラド美術館に繋がるコレクションを選定し、海外から購入するなどの仕事もしていたのです。つまりそれまでのヨーロッパ美術の全てを生で観られたと言っても過言ではありません。そのため《ラス・メニーナス》にはそれまでのヨーロッパで試みられたあらゆる手法が詰まっています。

有名な後ろの王と王妃が映るの表現はヤン・ファン・エイクの《アルノルフィーニ夫婦の肖像》の鏡の表現を参考にしています。当時その作品はスペイン王室のコレクションにありましたから、当然彼は直接観て研究していたはずです。

ヤン・ファン・エイク《アルノルフィーニ夫婦の肖像》
当時はスペイン王室のコレクションにあった。

またこの作品は奥にも絵が掛けられていたり、画家本人がいたりとネーデルラント地方に多い「ギャラリー画」の伝統もひいています。

ベラスケスと同時代人のダヴィッド・テニールス《ブリュッセルの画廊における大公レオポルド・ヴィルヘルム》の連作
権力者の表彰でもあり、絵画芸術の讃歌→画家の栄光の表現でもある。

これらスペインと関わりの深い北方の構成が生きるなかで、近くで見ると雑に色が散らばっているのに距離を置くとこの上なく自然で調和が取れている色彩は、明らかにティツィアーノらヴェネツィア絵画の手法が駆使されていますし、明暗や光の描写にはイタリア・バロックの要素が取り入れられています。もちろんルーベンスの影響を見てとれますが、このようにそれまでのヨーロッパの様々な表現がここに結集しています。

ベラスケスの遺産目録には、多くの鏡やイタリア語やスペイン語の芸術理論書が載っています。日夜視点や視覚効果を研究していたのでしょう。学者顔負けの学級心です。おおよその先人の手法に精通していたと思われますが、中でも「遠近法」についての工夫がこの作品には顕著です。アルベルティやレオナルド・ダ・ヴィンチらが使ってきたひとつの焦点に収斂する構図ではありません。

美術史家ロペス・レイによると、この絵には 3 つの焦点があります。マーガレット王女とテレジア、自画像、鏡に映るフェリペ 4 世と王妃の半身像です。ただスタインバーグなど他の学者は向こうに開いた扉が焦点だとしており、さまざまな意見が出るほど複雑になっています。そこに光の表現や奥行きのレイヤーの問題が重なり、繊細かつ複雑に絡み合いながらあのバランスが保たれているのです。1692年にこの作品を観たルカ・ジョルダーノが「絵画の神学」と褒め称えたように、表現も構図もルネサンス以降のあらゆる絵画の要素が一枚に詰まっているのです。

②ベラスケス自身の集大成

マネ曰く「画家の王」であるベラスケスは長いキャリアで数々の傑作を描いてきましたが、その中でも最高傑作と呼べるものです(私個人としてはブレダの開城の方が好き)。ベラスケス本人の作品をずらり観て《ラス・メニーナス》を観るとやはりベラスケスの集大成なんだよな、うまく言語化できませんが分かります。

叙勲した1659年11月28日以降に赤い十字を付け足している。
ベラスケス自身のキャリアの象徴でもある。

本人はサンチャゴ騎士団の赤い十字を、完成後しばらくして叙勲を受けてから、絵の中の自分にわざわざ描き足しています。スペインではイタリア・ルネサンスのように画家=知識人=リベラルアーツという考えは通ってきていないため、画家は単なる職人で低い身分でしたが、ベラスケスは《ラス・メニーナス》において画家でも王室と同じ空間にいられる、画家は騎士たりえる、という「芸術家」としての強い自負を込めたのではと解釈されます。その点においてもやはりベラスケス自身のそれまでの集大成・総決算であり、「芸術家」の凱歌とも見なせるのです。

③後世に与えた影響の大きさ

ゴヤ《カルロス4世の家族》1800〜01年 プラド美術館蔵

スペイン王室コレクションは1819年にプラド美術館として公開されるまでほとんど観られませんでしたが、まず同じく宮廷画家のゴヤはこの作品から影響を受けています。ピカソも《ラス・メニーナス》を主題にした変奏的な作品をいくつも制作していますし、彼らの表現に与えたことも評価の高さの証明になりますが、なによりも美術批評の面で《ラス・メニーナス》は重要です。先述した通りそれまでのヨーロッパ美術のあらゆる要素と、ベラスケス自身の創意が詰まったこの作品は情報量=謎が多く、無限に解釈されてきました。つまり美術史や美術批評はこの作品を論じるということで鍛えられ磨かれてきたと言えるかもしれません。

ゴンブリッチなど、オールドマスターを主に研究する美術史家ならこの作品をどう解釈するかというのに、絶対に関わることになります。夥しい数捧げられた《ラス・メニーナス》研究はもはや宇宙のようなものですが、それだけの数の美術史家がこの作品に挑んで自らを鍛え上げていきました。故にこの作品を見ずに西洋美術史を語るなと言われるほどです。

また美術史だけでなく哲学や思想の界隈でもこの作品に取り組んだ人達がかなりの数います。スペインの哲学者オルテガやフランスの哲学者フーコーなどは有名ですね。彼らも《ラス・メニーナス》を契機として思想を展開した著作があります。このように美術の分野に収まらない広がりを持つことは、他の絵画作品とは大きく異なる点だと思います。

最後に

この3点で「ラス・メニーナス」の傑作とされる理由は簡潔ながらおおよそ整理しましたが、ピンとこない、というのもひとつの感想として大切にしてください。西洋美術の最高傑作だ、という権威はとりあえず置いといて、自分の直観はいかなるときでも重んじた方がいいと私は思います。

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