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赤い傘。

先月、ずっと大切に使っていた傘が強風で裏返しになり骨の部分がポッキリと折れてしまった。この傘はオーダーメイドで1ヶ月ほど待って手に入れた物だった。修理に出そうかな、でも高くつきそうならサヨウナラかなと考えていたら、ふと中国にいる友達が思い出された。

中国との取引が急激に増えたある年、保守的かつ内向きともいえるうちの会社で、初めて外国人を採用することになった。中国案件を担当してもらうためなので、もちろん中国語が話せる人である。彼は中国の国籍だったが小学生の頃に家族と一緒に来日していたのもあり、実は教育のほとんどは日本で受けていたので日本語だけでなく、日本人の言動や行動をよく把握していた。両親は日本語が得意ではなかったから、子供の頃から役所の手続きの通訳などは長男である彼が全て引き受けていた。

所属部署は違ったが、私は考えていることを常に口に出して伝えるタイプだったので、空気を読むのが必須の日本の会社において、裏を読む必要のない気を使わないで話せる先輩として慕ってくれた。

彼には根っからの商売人気質があり、また人懐こい性格でどこでも好かれるタイプだったからメキメキ頭角を現し、中国でいろいろなメーカーを見つけてきた。また当時の上司もこのタイプは押さえ付けずにのびのびさせた方が結果を出すと分かっていたので、細かいことは一切言わず自由にさせていたこともあって本当に楽しそうに仕事をしていたのだった。

私たちは会社帰りに飲みに行くと、その日にあった出来事について、何故そう思うのかということをお互い納得いくまで話した。彼も私も典型的な中国人と日本人であるとは思っていなかったが、最後にはいつも松屋町さんは中国人みたいな考えをしますね!と笑いながらうれしそうに言うのだった。

彼と話すと中国人のベースにある考え方が分かってきて、よくトラブルになる事象などは日本人の性善説に伴うナイーブさからくるものもあるかもしれないな、と思うようになった。

例えば、商談の後でこちら側が少し損をした数字だったと後で気付いたとする。こちらは騙されたとショックを受けるが、先方は騙された方が悪いと考える。どちらが良いとか悪いとかではなく、商談なのだからその辺りの駆け引きも当然お互いしていると中国人は考えるので、いやいやそんなこととは思わなかったと日本人が返すと、契約が終わってからグチグチ陰で言うとは、なんてナイーブな奴らなんだということになる。

ところが彼らはひとたび友人になると、ビジネスの場面でも義理人情がトッププライオリティとなるので、多少損をしようがそんなことは問題ではなく、友達の為に取引するのは当然のことだと考える。ようするに、中国と和やかにビジネスをしたかったらとにかく友達になるのがもっとも近道というわけだった。

翌年、彼の直属の上司が異動になった。新しい上司は深い意味はなかったのかもしれないが、言葉の端々に中国人への意地悪なひとことが挟まれるようになり、聞いている周りも何となく嫌な気分になるほどだった。彼は全く気にしていないそぶりで飄々としていたが、我慢していたのは何となく感じ取れた。

3ヶ月経ったある日、彼から会社を辞めて自分の会社を作りますと言われた。遅かれ早かれそのタイミングは来るだろうと予想していたので、彼が新事業を起こすにあたってもし困ったことがあったらいつでも言ってきていいからね、と送り出した。

彼の最終出勤日は雨が降っていて、私はタッセルのついた赤い傘をさしていた。

中国人が好きな色の傘ですね。中国製ですか。日本製でオーダーメイドだよ。その後に来る質問は値段だと分かっていたから、安くはなかったよ、と先に答えた。そんな派手な色の傘をさしている日本人は見たことありませんよ。あなたは本当に中国人みたいですね。

そう言って彼は笑顔で会社を去って行った。

久しぶりに彼に電話をかけた。コロナの影響はどんな感じなのか聞くと、3日に一度、3時間しか外出できないんですよ。しかもしょっちゅう停電になりますし。

彼は自分の家族を持ったところだったから、大変だねぇ、何か出来ることがあれば何でもするよと言うと、生きてたら何とかなりますよ、大丈夫ですよ!と。そう言えば、赤の傘まだ持ってます?今日は雨なんで思い出しましたと、iPhoneの向こうで笑っていた。そうだ、彼を通して大陸の大らかさを知って、中国人は奥深いなぁと思ったのだった。

赤い傘?うん、まだ持ってるよ。

温かいお気持ち、ありがとうございます。 そんな優しい貴方の1日はきっと素敵なものになるでしょう。