音階の数学
私の大好きな数学者の名言で、「音楽は感性の数学であり、数学は理性の音楽である」という言葉があります。
数を原理とするピタゴラス教団がピタゴラス音律を作り出し、そこから純正律という整数比率によるハーモニーを重視した音律が作られたことからも、音楽と数学の関係性は深いと言えるでしょう。
しかし、
実際に数学を多少わかって、音楽を多少嗜んでいる方であれば、音楽で使われる様々な単位への違和感を感じたことがあるのではないでしょうか。
音楽を取り巻く数への違和感
まずこの「12音階」(ド~シまで、#、♭も含めた1オクターブ以内の音が全部で12種類あります)の中から、「7幹音」(#、♭を含めずにドレミファソラシ、で7音あります)を選ぶ根拠がまったくもって意味不明です。
補足:ピアノの白鍵は黒鍵をはさむ所とはさまない所で、「全音=半音2個分」と「半音1個分」で音程の距離が違います
2,2,1,2,2,2,1って何やねん。
なんで
2,2,2,2,2,2とか
2,2,2,2,2,1,1とかじゃなくて、
全音2個からの全音3個って、なんでそこで一回フェイントかますんや。
補足:ドを基準として白鍵何個目の音か、というのがこの度数です。黒鍵の度数は、長三度の下の黒鍵なら短三度とか、完全五度の下なら減五度とかルールがあり、さらに減五度と増四度は同じ音だったり、カオスです。
なんで同じ音程は0度じゃなくて1度やねん。
1+1=1になるやん。どないしてくれんねん。
そんで、なんで4と5だけ完全やねん。
1と8はまぁいいけどなんで4と5やねん。3とか7は違うんかい。
じゃあ誰の許しを得て完全を名乗っとんねんお前ら(IV, V)は。
補足:白鍵の上で一個ずつ飛ばして「ド、ミ、ソ」のように3つの音で和音を作るのを単に3和音、あるいは、ダイアトニックコードなどと呼びます。ドレミファソラシそれぞれに3和音がありますが、間に黒鍵が入るかどうかで和音の性質が変わってしまいます。また、コード進行上の役割として「Tonic」「SubDominant」「Dominant」という分類もされます。
長三和音と短三和音が入り混じってるし減三和音まで入ってるし大変やん。
そもそも白鍵同士の音程が全音と半音混じっててバラバラなのに
なんで白鍵3度ずつの和音が使えると思ったん。
しかもそのTonicとSubDominantとDominantの位置は何!?
TもSも長三と短三混じってるけど何があった?
IとVIってTonic同士みたいな顔してるけどお前ら仲良かった??
V、お前はDominantの友達いないんか??
完全四度と完全五度で友達だったんちゃうんか??
極めつけはこの「五線譜」や。
資料提供:音楽理論講座を開いてくれた友人の のぼるさん
「ド」の位置おかしいやろ!!一番下は許すとしても、オクターブ上の「ド」、お前はなんで線の間に来とんねん、オクターブごとにズレるやん???
だいたい、7幹音を選んだ時点で奇数だから「線の上と線の間で一個ずつ音程が上がる」とかやったらズレるのわかってたやろ???
しかも五線譜上では7幹音しか居場所が無いから、全全半全全全半……ってこれ見た目の距離と音程の距離違うんかい!まぎらわしいわ!
しかも、Aはドじゃなくてラだし、ト音記号はトの音=ソを基準にしてるし、もうお前ら一回話し合って誰が代表か決めといてくれや。
……とね、怒りに身を任せると雑な関西弁が出てくる(※北海道出身)んですが、既存の音楽理論が扱う数の表現は、どこをどう切り取っても数学的にヤバい定義しかなくって、これを数学的に扱おうったって土台無理なんじゃないか、と感じられるわけです。
五度圏との出会い
最近友人たちと好きなゲーム音楽を紹介し合う「Game Music Jam」というリモート飲み会を開催する中で、「五度圏」という概念と出会いました。
↑のサイトが詳しいですが、音階を完全5度ずつ上がるという形で並べると、隣同士はスケールの構成音が似ていて(右回りは#、左回りは♭が一個ずつ増えていく)、近くのスケールには転調しやすい、といった特性があるようです。
並びを見ると一見意味不明で、ド→ソ→レ→ラ→ミ→シ→ファ#/ソ♭→……と、普通の音程順とはまったく違います。
しかし、この五度圏、実はスケールや転調といった便利機能以外にも、なんかめちゃくちゃ嬉しい性質をたくさん持っていることに気が付きました。
この記事では、ここから自分で気がついたり、少し本を読んだりして知った音階と数学の関係を、わかりやすく紐解いていきます。
ここから何か新しい音と数の関係が見えてくるといいな……とも思っていたのですが、(そんなのは過去の偉人が既にたくさん試みているでしょうし)結局新しい理論や発見は無く、詳しい方にとっては既に知られている情報のまとめのような形になります。
私の勉強不足で至らぬ点があるかもしれないので、その際はご指摘いただけるとありがたいです。
五度圏の美しさ
五度圏では、白鍵と黒鍵が明確に別れます。
鍵盤上では、
白 黒 白 黒 白 白 黒 白 黒 白 黒 白 白
という謎の配列だったのに、この中からで「完全5度おきに音を取る」と、なぜか白鍵が連続して出てくる。この時点で何か運命のような、仕組まれたものを感じます。
次に、五度圏では、大事な名前がついている音が位置関係でわかります。
「属音」=「完全5度」が右隣に来て(五度圏だから当たり前だけど)
「下属音」=「完全4度」が左隣に来る。
鍵盤上だと、なんでファとソが「完全」で、属音とか下属音とか特別な名前がついてるの?というのがよくわからなかったのが、五度圏で見ると一目瞭然です。(※これは定義から明らかとも言う)
「トライトーン」と呼ばれる最も不安定な音が正反対に来て、
「導音」と呼ばれる最も主音に戻りたくなる音がその隣に来る。
このように、距離が遠い音は和声的な意味でも遠い、という直感的な性質を備えています。
そして五度圏では、Tonic,SubDominant,Dominantの役割も視覚化されます。
これも鍵盤上では「どうしてそこに役割があるの?」「どうしてそことそこが共通してるの?」というのがわかりにくかったものが、五度圏上ではキレイに隣同士に並びます。
資料提供:のぼるさん
さらにはコード進行で一般的に「Tonic→SubDominant→Dominant→Tonicと進みます」という覚えゲーの基本ルールが、この円状では「反時計回りに進みます」と、より簡潔な言葉で言い表せます。
このように、
1:白鍵と黒鍵の並び
2:属音や下属音などの大事な音
3:Tonic,SubDominant,Dominantなどのコードの役割
これらの鍵盤上ではわかりにくかった性質が、
1:連続している7音
2:右隣と左隣の音
3:反時計回りの進行
など、五度圏上ではより単純に言い表せることがわかります。
五度圏、すごい。これは鍵盤の並びを見るよりこっちを見たほうが「本質」をつかめるんじゃないか?という気がしてきます。
一体どうして五度圏にこのような性質が現れるのでしょうか。
7と12の関係性
なぜ完全五度が特別なのかというのを数学的に示すために、大切な事を宣言します。
「度数」を一旦捨てます。
「完全五度」と言うからにはこの「5」という数字に着目したいわけですが、しかしこの「度数」という概念が非常に厄介で、
・「白鍵上で5番目」というだけで、半音の個数と比例していない
・0度の概念が無く1度から始まるため、計算に使おうとしても1+1=1になってしまう
という困った性質しか無いので、一旦「5」というのは忘れて、単純に半音を0から数え始めて「7半音上がった先の音」が「完全五度」というところからスタートします。
こうすると、五度圏の「完全五度ずつ上がる」は「7半音ずつ上がる」に言い換えられ、九九の7の段が出てくることになります。
五度圏 =7の段 =0, 7, 14, 21, 28...
次に、オクターブ上の「12以上の数」を全部捨てます。
音階の話をするうえではオクターブ上の音も同じドならド、となるので、
1オクターブ上=12半音をゼロと見なします。数学ではこのような考え方を「12を法とする」と呼び、(mod 12)と表します。小学生にも伝わる言葉にすると、「12で割ったときの余り」とも言えます。
例えば7半音を2回上がった先はC→G→Dとなりますが、
7+7(mod 12) = 14(mod 12) = 12+2(mod 12) = 0+2 = 2
というように、数が増えてもmod 12(12で割った余り)を使うことで、0~11、つまりド~シまでの音階の中に収めることができます。
五度圏の並びを数学的に求めると、完全五度=7の段の数列を、オクターブ=12を法として計算していくことになり、0, 7, 2, 9, 4, 11, 6, 1, 8, 3, 10, 5という数列が得られます。
この数列を見ても規則性を感じるのは難しいかもしれませんが、下図のように見ると7ずつ上がっている所や、1つ飛ばしだと2ずつ上がる、という法則が見えてくるのではないでしょうか。
五度圏は「7」の段を「12」を法として作られることがわかりました。そこで注目したいのが、この7と12の関係性です。
円になる数列
実は同じ数字を足していって12種類全ての数が登場して0に戻るのは、7以外では(自明なものと、ここでは7と同じ意味になる5を除いて)存在しないのです。
↑公開当初、「7以外は自明なもの以外無い」と書いてたら「5は???」というツッコミが複数来たので、7に対して自明という言い訳はやめて素直に書くことにしました。
例えば
・2の段:6回目で12になる
・3の段:4回目で12になる
・4の段:3回目で12になる
ので、12=0となる(12を法とする)世界ではここで0からの数え直しになり、同じ数字(音階)のパターンしか出てこなくなります。ここまで聞いて7と12の関係性に気づいた方は数学的センスをお持ちだと思います。
12との最大公約数をNとすると、12/N回で12の倍数にたどり着きます。2なら12/2=6回、3なら12/3=4回、どちらも12とは(1以外の)公約数があるため、12個全ての音を通る前に12=0に戻ってしまうのです。
ところが、7は素数のため12との公約数を1以外に持ちません。数学の言葉でこのような性質を7と12は「互いに素」である、と呼びます。
・7の段:12回目でようやく12の倍数になる
ということで、別々の音を通って12回目でようやく元の音階に戻ってきます(抜け漏れなく12個全ての数が出てくる証明はここでは省きます)。
同じように互いに素である12以下の数は他にもいくつかありますが、
・1の段:これは自明ですが、0から1ずつ上がると12回で12にたどり着きます。半音ずつ上がる音階そのままです。
・11の段:これも、11 = 12-1 = -1 と見ると、半音ずつ下がる音階が出てくることがわかります。
・5の段:これも実は、5 = 12-7 = -7と見ることができ、五度圏を反時計回りに生成していることになります。五度圏の数列を後ろから見ると、たしかに0→5→10とわかりやすい5の倍数が出てきます。
というわけで、(半音ずつ上がる、下がるという自明な音階を除いて)一定間隔で上がっていって12音全てを通る円となるのは、この五度圏(とその反時計回り)に限られることが、数学的に示せるのです。
1と2だけから音律を導く
完全五度を繰り返すと12音階が出てくる、むしろそれ以外では12音階が出てこない……となると、「完全五度から音階が作られた」という順序である気がしてきます。そこで、私はすぐさま純正律の周波数比を調べました。
ひと目見てわかるとおり、G(完全五度)の音というのは、純正律の中でも最も単純な整数による周波数比(3/2倍)で表されています。
純正律とか周波数比ってなんぞや?という方向けに補足。
音は1秒間に空気の振動が何回来るかという周波数によって音程が決まります。周波数を2倍にすると音程が1オクターブ上がる、という関係があります。なので↑の表だと1オクターブ上のCが周波数比2となっています。
その間のレ~シの周波数比がどうなっているかというと、昔は「純正律」と呼ばれる、上図のような整数比で表せる音を選んで使っていました。整数比にすると、和音にしたときの響きに「うねり」がなく、キレイに響きます。
しかし、この整数比を使うと音と音の間の比率が一定じゃないという問題が生じてしまいます。CからD、DからEは同じ全音ですが、純正律ではCからDが9/8倍、DからEが10/9倍と、同じ全音でも比率が変わっているんですね。そのため、メロディが歌いにくかったり、移調や転調がしにくいといった問題がありました。
そこで現在では、和音の美しさを多少犠牲にしつつ、12音階を均等な間隔にした「平均律」が用いられており、「12回かけてちょうど2になる」比率=2の12乗根≒1.059(2乗根(ルート)の12倍すごいやつと思ってください)を半音の比率としてピアノなどの楽器が作られています。
なるほど、完全五度は最も単純な整数比で表せるから特別な音だったのね~
だけで話は終わりません。
そもそもなんで最も単純なのが「3/2」なんでしょうか。
2までなら許すけど、3がどこから出てきたのかわかりません。
数学徒はXとかΣとかπは好んで扱うくせに、数字は0と1と2しか扱いたくありません。3以上の数は「たくさん」なので、じゃあ5じゃダメなのか、7だと違うのか、など色んな疑問が出てくるのです。
そこで、この3/2というのをさらに単純な1と2だけを使って説明します。
ここに、弾くとCの音がする弦が一本あったとします。
これを1:1の所、つまり半分の場所で押さえると
波長が1/2倍 → 周波数は波長の逆数なので2倍
というわけでオクターブ上のCの音が出ます。
じゃあ、1:1の次に何を試すかと言えば、自然と1:2になるわけです。
この右側を弾くと、
波長が2/3倍 → 周波数は3/2倍
というわけでGの音が出ます。
周波数にすると3/2倍、でしたが、弦(または管)の長さにすると1:2の比率で押さえたときの音、となります。
ピタゴラスは考えた
開放弦の音(C)と、1:2で押さえたときの音(G)がよく響く、ということをピタゴラス(なのかピタゴラス教団の誰かなのか)が発見しました。歴史的にもこれと同様の発見をした人は世界各地にいるんですが、ピタゴラスはここから「ピタゴラス音律」を作ります。
ピタゴラス氏「1:1で弾いた音と1:2で弾いた音はよく共鳴するじゃん」
ピタゴラス氏「そこからさらに1:2で弾いた音もよく共鳴するじゃん」
ピタゴラス氏「オクターブ上がり過ぎた音は倍の長さにして調整して……」
ピタゴラス氏「なんか12回くらいやったら同じ音に戻るじゃん?」
ピタゴラス氏「あれ?12音階いい感じじゃね?」
ピタゴラス氏(なんかちょっと気になる所はあるけど……)
ピタゴラス氏「やっべ1と2から12音階できたわ、万物は数である」
※おおよそ妄想と脚色のみで構成された歴史感
てな具合で、まさに「五度圏」に出てくる音列と同じ順序で、12種類の音階を導き出したというのです!
ピタゴラスは近似した
さてここで、ピタゴラスは12音階が美しいのをいいことに、数学的に重大なことを脇においています。
先程「周波数3/2にするのを繰り返して同じ音階に戻った」と言ったばかりですが、ここには一つ矛盾があります。
・周波数3/2倍をN回繰り返した(五度圏を辿った)結果
・周波数2のM乗と同じ数(オクターブ上の同じ音)が出てくる
本当にそんな事があるでしょうか?簡単なので証明してみます。
(3/2)^n = 2^m
となる整数の組n, mが存在するはず。
両辺に2^nをかける。
∴ 3^n = 2^(m+n)
左辺は奇数だけど右辺は偶数になっている(雑だけどわかりやすい証明)。
∴ 矛盾。
つまり、周波数を3/2倍にしていってちょうどオクターブ上のCに戻るような都合の良い場所は……数学的には存在しません。
しかしこれはイコールにならない、というだけで、ニアリーイコール(≒、近似値)で良ければ探すことができます。
そこで出てくるのが、
3^12 = 531441
2^19 = 524288
という2つの累乗数のニアミスです。
比率を計算してみると
531441/524288 = 1.01364326477 なので誤差は1.36%。
まぁ……1%ならいっか!!ということで、ピタゴラスはこの1.0136...を1だと思い込むことにして、端数の部分を「ピタゴラスのコンマ」と呼ぶことにしました。
五度圏がすごい!美しい!ともてはやした割には、実は五度圏はピッタリ円として閉じてないのです。最終的に、Fの所がCに1/4半音くらいかぶってきます。1/4半音というと、結構な音痴ですよね。なので、歴史的にはこの誤差をどこに「しわ寄せ」するかで、いろんな試行錯誤があったようです。
ここは本で読んだことを引用しますが、ピタゴラスの音律から純正律、そして現在の平均律に至るまでに、いろんなしわ寄せ方法が試されています。
音律と音階の科学 新装版 ドレミ…はどのように生まれたか
小方 厚 著
平均律というのは結局「全ての音に少しずつしわ寄せして、不公平がないようにした」という形になります。
導かれしペンタトニックスケール
ピタゴラスが現在の音律の基礎を作ったような話になりましたが、実際はこの「1:2の比率で弦や管の長さを決めていく」という手法は地域や文化を問わずに普遍的で(この普遍性が数学の持ち味ですね)、東西に関わらずその共有点を見出すことができます。
「ペンタトニックスケール」という音階を聞いたことがあるでしょうか。「C, D, E, G, A」=「ドレミソラ」の音階なんですが、非常に耳馴染みがよく、わかりやすいメロディでよく使われています。
「上を向いて歩こう」ならド→ド↑レ↑ミ↓ド↓ラ↓ソとなるし、
「Amazing Grace」ならソ↑ド~ミ↓レ↓ド↑ミ~レ↓ド~↓ラ↓ソ~となります。
実はこの音階、7幹音の「4=ファ」と「7=シ」を抜いて作られているので日本では「ヨナ抜き音階」と呼ばれています。
さらに、これと同じ音階が古代中国でも開発され、日本へは奈良時代に「呂(りょ)旋法」として輸入されていたそうです。
こうした音階が実は、「五度圏で出てくる最初の5音を集めたもの」と言われると、なるほど!!となります。
数学という共通言語によって文化によらず自然と導かれるスケール、それがペンタトニックスケールでありヨナ抜き音階だったわけです。世界中で数と音に魅了された人たちが同じ「1:2」という比率を見つけて同じ音階を生み出す。音階の普遍性に数学的な裏付けが与えられるの、なかなかワクワクしませんか。
ちなみに、この話も先程紹介した書籍「音律と音階の科学 新装版 ドレミ…はどのように生まれたか」に書かれていました。
白鍵はどのようにして選ばれたか
12音階は五度圏から作られたとして、その中から現在のピアノそして音名の基準ともいえる「ドレミファソラシ」の7幹音はどのようにして選ばれたのでしょうか。
残念ながら、数学的な性質からドレミファソラシは自然と導かれません。白鍵はたしかに五度圏上では連続していますが、「左半分」とか「右半分」とも言えませんし、なんでBまで選んだのか、一個だけ反対周りでFを取り入れたのはなぜか?と言われると、そこに必然性はなさそうです。
白鍵となりうる範囲は、グレーゾーンがあるように思えます。
今でこそファ#のことを黒鍵として扱ってますけど、歴史が違えばファ#の方をファと呼んで、今のファが「ファ♭」と呼ばれる地位に陥落していてもおかしくないわけです。同様に、今の「シ」だって「シ♭」に白鍵の地位を奪われていたら「シ#」と呼ばれる世界線があってもおかしくないわけです。
実は、ピタゴラス音律から最初に作られたスケールでは、F#が含まれていて、今で言うリディアンスケールだったそうです。
「ドレミファ#ソラシ」と弾いてみるとわかりますが、少し悲しい雰囲気をまとっており、メジャー感がありません。
当時プラトンは『国家』3巻において、「悲しみや嘆きの歌は不必要で、こうした歌にメロディを与える高音リュディア調(と、混合リュディア調)は無用なもの」などと表現し、この音階を批判したそうです(プロパガンダの一種でしょうか?)。
訂正:私が読んだ本には↑のように解説されていましたが、複数の方から「プラトンの言う高音リュディア調は、リディアンスケールとは異なる」とのご指摘をいただいたので、真偽不明として取り下げます。
このように歴史的な経緯にも影響されて?現在の白鍵が選ばれたようです。今も世界各地で白鍵に縛られない多様なスケールが使われていることを考えると、7幹音の選び方にはもっと他の可能性もあったようにと思います。
3和音を扱う上での合理性
しかし、人類が「ピアノ」という革命的な楽器を生み出し、これを人間が5本指で弾くことを考えると、「3和音が使いやすい」という意味で、この並びは非常に合理的であると捉えることもできます。
最初はこの並びを見て「メジャーとマイナーごっちゃやん!トニックとかサブドミナントもごっちゃやん!」と思ったわけですが、実はメジャーとマイナーで分けて見てみると、とても使いやすい並びになっていることがわかります。
Cメジャーで重要なC,G,Fからの3和音はどれもメジャーコードになり、平行調のAマイナーで重要なA,D,Eからの3和音はどれもマイナーになります。
平行調について補足。
白鍵のドレミファソラシを、ドから弾き始めるとメジャー・スケールと呼ばれる明るい音階になるが、同じ白鍵をラから弾き始めてラシドレミファソ、と弾くとマイナー・スケールになります。主音をどこに感じるかで印象が変わるわけです。ドを主音とするとソが属音、ファが下属音ですが、ラを主音とするとミが属音、レが下属音になります。
こうして見ると、ちょうどCを中心とする属和音、下属和音はメジャー、Aを中心とする属和音、下属和音はマイナー、というまとまりができていることがわかります。
白鍵が今の並びでないとこのような3和音の構成になりません。もし、歴史が違ってF#が白鍵だったりB♭が白鍵だったりしたら、Gからの3和音がマイナーになったり、Fからの和音がそもそも黒鍵だったり、うまいこと「人間が3本指で簡単に弾けるコード」が使いやすくなりません。
現在の白鍵、ドレミファソラシは、数学的な必然性は無いけど、演奏的な合理性は高いと言えるのではないでしょうか。
「宇宙人の音楽」を考える
音楽は世界共通の言語、のようによく言われますが(いや文化によって違いすぎて全然ローカルじゃん、と思うことも多いけど)12音階で4/4拍子というのは人類の音楽でスタンダードになっています。
ところが、宇宙人の文明では音楽はどうなっているのか、想像をふくらませるとどうでしょう。果たして、同じような音楽を作っているのでしょうか?
そこで役に立つのが「数学」や「物理学」です。この宇宙のルール、さらには遍く世界のルールとして盤石な普遍性を持っているこれらの学問は、たとえ宇宙のどこに文化が現れようと共通しています。
おそらく宇宙人でも弦を弾けば音が出て、物理的に同じように整数倍の倍音が生成され、そしてきっと1:2の音が3倍波によく共鳴して響くことを見つけ出すでしょう。そこから同じように五度圏を導き出して12音階を作り出す可能性はそれなりに高いと考えることができます。
もちろん、これは人間の脳の容量や指の本数などから「12音階」とか「3和音」が認識しやすいというバランスによって成り立っている部分もあるので、人間よりも非常に認知能力の高い宇宙人であれば、53音平均律を操って16和音が弾きやすいような鍵盤を操っているかもしれません。
一方で、どんなスケールが一般的となるかは、宇宙人と地球人でまるで違ってくる可能性もあります。地球の中ですら地域性のあるスケールが存在していることから、宇宙人がリディアンスケールを弾きやすいようなピアノのような何かを作っていたりしてもおかしくありません。
いつか地球人と宇宙人が同じ12音階の中で、お互いのコード進行やスケールの違いに驚いて、お互いの音楽を学び合う日が来るのかもしれません。
著者紹介
じーくどらむす、こと岩本翔と申します。ゲーム業界でフリーランスとしてサウンドプログラマーをやっています。
noteでは「ゲームと音楽の関係性」という、インタラクティブミュージックに関する連載をやっていたりしました。
音楽とRPGを融合させたゲームを作っています。
北海道大学の理学部数学科を卒業しています。卒業研究ではカオス理論を使ってクラリネットの吹鳴モデルを物理シミュレーションする、みたいな古いYAMAHAさんの研究を再現したりしてました。
音楽のプログラミングは得意なのですが、打楽器しかやってこなかったため音階やコードについては最近ようやく知識をつけてきた程度です。これを機会に色んな知識を得られると嬉しいです。
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