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学びに使える時間の短さ

先日、ある中学生とマンツーで対話する機会があった。

その子は成績の悪さに悩んでいた。

「どうしたら良くなるのか」

僕は素晴らしいと思った。

なまじ勉強ができると、「何か」や「なぜ」を考えない。

勉強とは何か

学ぶとは何か

頭が悪いとは何か

人生とは何か

死とは何か

勉強ができると、そういったことを自らに問う機会がない。

考えなくても勉強ができてしまうからである。

しかし彼は自分自身を見つめ、

どうすれば改善できるかを考えている。

僕はその辺の成績が良い子より

断然素晴らしいと思った。

そして、自らでは解決策が湧き上がらないため

大人にも問うてくる。

中学生で大人に中々本質は問えない。

大人でも逃げ出す。

だから僕は一緒に考えた。

勉強とは何か

学ぶとは何か

結論的には、一つの答えなんかない。

答えがないからこそ考える。

もっと深く考えたいから学ぶ。

それが「頭が良い」ということである。

一生はその繰り返しである。

だから答えなのない対話をする時間が大切だ。

そして僕はそういう話が大好物だ。

その中で

「どうして子供のうちに勉強したほうが良いの?

大人になってからもできるんでしょ?」

という話になった。

子供のうちに勉強した方が良いメリットは色々とある。

脳が柔らかいから記憶が定着しやすい、とか。

もう一つ、僕は「学べる時間」についても話した。

自分が自由に使える1日の時間が「24」としよう。

あなたが生まれた時。

あなたの周りには親はもちろん、

家蔵やその他のたくさんの大人がいる。

これはあなたを死なせないために

たくさんの他の人間が

あなたに時間を使ってくれている。

数値だと500とか1000とかになるかもしれない。

あなたが幼稚園、小学校と進み

ひとりで様々な事柄をするように言われるようになると

その数値は段々と減る。

変わらずだけ親だけは、

あなたに生物学的「餌」を与えるため仕事をする。

つまり、あなたの生命維持するための時間を

あなたの代わりに親が使ってくれている。

だからあなたの時間はまだ24から減らずに済んでいる。

学校の時間をどう考えるかだが、

ここでは「学ぶ時間」として考えているので

自分の時間としておく。

高校、大学とバイトをする必要が出てくる人もいる。

そうすると徐々に減り出す。

そして社会人になると、

仕事として

自分自身で生きるための餌を調達することになるため

一気に学びの時間は減る。

仕事に疲れ、毎日を疲弊し

新しい学びをする気力もなくしてくる。

そして

結婚、子供が産まれると、

あなたが親から与えてもらった時間のように

あなたも子に時間を使うことになる。

毎日の世話

病気の看病

学校の会合

どんどん自分の時間は減る。

そしてあなたの親も年老いると

あなたが介護することになる。

さらに時間は減る。

子供も独り立ちし、

親も亡くなり、

あなたの時間が戻るかと考えると、

地域や社会に対して

返すことを求められたりもする。

自分自身も老い、

体の自由もきかない

病気もする

気力も湧かない

など、

若い頃のようにスピーディに動けない分

効率的に時間を使えなくなる。

そして、いつかは0になる時が訪れる。

もちろん上記が全てではない。

でもこう考えると

いかに自分の時間を自由に使える時期の少ないことか。

もちろん今勉強することが全てではない。

しかし時間は砂時計のように

少しずつ、しかし着実に減っているのは

紛れもない事実なのである。

それを知った上で

どう行動するかは、あなた次第。

僕は親でもない他人のおじさん。

拘束力もないし何者でもない。

だから全部自分で決めればいいさ。

悔いのないように。

彼がその後どうなるか

僕はとても楽しみにしている。

またの対話が待ち遠しい。

成績というパラメーターでは測れない

素晴らしさがあることを

彼から僕は感じた。

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