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日本語教師は忙しい③

 以前「日本語教師は忙しいシリーズ」を②まで書いていて③を書くのを完全に忘れていた。別に書かなくても誰も興味は持っていないだろうが、「日本語教師は忙しい②」というタイトルにも関わらず真冬に裸で三線を弾いたという内容のまま終えてしまうと、私が支離滅裂で変態だという印象すら持たれ兼ねない。勿論それは誤解であって、正確には変態で支離滅裂なのだ。何事も順序は大切で、かの田中邦衛氏は「食べる前に飲む」と言っておられた(引用元:大正製薬) これが飲む前に食べてしまったら大問題になり、北の国からミサイルが飛んでくるかも知れない。それほど順序は大切なのである。それはそうと、このシリーズの前回の記事は2019年の12月に書いたようだ。かれこれ5か月以上経ってしまっているので、内容をかいつまんで紹介したい。

(前回までの話)
なぜ人は完全を表すのに2000年前バビロニア人により考案された六十進法ではなく100という数字を活用するのか。そこには指数による表示をより簡潔にする為の人類の叡智の結晶である十進法の存在が深く関与していたのだ。

大体こんな感じだったように思う。え?真冬裸三線?いいではないか過去の事は。私は過去は振り返らない主義である。そもそも私レベルになると振り返らなくとも、過去が向こうから追ってくるものなのだ。偶に追いつかれ枕を顔を埋めて「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」とか奇声を上げる夜も多いのだ。まあ兎に角だ、当校のような辺鄙なところにある弱小無名校が毎年進学率100%に近い数字をたたき出しているのは学生募集に力を入れているからで、それが忙しさの理由にもなっている。今日はそれを紹介したいのだが、何しろあの手この手を尽くして募集をしているので、あくまでも私が把握している範囲でお話ししたい。それですら広大な範囲に及ぶので、取り敢えず募集方法を以下の3つにカテゴライズする事にした。

1  こちらから出向く
2 こちらへ来てもらう
3 その他

因みに前提知識として ①当校は日本で言う高専にあたる五年制の学校なので、その対象者は中学生である。②当校が言うところの『黄金の2週間』という期間がある。確か5月の下旬から6月にかけてである。台湾では高校入試も大学入試も日本で言うセンター試験の結果のみで決められる。そのセンター試験がちょうど5月の頭に行なわれ、5月の中旬頃に結果がでる(のだと思う。正直よく分かっていません)そして、その『黄金の2週間』で進路を決めるのである。いわば最後のプッシュ期間で、我々現場の人間は『地獄の2週間』と呼んでいる。後ほどカテゴリー1の『こちらから出向くもの』の詳細を紹介するが、この2週間は全国津々浦々を回るのだ。私も去年は2週間、殆ど学校には行かなかった。ほぼ営業マン状態だったのである。さて詳細をご紹介しよう。

1 こちらから出向く

A 博覧会
 いわゆる進学フェアってやつで、全国各地の中学校で開催されている。各校ブースを出すにあたって余裕がある時は4学科ぐらいから先生が来、更には生徒も手伝いに来てくれて華やかなのだが、地獄の2週間の期間に関してはそんな余裕もなく、私も度々一人でブースを出させられた。ある日、台中という嘗ての故郷まで車で二時間以上かけて行ってきた時の話だ、会場には私の嘗ての職場もブースを出していたのだが、こちとら遠路遙々やってきて一人であくせく働いてるのに、古巣にいたっては事務員らしきおばちゃん4名が裏にこもってぺちゃくちゃお喋りに花を咲かせていた。私は命がけで北の国(田中邦衛氏がいない方)に潜入する記者よろしく、スマホを見えない位置にセッティングし、通りかかるフリをして4名の淑女を激写、すぐさま嘗ての同僚兼飲み仲間で、今や片足を経営陣に突っ込むほど出世した元美人事務員に写真付きでlineした。因みに「元」美人事務員と表記したのは、今が全然美人じゃないという意味ではない。早とちりしてはいけない。今は美人ママになったのだ。美人ママといっても水割りを作ってくれる系のママではない。繰り返すが早とちりしてはいけない。彼女は今や一児の母なのだ。兎に角だ、そんな彼女にlineでこのように伝えた。

「貴校の事務員さんですが、ブース出しっぱなしで一切働いておりませんよ」

勿論これは古巣によくなって欲しい親切心からの報告なのだ。決して遠路はるばる車でやってきて、一人で中学生相手に無視とかされながらビラを配っている腹いせに行なったわけではない。暫しして彼女から以下の返信があった。

「当校は貴校と違い、学生募集なんてしなくても毎年定員に達してるのでお気遣いなく」

腹いせするつもりが、逆にイライラが溜まったので、私は自分の親切心から来る密告を酷く後悔した。因みにその学校では現在アベ・ワンコ閣下(@jptwabe)が教鞭をとっているので、後日その話をすると「ははは」で終わった。流石犬である。以下は当日のフェアを上から撮った写真。

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B 教室内での宣伝活動
 私が知る限り地獄の2週間の期間限定なのだが、実際の教室に入って宣伝活動をするのだ。どうも台湾では普通に行われている活動らしく、待合室では他の学校も来ていたりして対抗心メラメラ…ってな事もなく、和気あいあいと情報交換をしたりする。ただ台湾南部の場合、別の学校から来ている先生が元同僚だったりするらしく、大体決まって「今の学校は以前より楽で助かってるよー」と言った会話になり、以前の学校、つまり当校なのだが、私の現同僚たちが若干対抗心メラメラになったりもする。因みに看護学科を始めとする医療系の学科に多い。1人1教室に入り25分から50分(学校によって違う)宣伝を行うのだが、勿論丸投げで「なんか宣伝して来い」と言われるだけ。そういやある時同じ中学校になった当学科主任から「どうせTAKA先生の事だからパンフレット渡して『お前ら自分でこれを読め!』とか言ってるんでしょ?」と言われたが、なぜ分かってしまったのだろうか。因みに正確には「お前ら中国語読めるだろ?パンフレット中国語だから他学科の紹介は自分で読め!今からうちの学科だけ宣伝するぞ!」だ。以上AとBが地獄の2週間には集中する。以降は通常、つまり年がら年中行われている募集方法だ。

C 体験クラス
 日本語学科だけで行くこともあれば、他の学科と合同で行く場合もある。単独で行く場合は、その殆どが車で片道60分以内の学校になり、大体は学生を伴って行く。多かったのは浴衣体験や将棋などで前者は当校学生達が中学生に浴衣を着せてあげるのである。当学科では一年次の日本文化で浴衣の着付けを習うのだが、課題で20人以上に浴衣を着せなければならない。学校だけでは足りないので、皆この機会にボランティアとして参加し、中学生に着せてあげて点数をもらうのだ。それにしてもよく考えられたシステムだ。できればその情熱を日本語教育にも向けてほしい。因みに他学科と一緒の場合だが、例えばレントゲン技師学科だと超音波の機器を使い自分の血管や内臓を見るというもの、歯科技工士学科だと義歯作り、幼児保育科は簡単な手芸だったり内容盛り沢山の中、日本語学科と言えば剣玉の体験会なのである。完全に見劣りするのだが、中学生には何故か当学科のが一番人気だったりするから不思議だ。私は元々剣玉は出来なかったのだが、何度も体験会をした結果、超スローの『もし亀』ぐらいは出来るようになり、披露するとヒーローになれるのだ。しかし、そんな時に決まって剣玉ガチ勢みたいな憎き中学生が現れ、一瞬で面目を潰されまくる。そういう意味ではガチ勢はウチの学科に向いてるのかも知れない。なにせ周りの連中は私の面目を潰す事にかけては天下一品なのだ。いや、向いているのだろうが出来れば入学して来ないで欲しい。これ以上面目キラー増えたら私はカオナシになってしまう。

D萌え写真
 
うちのアイデア主任が余計なサービスを考えてくれた。当校には何十着と浴衣があるのを悪用して近隣中学に『卒業式前に浴衣を着た集合写真を撮りませんか。優秀なカメラマンと着付けスタッフを派遣しますよ。もちろん費用は無料です』ときたもんだ。そしてそのイベント名が『萌え写真』なかなか香ばしいネーミングである。小学校を優秀な成績で卒業した方にはもうわかっていただけるだろうが、ここ言う『優秀なカメラマン』とは我々教師であり『優秀な着付けスタッフ』とは学生ボランティアである。一眼レフ片手に各中学校を回っていると、もはやそろそろ自分の業務内容がなんだったのか思い出せなくなってきたのだ。このまま忘れすぎて第二の篠山紀信となって綺麗な女性のヌードでも撮れたらよいのだが、次の瞬間、優秀な着付けスタッフを自称する武闘派の女子学生に殴られる未来しか見えてこないので夢は夢のままの方がよいと悟るにいたった。

E お年寄りサークルの支援
 これに関しては地域社会への貢献という大義名分のもと、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』の諺よろしく、おじいちゃん、おばあちゃんに当校をアピールすることで孫に当校をプッシュをして頂こうという打算もあるようだ。因みに私も何度か自身がやったこともないゲートボールを教えに行った事がある。何故か大人気になり、帰り際には「また来てねー」と声を掛けられまくった。昔からお年寄りと子供の中で、わたしはマット・デイモンより人気があるのである。なにしろお年寄りも子供もマット・デイモンを知らないからだ。そう言えば一度ゲートボールを教えに行った際、数時間後に学生から「先生の事がFacebookに出てるよー」と画面を見せられた。そこには近隣の大学からボランティアで来てた学生の投稿で「わたしは今日、日本から来たプロの教師が持つ圧倒的な存在感を目の当たりにした。その先生がお年寄りたちの前に立っただけで、皆、惹きつけられ、その後は独壇場だった」と今まで一度も浴びたことのない称賛を頂いたのだ。惜しむらくは、私はゲートボールの講師でもなければ、お年寄り対象の教師でもなく、更には当校の学生に誰一人として私を称賛する者がいない事である。

F スピーチ 
  何度か依頼されて行った事がある。近隣の場合は学生を伴い通訳をさせる。これには『うちの学科に来たら、こんなに日本語が流暢になりますよー』という狙いがあるのと、単に日本語を聞く機会もないだろうから興味を持ってくれるかな?という想いもあるのだが、問題点もあったりする。それについては次回に紹介したい。因みに遠方へは一人で出向き中国語でスピーチをする。こう見えて評判も良いのだ(自慢)

G サークル支援
 最後のサークル支援を紹介する前に、台湾では日本ほど盛んにサークル活動が行われていない。日本以上の詰め込み教育で、朝の8時から夕方の5時まで授業が詰まっているので、サークルは多くとも週に2回、通常だと週1回、しかも1時間から多くても2時間程度なのだ。そして帰宅部は認められておらず、生徒は必ずサークルに所属しなければならない。つまり膨大な数のサークルを用意する必要があるのだが、自前の教師では賄えない。そこをいやらしく突き「当校の講師を無料で派遣しますよー」と営業をかけるのだ。お陰で当学科も全ての専任講師が毎学期、一校ないし二校のサークルを担当する事になる。私も毎週金曜日の午後は車で片道40分ほどかけてサークルの講師をしてくる。さて昨日も行ってきたのだが、今担当している中学のサークル名は…知らない事に今になって気が付いた。なにせ毎回、よくわからんサークル名がつけられているのだ。まあ内容は日本に関する事全般で、昨日は将棋を持って行った。人数分将棋を配り、ルールを説明して、「さあ、やってみろー」 そこで一人の男の子に気が付いた。彼は引っ込み思案でいつも誰かの傍に一人ぽつんと立っている。「おい、お前こっち来て俺と対戦しようぜ!」と声を掛けたら、とぼとぼとやってきたのでいざ対局。因みに飛車が足りなかったので私は飛車落ちでスタート。強者としての余裕である。対局が始まり、いまいち駒の動かし方に慣れていない彼を指導しながらの対局は、さながら自分が名人になったようで気持ちがいい。と思ったのは最初の10分だけだった。なんだかどんどん強くなっているのだ。飛車落ちとはいえ(大切なので太字にしました)めちゃめちゃ押されているのである。君の前に対局した女子生徒を見習ってほしい。飛車落ち(大切なので繰り返しましたし太字にもしました)の私にきっちり5分ほどで瞬殺され、「先生すごいー」と尊敬の眼差しで見てくれていたではないか。目の前の敵はあらゆる可能性を考えながら指してくるのである。最後の方は防戦一方だった。前学期に担当した学校(二時間)と違い、今学期担当のサークルは50分なのだが、昨日ほど一コマだけで良かったと思えた事はない。二コマだったら確実に負けていた。こんなことなら対局前に「初心者は先輩を敬って飛車落ちにするんだよ」と彼の方を飛車落ちにするべきだった。私の親切心が完全に仇となってしまったのだ。こういう甘さと優しさが私の弱さでもあり魅力でもあるというのを、看護学科の副主任(前回記事参照)には知ってほしいところなのだが。そして対局は私の防戦一方で(全然大切じゃないので太字にしません)なんとか時間切れとなった。しかしそこは年の功、私は自分の不利を悟られないよう、そしてあわよくばワザとであったと思ってもらえるよう、彼にこう言った。「お前、なかなか筋がいいぞ」 さてサークルも無事終わり、帰る段になり、普段なら無言で出ていく彼が「先生さようならー」と声をかけてきた。私は再度、自分に余裕があったように思わせる為のダメ押しとして、「今日は決着がつかなかったから、また来週も対局しような」と伝えた。彼は嬉しそうに「将棋って初めてしたんですけど、楽しいですね。家に帰って研究してみます」と言った。勿論私は教師であり、そして強者であることから、彼に

「おう、一週間思いっきり研究してこい。来週また胸を貸してやるから、思いっきりぶつかって来い」

と伝えるつもりだったか、日本語→中国語への切り替えが上手く出来ず、出てきた言葉は

「お前研究なんてするなよ。俺来週負けちゃうじゃねーか!」

だった。中国は難しいなと感じた一日でもあった。そして将来、彼が将棋に興味を持ち続け研鑽を重ねた結果、日本で天才棋士としてデビューする可能性も考慮した上で、日本語を少しずつ教えようと思う。先ずは「僕の今日があるのも全てTAKA先生のおかげです」 この一言を毎日練習させようと思っている。ああ、それと名人戦などの獲得賞金の分配比率も先に決めておこう。それと来週までに飛車を探してくるか、他のセットから飛車を持って来よう。そして今から将棋連盟にかけあって『前回飛車落ちで対局した勇者は次回飛車を二枚最初から使える』というルールに変更してもらう事も忘れないつもりだ。もちろん彼が将来『台湾からやってきた天才少年棋士』としてデビューした際には、『彼の才能を発掘し育んだイケメン師匠』として私もデビューするつもりだ。(日本語教師は忙しい⓸に続く…かも)


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