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忙しさの回避術③

かくして某機関の最終面接へ挑む事になった私だったのだが、一つ大変気懸りな事があった。それは合格通知に添えられていた以下の一文であった。

ご存じだとは思いますが当機関には長期休暇がありません

そんな事は勿論存じ上げていらっしゃらない私は酷く狼狽した。何せ以前の記事でも書いたように、長期休暇をこよなく愛しているからだ。

とは言え今更『じゃあ辞めておきます』とも言えず、一抹の不安を胸に最終面接の日を迎えたのだった。面接は時勢もありウェブで行なわれた。数名の面接官の前で簡単な自己紹介と事前に与えられていた課題での模擬授業を終え、質疑応答の時間となった。先ずは大変上品そうな女性の面接官が口火を切った。

ご存じの通り当機関には長期休暇がなく…

いきなり問題の核心に迫ったので、この機を逃すまいと業務内容などの無駄な質問は一切避け、①長期休暇の有無 ②勤務時間 の2点のみに質問を搾った私に、件の上品な面接官は大変申し訳なさそうな表情を浮かべ回答してくださった。その内容は守秘義務もあるので詳しくは書けないのだが、いずれにせよ回答を聞いた私が戦慄したのはお伝えせねばなるまい。と言うのも、どう考えても今の職場より遥かに休みが多かったからだ。

その後、業務内容など、さして興味のなかった話題になったのだが、困った事にそれも大変興味深いものだった。かくして本来あった

「合格してから行くか行かないか決めよう。でも自分で応募しておいて断るのは失礼だな」

という悩みは、

「どうすれば今の職場に離職を告げる際に残念がられるだろうか」

という悩みに変わった。なにせ私が離職を告げると喜びそうな同僚しかいないのである。

取り合えず、それからの一週間は同僚たちに残念がられるべく仕事に勤しんだ。そして待ちに待った結果を受けたのだが、そこには…

今回は大変多くの方から応募がありました。厳正なる審査をした結果、補欠合格となったので、あと一週間待っててね。

という喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないもの内容が書いていたものの、万が一の合格を信じ、そして兆が一の離職の際に残念がる同僚の姿を信じ、更に一週間仕事に集中した結果、いわゆる「お祈りメール」を頂戴した。誰かが自分の為に祈ってくれるのは大変ありがたい話なので心が温かくなった。

そしてその温もりが覚め始めた頃、私の胸に去来したのは「某機関(と書くと日本語教育で有名な某機関を思い描くであろうが、これは『台湾の』国家機関なのである)で働きたかったな」という想いと、「八方雲集の餃子にも飽きたし今晩なにを食べようかな」という悩みだった。

かくして望みは絶たれたのだったが、常に複数のプランを準備するのが一流の流儀なのである。私はAプランの「転職」から、B定食の「今の学校で楽する」へと心の舵を切りなおしたのだった。

実はBセットは以前から着々と準備を進めていたのだった。というのは今の職場にいる限り ①膨大な事務作業 ②キ〇エンス並みの営業活動 は避けられないものの、③授業準備 ④担任業務 には改善の余地があったからだ。私は先ず③を改善すべく、来学期の授業には極力準備の不要なものを選んだのだったが、カリキュラム担当の同僚にいち早く察知され、一つの授業を差し替えられていた。鬼の所業である。

そして④なのだが、これは策を打たなくても自動的に解消されたのである。というのも担任をしていたクラスが今年度を以って卒業したからだ。今度は新一年生の担任かというと、そうではないのである。

というのも本来、担任業務はその激務故に外国人である日本人にさせると必ず一年で辞めていったという悲しき過去があり、以来全ての学級担任はネイティブである台湾人が引き受ける事になっていたのだ。それが二年前、担任の引き受け手がなかった事もあり例外的に私にお鉢が回って来たのだった。

そして受け持ったクラスが無事に卒業した事に加え、二年経っても私が辞めなかった事で本来の目的が達成できなかった事もあり、日本人である私が学級担任を務めるという超法規的且つ非人道的処置が解消されたのであった。

かくして私は気持ちを切り替え、来学期からの人生を楽しむべく新しい趣味を始める事にした。それがキャンプだ。幸い私の住む地域は山や海が近く、キャンプをするのに不自由しない。もっとも女性やお金、社会的地位や従順な学生には不自由しかしていないのだが、そんな事はどうでも良かった。自然と戯れるキャンプという新しい趣味は私の心を熱くし、仕事そっちのけでキャンプの情報を集める事にした。なにせ既に

「離職の際に同僚に残念がられる」

という目標が消え失せた上に、キャンプなんて30年近くしていないので、何をどうやって初めて良いかも分からないからだ。幸い21世紀は情報化社会なので、望んでいた情報はすぐに手に入った。それからというもの、私は寝食を惜しんで、妙に胸元が強調された女性のソロキャンプの動画を見続けた。もちろん情報収集の為だ。お陰で必要なキャンプ用品や技術の事は全然分からずじまいだったが、その女性が肌寒い季節でもパーカーなどを上から羽織り、常にタンクトップの胸元を強調している事はわかったのだった。

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