齋藤飛鳥と“普通”の存在


本を読んでも、普通がわからない。

これは、13歳でグループに加入して以来、7年間“アイドル”を全うし続けている20歳の女の子の言葉だ。

普通の人が学ぶであろうことを学ばずにきたというか。若いうちから乃木坂に入ったっていうのもあるかもしれないけど、どうしていいかわからないなっていう時に、その選択肢の一つが本を読むことだったりする。でも、本を読んでもわからない。 (20th 選抜発表より / 齋藤飛鳥)


普通の少女が当たり前に経験するはずのことを知らない、特異な存在。それがアイドルなのだと、気付かされた瞬間だった。


齋藤飛鳥を語るにあたり、重要な人物となるのが橋本奈々未だ。


乃木坂に加入するまでは、いわゆる“普通”の女の子だった。地元北海道で生まれ育ち、大学進学と共に上京。そして乃木坂46と出会う。

奨学金を貰い美術大学に通い、学費や生活費はアルバイトをして賄っていた。初期の彼女のトレードマークだったショートカットは、美容院代を浮かすためにカットモデルをしていたから。そんな普通の女子大生が、アイドルである乃木坂46のオーディションを受けた理由。

「ロケ弁が貰えるから」


そんな橋本に、飛鳥は懐いた。



はい、懐いてますね。


時に姉のように甘える相手として、時に相談相手として、時に憧れの存在として。
普通がわからない女の子が、誰よりも普通の感覚を持つ橋本に憧れ、好意を抱いたのは必然だったのかもしれない。

自分が理解できない、経験できない普通の十代としての生活を送り、普通の女の子のように、母からの言葉を人生の一つのきっかけとして、グループを卒業していった。
そうして芸能界を去った彼女は、乃木坂46というトップグループに属しながらも、普通の女の子であり続けようとしていたのかもしれない。

彼女が持つ“普通”こそが、飛鳥にとっては眩いほどに輝いていたのだろう。


そんな彼女と入れ替わるように乃木坂へ加入してきた、もう一人の“普通”の存在がいる。

大園桃子だ。

鹿児島県の田舎で生まれ育ち、原付で通学。3期生として乃木坂に加入して3年が経つ今でも、鹿児島訛りの残る方言で独特なトークを展開する。
一期生に初めて挨拶する際には、緊張で涙が溢れ過呼吸に。

そんな彼女は、自分をアイドルではないと語る。


「うーん。桃子はアイドルじゃなくて人なんですよ。
―どう違うんでしょうか?
たぶんですけど、アイドルは自分が描いてるキラキラした理想像に自分を寄せていくことだと思うんですよ。
―なるほど。大園さんは寄せていないと。
だって、桃子には理想像がないから。桃子は乃木坂46で一番一般人に近いと思うんですよ」
(2018年 Top Yellより)

大人になるためには気持ちに抗わなきゃいけないけど、桃子は素の自分でいちゃうから、否定されたら素の自分を否定された気になる。自分という存在がアイドルじゃないんだと思ってしまう(いつの間にか、ここにいる / 大園桃子)


一番一般人に近い。


これこそが桃子を形容するに最も近い言葉かもしれない。
そんな桃子を、「一番素を見せられるメンバー」として選んだのが飛鳥だった。


トップアイドルグループの主力メンバーでありながら、普通の女性であった橋本奈々未に惹かれたように、桃子の持つ普通に拠り所を見出しているのかもしれない。


乃木坂46 二作目のドキュメンタリーの中で、桃子は「乃木坂も悪くないなって思った」と飛鳥に告げる。

普通の少女として思春期を過ごしてきた桃子の、加入後からの葛藤が現れた言葉だった。

当たり前と思っていた時間も、人とのつながりも、なくなってしまった。

そのことに揺れ動かされていた“普通”の存在が、自分が10代の時間を費やした乃木坂46を「悪くない」と言ってくれたこと。
このことは飛鳥にとってどれほどの意味を持つのだろうか。

涙を流す桃子を抱き締め、あやすように背中を撫でた。
桃子に笑顔が戻り体を離した後、少し距離を取り、飛鳥も静かに泣いた。




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