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武術・格闘家のための高校物理(入門編)

 早速ですが、皆様は高校生の頃に物理という科目のことが好きでしたか?

 おそらく、この記事を読んでくださっている大半の方々は「嫌い」あるいは「物理はマジ意味不明」「韓国の高校でテコンドーしかしてなかったらから未履修」とお答えになることかと思います。

 中には「好きだ」「得意だった」とお答えになる方もいらっしゃると思います。というか、こんな記事をわざわざ読んでるのですから、案外「好きだ」「得意だった」という方の方が多いのかもしれません。

 ただ、世間一般的に見れば物理が苦手だったり嫌いだったりする人の方が多い筈です。

 このノートでは、そんな嫌われている物理をドロドロになるまで噛み砕き、武術家・格闘家の方に向けて最低限知っておいて頂きたい事に集中して説明させて頂きたいと思います。

 教科書に書いてある事をそのまま書くならば「教科書読めよ」って話になるので、私なりに噛み砕いて説明させていただければと思います。

この記事でお伝えしたい事。

 最初にこの記事を通じて皆様に解説させていただきたい事を列挙させていただきます。思いっきりネタバレですが最初に流れが分かった方が読んでいて理解しやすいと思いますのでご容赦ください。

・武術や格闘技界隈では物理学が誤解されて用いられている事が多い!

・物理学での「力」とは一般的な日本語の「力」の意味と乖離している。

・物理学での「力」は物体が外部から受ける作用で、物体の運動が変化したり、形が変化する原因を指しており、それ以上でもそれ以下でもない。この概念は感覚と反しており、理解しているつもりでも間違えがちである。

・(物理学的な)「力」について知ることで、物体が「いつ」「どこに」「どのような様子で」存在するのかを予測する事が出来るようになる。

 ネタバレした状態で映画を見るような物ですが、登場人物の多い映画ではWikipediaなどで予習してから入った方が分かりやすい事が多いと思ったので最初に「まとめ」させていただきました。。

物理学とは自然科学を数学を使って説明していく学問

 実は物理という学問、あまりに難解なので、大学入試の問題は答えが解ける様に作問者の大学教授は丁寧に丁寧に条件を設定してくれています(大学入試の物理は時に摩擦や空気抵抗を無視したり、平らな斜面や質量の無い滑車や紐など、日常生活では決してお目に掛かれない様な単純化されたモデルを対象にしています)。

 したがって、例え東大や京大、東工大の様な国内トップクラスの難関大学の入試問題であっても、実際の格闘技やスポーツの様な複雑な条件に応用するよりも遥かに容易な条件なのです。参考までに東工大の入試問題の中から力学(力と運動の関係について知る分野)の問題を貼っておきます。

 この難関大学の入試問題で扱ってる物体の運動自体は格闘技の打撃よりも遥かにシンプルである事が問題の図だけ見ていただければ十分にお判り頂ける筈です。(格闘技の打撃はきちんと追求すると、関連している筋肉や骨の数はこの問題で扱っている物体の数を遥かに凌駕し、さらにその筋肉や骨は相互に作用し合っています。実に複雑です)

 つまり、生半可な知識や理解で物理学を用いた解説に手を出せば、折角の武術的に正しい動作・格闘技的に正しい動作であったとしても、似非科学の仲間へと転落してしまうのです。本当に心から尊敬できる素晴らしい技術を持った武道家の皆様がこの罠に陥っている著書を私は今まで嫌という程見てきました。

 無理して物理学的にこじつけた説明などしなくとも、素晴らしい技術は素晴らしいのです。

 物理学とは自然科学を数学を使って説明していく学問です。

 数式で武術や格闘技を語る必要が何処にありますか? 第一、世の中の全ての説明に数式は必要ですか? 不要な事も多いですよね?

 それでも万が一、物理学的に説明が欲しいならば、せめて物理学をきちんと修めた人間をきちんと監修につけて欲しいのです。武術が素晴らしい物である様に物理学も素晴らしい学問であり、武術の深淵と同じ様に非常に深いのです。

 今回のノートでは、武術や格闘技を物理学を使って説明する上で理解していなければいけない事をまとめていきたいと思います。皆様の武術・格闘技生活がより豊かなものになる一助になれば幸いです。

原理が大事! あの名著「跆拳道」すら間違っていた!?

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 こちらは「跆拳道 韓国の国技」という昭和58年発行の古い本です。WTFテコンドーがソウル五輪の種目に選ばれる5年も前に書かれた本であり、著者の一人である李奎珩先生は後に韓国国技院という韓国テコンドーの総本山で理事長となります。その素晴らしい指導者論は以前、別の記事で紹介させて頂きました。

 そんな素晴らしい先生が書いた本ですが、残念ながら李師範は物理学は専門外だったらしく、残念ながら間違った記述が並んでいます。

 効果的な力と技の使用法は、「力はどのように生成され、どのように発揮され、どのようにして最大の効果を得られるのか」を科学の原理に立脚し、研究することによって初めて生まれるものなのである。

 まず、本の中で李師範は上の様に述べられており、科学の原理に立脚して研究する事が大切であると仰られています。

 自然界には、重力、弾性力、摩擦力、磁力、電力、慣性力など、色々な力がある。

 いきなり、重箱の隅をつつく様で恐縮なのですが、電力は力とは別物であり、電力という別の物理量※になります。実は物理学でいう力というのは一般的な日本語で用いられている力とは全く意味が異なります。武道や格闘技・スポーツの世界で「力を込めろ」という指導方法や日本語が幾ら正しくても、これは物理学の定義する力とは別の定義を持った力なので、この力に対して物理学の諸原理を適応する事は出来ません。

※『物理量』 物理学で扱われる変数。長さ・質量・時間・電流などの量や、それらの演算関係から定義される量。

武道用語や日常用語としての力を物理学用語の力に対応させて物理学の公式を用いる事は非常に危険が伴います

 例えば、辞書で「力」と調べてみましょう。

ちから【力】
1 人や動物にもともと備わっている、自ら動き、または他の物を動かす働き。体力。「筋肉の力」「あらん限りの力を出して戦う」
2 物事をするときに助けとなるもの。助力。「先輩を杖とも力とも頼む」「金の力で政界に進出する」
3 ききめ。効果。効力。「彼の発言には大いに力がある」「薬の力でせきが止まる」
4 学問・技芸などの能力。力量。実力。「国語の力が不足だ」「まだ翻訳の力が足りない」「力のある選手」
5 影響力。権力。「親の力で就職する」「力の政治」
6 腕力。暴力。「力で事を解決する」「力に訴える」
7 気力。迫力。「力のある文章」「力なげに答える」「力が抜ける」
8 努力。骨折り。「力を尽くして平和に貢献する」「医師の力で全治した」「力を惜しむ」
9 資力。財力。「娘を大学にやる力がない」
10 物体の静止あるいは運動している状態に変化を起こさせたり、物体に変形を生じさせたりする作用。大きさはベクトル量で表され、単位はニュートン。力の働きかたの違いによって、弾性力・摩擦力などに区別される。重力・電気力・磁気力などは場の力とよばれ、原子核の内部の粒子が及ぼし合う核力も場の力の一つ。

 力には様々な意味がある事が分かります。しかし、物理学で用いる事が出来る力とは、この数多ある意味の中の10番目だけしか当てはまりません。

 さて、「跆拳道」の話に戻りましょう。

 ニュートンは、この力を定義する際、運動に伴う質量と速度の変化で力を算出する方式を提案した。
 F=m・a(F=力、m=質量、a=加速度)

 と、本の中ではニュートンの運動方程式を紹介しています。補足するならば、加速度というのは「単位時間(1秒)あたりの速度の変化」の事です。
 例えば、有名なところでは落下する物体の加速度は重力加速度として知られており、その値は9.8[m/s2]と測定されています。これは、1秒あたり9.8m/sずつ物体が速くなる事を意味しています。

 重力を受けた物体が落下しながら加速していく様に、力とは物体の運動の様子が変化する(物体の速度が変化する)原因であると説明したのがニュートンの運動方程式です。それ以上でもそれ以下でもありません。

 しかしながら、李師範はこの式を次の様に解釈しました。

 この公式は、すべての力を究明する際、非常に便利である。テコンドーにおいても、人間の体重を質量と考え、体や足、拳の動きを加速度とすれば、体重と動作の速度には密接な関係が成立する。

 物理学を知らない方が読めば正しく聞こえるかもしれませんが、物理学において、その物理量の定義が正しく用いられていなければ式は成り立ちません。東進ハイスクールの苑田先生の「定義がちょっとでも曖昧になってくると、途中で間違える」は一昔前にCMで聞いた事がある方もいらっしゃると思いますが、全くその通りなのです。武道用語や日常用語としての力を物理学用語の力に対応させて物理学の公式を用いる事は出来ません。

(苑田先生は大体0:13くらいから登場します)

 因みに、「定義」とは「ある用語・概念・内容をはっきりと定める事。それを述べたもの」です。武術用語で例えるならば、「正拳」といえば、「握り込んだ拳」がその定義になる筈ですが、流派によって親指を添える位置が異なっていたり、相手に当てる拳頭が中指と人差し指だったり、中指と薬指だったり、「正拳」という言葉から受けるイメージは皆さんの流派によって異なると思います。つまり、定義を揃えるということは非常に難しいのです。しかし、物理学は数式という万国共通の言語を用いて自然現象を記述しなければならないので、この「定義」をきちんと定めてあげなければなりません。

 このニュートンの法則に出てくる物理量の定義が李師範の中でちょっとどころかメチャクチャ曖昧になっているせいで、読み進めていくと次の様な文章が現れてしまいます。

 例えば、攻撃を始めるときは、身体は不安定状態(質量の減少、速度の増加)の方が有効であり、防御の場合は、ごく安定した状態(質量の増加、速度の減少)の方が効果的である。が、これではニュートンの運動の法則に一致しない理論が成立する。

 長年の経験則から得られた武術の鉄則がニュートンの運動の法則で説明出来なくなり、「ニュートンの運動の法則に一致しない理論が成立する」と書かざるを得なくなってしまったのです。ちなみに質量は運動の途中で増減しませんし、ニュートンの法則(ここでは運動方程式のこと)で出てくるのは速度ではなく加速度です。

 こうなってくると科学でも何でも無いのですが、これは全て物理学における「力」という用語(或いは「質量」や「加速度」などの様々な物理量)を物理学的に正しく定義して使えていないが為に起こってしまった悲劇なのです。

 とはいえ、この本の技術に関する部分は抜群に分かりやすく、当時のテコンドーの技術を知る事ができる大変貴重な一冊であり、歴史※と科学に目をつむれば本当に素晴らしい本だと思います。

※ 当時は韓国がまだ軍事政権下だったため、テコンドーのルーツが空手である事を必死に隠しており、有名な万能壁画を根拠に「寧ろテコンドーが空手の起源である」と荒唐無稽な歴史を主張していた(マジで)。因みにこれらの歴史捏造は30年経っても尚テコンダー朴によって弄られ続けることになる。嘘は駄目だ。

 何度も言いますが、これを書いた李師範は尊敬を集めている本当に偉大な武道家です。

 ただ、物理学を誤用してしまっただけであり、彼自身も「俺の経験則が物理法則に反するのはおかしいな」と思っていたことでしょう。彼の経験則から得たテコンドー理論は正しく、ニュートンの運動の法則も正しく、間違っていたのは唯一「李先生の物理に対する理解」のみでした。

 このノートを御読みになられてる皆様におかれましては、もしも物理学的思考をされるならば、正しい定義と原理に基づいて行って頂くようにお願い申し上げます。

 ではいい加減、武術・格闘技修練者が学んでおくべき物理学の話をしていきたいと思います。

力学の目的って何? 運動って何?

 複雑な武術の「力」という概念とは異なり、物理の「力」というのは非常にシンプルな概念(シンプルな概念でなければ数式化出来ないです)です。シンプルさ故に誤解が多い概念であり、誤解を取り除く為に、一個一個ゼロから話をさせて頂ければと思います。変な先入観なく、難しく考えずに読んでください。

 物理学を初めて学ぶとき、大体の方が「力学」と呼ばれる分野から学び始めます。文字通り、力について学ぶ学問なのですが、力について学ぶことで物体の運動がわかるようになります。つまり、力について学ぶ事で、物体がいつ・どこに・どの様な状態であるかを予測する事が出来る様になるというのが力学のゴールになります。

 そこで、まず最初に「いつ」を表す時刻をtという文字を用いて現すことにします。また、物理では単位も大切です。時刻や時間の単位は一般的に秒を用いて現すのですが、セコンドの頭文字を使って[s]を用います。
 次に「どこに」を表す位置をx、y、zという文字を用いて現すことにします。空間上にx軸・y軸・z軸の三方向を定め、その各方向の成分を(x,y,z)で与えてあげる事で物体の位置を指定する事が出来ます。ゲームを作ったりする人がオブジェクトの位置を指定する時などにも用いられます。古いドラゴンクエストなどのRPGは二次元なので、x軸とy軸があれば物体の位置を指定できます。当時の子供たちは「石像から右に5マス、上に6マスの位置に宝があるのじゃ」的なセリフを元に宝を探したりしていました。位置の単位はメートルを使います。[m]ですね。
 方向がたくさんあると話が複雑になるので、暫くの間はx方向の1方向だけに注目して考えたいと思います。

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 例えば、ウサインボルトが走り始めた時刻をt=0[s]、位置をx=0[m](進行方向にx軸を取る)とするならば、ボルトは時刻t=9.58[s]の時には位置x=100[m]を通過することになります。

 そして、最後に「どの様な状態で」というのは運動の状態についても分かるという事です。

 では早速考えていただきたいのですが、「運動」って何でしょうか? 先ほど物理学は言葉の定義が大事であると言いましたが、運動の定義とは何でしょうか? 

 ここで読むのを一旦止めて頂いて、30秒ほど考えて頂いてもよろしいでしょうか? 物理学というのはシンプル故に思考が必要な学問になります。間違えてもいいので考えて頂きたいのです。(因みに間違えることはサイエンスの世界では決して悪いことではありません。間違いに気づいて訂正する過程で人類は学んだり新しい発見をしてきました)

 運動とは「健康や楽しみのために、体を動かす事。特にスポーツ」と辞書にある答え方をされた方。大正解です。大正解なのですが、人間以外のモノの運動の場合はどう答えますか? あるいは体を「動かす」の「動く」とはどういう意味なのでしょうか? 物理学での運動とは「スポーツ」以外の意味を持っています。「運動」って何でしょうか?

 さて、ここで運動とは何かを説明する時に、「エネルギーが~」とか、「力が~」とか難しく説明しようとする方も中にはいらっしゃるかもしれません。しかし、出来る限り物事をシンプルに捉えてください。

 ここまでこのノートの中で定義がハッキリしている物理量は時間tと位置xだけです。この二つの物理量のみを用いて、運動とは何かを説明が出来ます。

 まず、一つが「物体の位置が変わる事」です。例えば、前述のウサイン・ボルトはスタートからゴールまでにx=0[m]からx=100[m]まで位置が変わっています。因みに物理学では変化を表す記号で⊿を用いて、位置の変位を⊿xと書きます。今回のボルトに注目すると、位置の変化⊿x=100[m]です。しかし、その隣のレーンの選手も⊿x=100[m]だし、その隣のレーンの選手も⊿x=100[m]です。時々、小学校の運動会などで張り切ったお父さんが100m走を走るときに、位置x=40[m]くらいで肉離れを起こして途中離脱し、⊿xが100[m]にならないケースもありますが、ほぼすべての世界中の100m走を走る選手たちの位置の変化⊿x=100[m]になります。その選手たちの走りがボルトと同じ運動であると言い切れるでしょうか?

 勿論、答えはノーです。タイムが違います。

 運動という言葉を説明する為にもう一つ大切な事は「時間の経過」です。時刻t=0[s]に一斉にスタートした選手たちは時刻t=9.58[s]でゴールした選手もいれば、時刻t=10.00[s]でゴールした選手もいます。これを分けて考えなければなりません。

 物理学では運動とは「時間の経過に伴って、物体の位置が変化する事」を言います。

速度の定義

 運動の様子を表す物理量の一つに速度という物理量があります。文字はvを用いて単位は[m/s](読み方:メートル毎秒)を用います。日常生活では時速○○キロメートルという表現の方が多く、この場合の単位は[km/h](読み方:キロメートル毎時)となるのですが、物理学では[m/s]の単位を用いる(一般的には秒速○○メートルと表現される)ことの方が多く、この記事でも断りがない限りは速度や速さの単位は[m/s]としたいと思います。

 例えば、秒速10メートルという表現が1秒あたり10メートル進む事を意味している様に、 [m/s]という単位は、1[s]間に1[m]移動する速さを1[m/s]としています。したがって、速度とは「1秒あたりの位置の変化」と言い換える事が出来ます。

問)「5秒間で20m移動した」とするならば、この時の速度は?

答)4[m/s]
 (5秒で20mなので、1秒あたりは20[m]÷5[s]=4[m/s])

 また、これらの前提を元にすると、速度vは時刻の変化(経過時間)⊿tと位置の変化(変位)⊿xを用いて、

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 と書くことが出来ます。(文中では数式が表示出来ないので、v=⊿x/⊿t と表記する場合が御座います)
 ちなみに速度vの単位[m/s]に注目すると、[(距離の単位)/(時間の単位)]となっており、単位と数式が密接に関係している事がわかると思います。物理では異なる単位を掛け算したり割り算する事が出来ても、足し算したり引き算する事が出来ません。(算数で100000円+5人は意味不明ですが、100000円÷5人なら「10万円を5人で山分けする」と捉えられるのと同じ理屈です)

 更にこの速度の式に出てくる⊿tを非常に小さくしてその間に移動した距離⊿xを測定する事で、その瞬間の速度を求める事ができます。実際の運動では速度は瞬間瞬間に変化しています。

 では、一瞬一瞬で速度が変化する実際の運動について見ていきましょう。

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出典:https://sites.google.com/site/harapekolixue/home

 上の図はある運動を解析して、瞬間の速度vを計算して縦軸に速度v、横軸に時間tをとってグラフに表したものです。ここでまた、このグラフがどんな物体の運動を表したグラフなのかを考えて貰ってもよろしいでしょうか?

 縦軸が位置xではなく速度vを表していることに注意すると、時刻t=0[s]の時には物体の速度は0[m/s]であり、最初は止まっている事がわかります。

 そこから急激に加速と若干の減速を繰り返して、時刻t=2[s]では速度v=10[m/s]まで早くなっているのがグラフから読み取れると思います。

 グラフ全体がギザギザになっており、この物体が加速と減速を繰り返しているのがわかると思います。ちなみに秒速13メートルは時速46.8キロメートルなので、この物体はt=4[s]以降、原付や公道を走る車並みの速度を持っている事がわかります。

 さて、このグラフは何の運動を表しているのでしょうか? もう、お分かりになりましたよね? わからないという方はこのグラフがt=9.58[s]で終わっていることに注目してください

 そうです。正解はボルトの100m走です。速度が速くなったり遅くなったりを繰り返しているギザギザは歩数に対応します。足でトラックを蹴る瞬間に加速し、足がつく瞬間に若干減速する。ボルトはこれを繰り返して100m走っている訳です。(因みに、このグラフと横軸、縦の直線t=9.58[s]に囲まれた部分の面積を計算すると100mになります)

未来の速度を予測する為に加速度が要る

 ここで、「力学」の目的を再確認すると、力学というのは物体が「時刻t」にどの「位置x」に居て、どんな「速度v」を持っているかを予測する為の学問です。「位置x」は「速度v」から分かります。何故なら、速度というのは1秒あたりの位置の変化を表すからです。ある時刻tにおける速度vさえわかれば、未来の位置を予測する事ができます。

 では、時刻tにおける位置xを予測するために1秒あたりの位置の変化を表す物理量である速度vが必要な様に、時刻tにおける速度vを予測するためにはどの様な物理量が必要でしょうか?

1秒あたりの位置の変化が分かれば時刻tの位置xが分かるなら、1秒あたりの速度の変化が分かれば時刻tの速度vが分かるんじゃないの?」

 と、即答出来た方、大正解です。時刻tの速度vを知るためには1秒あたりの速度の変化を知る事が必要なのです。そこで、物理学では1秒あたりの速度の変化を表す物理量を加速度と名付けました。文字はaを用いて、単位は速度の変化を時間で割っているので[(m/s)/s]=[m/s^2]※(読み方:メートル毎秒毎秒)を用います。

 例えば、チーターは走り出してから2秒間で秒速20メートル(時速72キロメートル)に達すると言われて居ます。この時、チーターは1秒あたりの速度の変化(加速度)を計算すると、20[m/s]÷2[s]=10[m/s^2]という数字が得られます。

※ ^2は2乗を表す右上の小さい数字を意味して居ます。ノートでは数式が使えないので、便宜上、^2と書かせてください。なので、今後v^2と出て来たらvの二乗だと思ってください。

 また、これらの前提を元にすると、加速度aは時刻の変化(経過時間)⊿tと速度の変化⊿vを用いて、

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と書く事ができます。

 加速度はこれから本格的に物理の話をしていくときにとても大切な概念になります。何故なら、先ほど、物理学用語の「力」とは物体の運動の様子が変化する(物体の速度が変化する)原因であると説明しましたが、運動の様子が変化するというのはつまり、物体に加速度が生じている状態の事を言うからです。物体に力が働くと加速度が生じると言う因果関係がある以上、加速度という概念が曖昧ならば、「力学」を理解することは難しいでしょう。

 ここで、気をつけなければならない事は、位置と速度が違う物理量である様に、速度と加速度もまた異なる物理量であるという事を理解してください。多くの方が加速度という概念を曖昧にしてしまうが為に力学の正しい理解が出来ないのです。

 ちなみに、物理学では物体が減速していく場合も「加速度が有る」と言います。例えば、摩擦を受けて物体が止まっていく場合は、運動している方向と逆の向き(負の向き)に加速度があるという表現をします。減速する場合でも加速度が有るというのは少しややこしいですが、押さえておいてください。

瞬間の速度・瞬間の加速度を扱う為に

 ここまで、変化量を表す記号として、Δを用いて来ました。時刻の変化量であればΔt、位置の変化量であればΔx、速度の変化量であればΔvという様な具合です。しかし、最高速度や最高加速度などは運動の中のほんの一瞬にすぎませんし、アスリートの運動は瞬間瞬間でその速度を変えてしまいます。

 したがって、その瞬間の速度や瞬間の加速度を求める為には、Δtを0に近づけるくらい非常に小さくして考えなければなりません。物理学上、非常に小さな変化を扱っている場合はΔの代わりにdを使って表記します

 例えば、速度v=Δx/Δtという式を書き換えて、v=dx/dtとすれば、このvは0に近い短い時間dtの間にほんの少しだけ移動した位置の変化dxの時の速度を意味しており、その瞬間の速度を表しています。

 同様に、a=Δv/Δtもほんの短い時間で起きた事を考えるときには、Δをdに置き換えて、a=dv/dtとしてあげれば、瞬間の加速度を表す事ができます。この方程式を解く事で、加速度aから速度vを求める事ができます。

 更に、この二つの式を合体させれば、a=d^2x/dt^2と書く事が出来ます。この方程式を解く事で、加速度aから位置xも求める事が出来ます。

 また、加速度の原因となる作用を物理学では「力」と呼んで居るので、「力」について分かれば物体が「いつt」「どこにx」「どんな状態v」で存在するのかを予測する事が出来るのです。

力ってエネルギーとは別物なの?

 世間で「力」と似たニュアンスで使われている言葉に「エネルギー」という物があります。エネルギーというのも物理量なのですが、力とは明確に別物の物理量になります。RPGゲームで例えるならばエネルギーはMP(ドラクエなど)や技のPP(ポケモン)みたいなものであり、キャラクターのステータス上で表示されるパラメーターの数字です。物理学では「物体がエネルギーを持っている」という表現をする様に、エネルギーは物体の持ち物になります。

 一方で、力というのはRPGゲームのステータスにある「ちから」とは明確に別物であり、それどころかキャラクターのステータスに表示されるパラメーターですらありません。何故なら、力というのは外部から物体に加えられるものであり、物体が変形する原因であったり、運動の変化の原因であったりするからです。つまり、RPGで言えばダメージに相当する物だと考えると良いでしょう。「スライムの攻撃、勇者は10のダメージを受けた」と言う様に「力」には必ず加える側と加えられる側が居ます。力とは物体間の相互作用です。そして、力を加えられる側の物体に加速度が生じるのです。

今更ですが、ニュートンって誰?

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 ニュートンは「プリンキピア」と言う著書を発表し、運動の三法則と呼ばれる、物理学の根本原理を作り出すのですが、彼自身は敬虔なクリスチャンであり、神学・哲学に関する500冊を超える本を残しています。「プリンキピア」もまた、彼自身が信仰する神が作り出した世界には素晴らしい秩序が保たれている筈であり、美しい法則や原理が隠されているに違いないと言う神に対する敬愛が原動力となって書かれた本でした。

 ちなみに、ニュートンはケンブリッジ大学を卒業後、ロンドンで大流行してしまったペストから逃れる様に疎開しています。2年余りの疎開生活の中で、光に関する研究を行って虹が出来る理由を説明する為に不可欠な光の性質を発見したり、万有引力を発見したり、微分積分学を作り上げたりしています。今、世界は大混乱が起きていますが、その裏では遠い未来にニュートンと肩を並べる様な科学者が世紀の大発見をしているかもしれません。

慣性の法則~静止と等速度は同じ~

 慣性の法則はニュートンの第一法則として知られています。

 物体に外部から力がはたらかないとき、または、はたらいていてもその合力が 0 であるとき、静止している物体は静止し続け、運動している物体はそのまま等速度運動(等速直線運動、一定の速度の運動の事)を続ける。

 この法則は文章を読んで直感的には理解し難いのですが、結局、言いたい事としては静止と等速直線運動が本質的に同じ状態であることを示しています。例えば、下の動画を見てください。

 この動画は等速直線運動するトランポリン上で楽しくジャンプをする若者たちの動画ですが、静止している空間と等速直線運動する空間では全く同じ物理法則が成り立っている事が分かると思います。

 実際に我々が暮らしている地球は回転しており、僕らも自分たちが静止している様に見えて、宇宙から見れば運動しているのです。静止というのは時間の経過とともに物体の位置が変わらないことなので、例えば、トランポリンの縁に座っている若者とトランポリンの位置は変わりません。つまり、縁に座った若者からすればトランポリンは静止している事になります。

 このように、静止しているとか等速直線運動しているとかっていうのは観測する人間によって捉え方が変わってしまうものであり、加速度が0であるという点においては同じ物と考えることも出来ます。

 つまり、「止まってるものが外から力を受けなければ、止まり続ける様に等速直線運動してる物体だって、何もなかったらそのまま等速直線運動し続けるのは当たり前だよね」というのが慣性の法則です。

運動方程式 ~力は加速度の原因~

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 慣性の法則を踏まえると、力と言うのが速度の変化(加速度)の原因であることが分かります。物体が力を受けなければ、静止or等速直線運動するのならば、力を受けてしまえば静止or等速直線運動が出来なくなる訳です。例えば、普通の床面上をすべる運動は摩擦力を受けて運動とは逆向きに加速度が生じます。結果的に物体は等速直線運動を維持できずに止まってしまいます。この時、摩擦力は運動を変化させた原因であり、摩擦力がなければ物体はそのまま等速直線運動を続けます。

 ここで、力の大きさは加速度と比例するので、物体に生じる加速度をa、物体が受ける加速度の原因となる力をF、物体によって決まる比例定数mを用いて、ma=Fという関係式が成り立ちます。この式を運動方程式と呼んでいます。mが大きければ大きいほど、同じ大きさの力Fを加えたとしても物体には加速度が小さくなるため、mは物体の加速度の生じにくさを表す物理量であり、運動の変化しにくさを表しています。このmを質量と呼び、単位は日常生活で重さを表すのに用いられる[kg]を用います。

 因みに、物理用語では「重さ」と「質量」は異なる意味を持っています。化学で質量保存の法則というのがあるのですが、物質の質量と言うのは化学変化の前後で変化しないという法則なのですが、物体がどの様な運動状態であっても同じ物体であれば質量は変わりません

 この運動方程式について説明した運動の法則(「力の作用を受ける物体に生ずる加速度は、加えられた力に比例し、比例定数となりそのときの加速度の方向は、力の方向と一致する」はニュートンの運動の第二法則と呼ばれています。

まとめ

・物理学の力とはある物体の運動を変化させる原因であり、物体が受ける力が全て分かれば、運動方程式から物体の運動(速度v)がどのように変化していくか(加速度a)が分かる。
→したがって、物体が「いつ(時間t)」「どこに(位置x」あるかを予測できるようになる。

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