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長編小説「世界を護る者達:毒戰寒流」第三章:ピースブレイカー

現場から回収された麻薬の正体は……「魔法使い/心霊能力者向けのドーピング薬」。
どうやら「鬼」の正体は、「魔法使い」の一族に生まれ、幼ない頃は天才と期待されながら、挫折した哀しい男の成れの果てらしいのだが……?
そして、一夜明けた時、起きていたのは、更なる異常事態。
荒振る神の名をコードネームとするコンビの更にハードな1日が始まる……?

「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。

前章は下記になります。


アータヴァカ/関口 ひなた (1)

「あれ? ここは?」
 救急車か、ここは?
 意識を取り戻して、まず思ったのが、それだった。
『医療チームの車です。現場に居たメンバーの大半が意識を失なうか、戦闘継続困難になったので回収しました』
 後方支援チームから無線通信。
「あたし、どれ位、気絶してた?」
「一〇分少々ですね」
 医療チームのスタッフが答える。
「結局、逃げられたの?」
『ええ……「早太郎」と……安徳グループの狼男だけが意識を失なわずに済みましたが……でも、あの「鬼」と女性が逃げる隙は出来てしまいました』
「あいつら……化物だな……」
『ところで……あ……「ニルリティ」の方がトラブってるんで……』
 音声通話だけで状況を推測するしかないが……何か、すげ〜事が起きてる……ら……し……。
『おい、何て真似してくれた? あの馬鹿が怒り狂うぞ』
『あのな。こうしないと、お前、自分の体で衝突の衝撃を減らすつもりだったろッ‼』
「おい、『あの馬鹿』って、あたしの事か? 何が起きた?」
『大した事じゃない。ちょっと帰りが遅れるだけだ』
「待て、あたしのバイク、どうなった?」
『壊した』
「ふざけんな、ボケッ‼」
「元気な病人ですね……」
 医療チームのスタッフは……呆れたように、そう言った。

ニルリティ/高木 らん (1)

 昼頃に始まった事件なのに、拠点に戻れたのは日が暮れた後だった。
「まず……このカードだけど……」
 後方支援チームで、一番のベテランの権藤さんが説明を始める。
 大型モニタに写ってるのは……今回の「敵」が使っていたカード。
「うんすんカルタって知ってる?」
「へっ?」
「元々は、戦国時代にポルトガルから伝わったトランプが日本で変化したもの。スートが5種類になってたりとか、今のトランプとは色々と違いが有るけど……」
 権藤さんが、そう言ったと同時に、画面に検索サイトの画像検索の結果が表示され……その中に「九州国立博物館」って文字が……。
「なるほど……あそこに行った時に見たのか……」
「じゃあ、スペードのAだとコレみたいな感じで……数字と……えっとスートだっけ……の組合せで、どう言う呪符かを区別……待てよ……何通りだっけ?」
 ひなたが、そう発言する。
「えっと……たしか一五×五だから……」
「覚えらんねえよ……」
「何かの規則が有るんだろうけど……その『うんすんカルタ』って言うのを呪符として使う事ってめずらしいのか?」
「聞いた事ねえ」
 一応の専門家のひなたが即答。
「私もだ」
 ひなたと一緒にウチのチームに加わった同じ「魔法使い」系の千明も同じ意見。
「昔は……たしか江戸時代のどこかまでらしいけど……広くカードゲームとして遊ばれてたらしいけど、今は、熊本の人吉にしか伝わってない」
「じゃあ……その辺りに居る呪符職人みたいな奴が作ったモノなのか?」
「多分ね」
「あと、関口さんが持ち帰った違法薬物の正体が……9割方判ったかも……」
 続いて、分光分析機を操作していた「猿神ハヌマン」の中身で、私の兄貴分である金子裕天のりたかが、そう言った。
「もう?」
「ああ……ちょっと、これ、表示してもらっていいですか?」
「わかった」
 だが、大型モニタに表示されたのは……分光分析機から出たてホヤホヤのグラフだった。
「待てよ、普通は……ここから、色々とデータを処理して……」
「そうなんだけど、実は、過去に別チームが、ほぼ同じ成分のモノを回収していた」
「どこで? 誰から?」
「安徳グループが、熊本県内と北九州市内に築いた橋頭堡から」
「へっ?」
「九州三大暴力団の内……安徳グループが販売してる違法薬物。ただし、他の2つの縄張り内でのみ」
「いや……でも、久留米ここは安徳の御膝下だろ……それに……」
「九州三大暴力団の残り2つ……龍虎興業と青龍敬神会のどっちか……多分、熊本の方が、製法を入手して、仕返しに安徳の御膝下で販売し始めた……んじゃないかな」
「それで、成分表は?」
「判ってる限りでは……ほぼ一〇〇%、植物由来。どうも、元々は、岡山かどこかの民間信仰系の呪術流派が作ってた薬らしい……」
 そう言って、画面に、問題の違法薬物の材料らしい植物の一覧が表示され……。
 チョウセンアサガオ……ハシリドコロ……それに……。
「マズいぞ、これ」
「ああ、私が名前知ってる奴だと、ほぼ、麻薬や幻覚剤の効果が……」
ちげぇよ。あたしが……マズいと思ったのは別の意味だ」
 そう言ったひなたの目は厳しかった。
「喩えるなら……ドーピングだな、これ……」
 同じく千明も……「マズいものを見てしまった」という表情。
「ドーピング? 何のだ?」
「魔法……呪術……心霊……超能力……霊能力……何と呼んでもいいけど……あたしらが使えるような力のだ……」
「お……おい……」
「このクスリをキめて……何か幻覚が見えたとするだろ……。でも、その場合、その幻覚が実は……マジモンの霊とか魔物だったとしたら?」
 クソ……前にも似た事が有ったし……私自身は見えないが……その手の話は何度も聞いてきた。
「そっか……その手のモノは……見える奴に寄って来る性質が有るんだったな……」
「ああ、それも『観』る能力を巧く制御出来ない奴にな……」
「話を整理させてもらっていいか? つまり……この違法薬物クスリをキめた奴は……心霊現象に巻き込まれるのか?」
「概ね、その通りだ。特に……本人は気付いてないけど『魔法使い』系とかの才能が有ったり、『魔法使い』系の修行をやった事が有るけど途中でモノにならずに、脱落した奴とかな……」
「おい、お前……あの鬼と女の正体を知ってるようだったけど……心当り有るのか?」
 ひなたの説明に千明が口を挟む。
「鬼の方は……顔が変ってんで確実じゃないが……落ちた腕に彫られてたタトゥーは見た事が有る。女の方は……2〜3回しか会った事がねえけど……あの『気』は……そうそうド忘れしねえよ」
「特殊な術者なのか?」
「あたしら、密教系の術者は、自分の『守護尊』に対応した術が……いわば『得意技』だけど……あいつは、得意技の引き出しが無茶苦茶多い。『明王』系の術のほどんどが得意技だ。……まぁ、一種の天才だな」
「誰なんだ?」
「何で九州に居るか知らねえけど……栃木の山伏の家系のヤツ。ただ……旧弊つ〜の? 後継あととりは男しか駄目って、風習が有ってさ……。ところが……2人居た子供の内、男の方はモノにならず……女の方が、とんだ天才だったんだよ」
「どうして、そこまで詳しいんだ?」
「本家だ……あたしの父親の家系の」

アータヴァカ/関口 ひなた (2)

「なあ……お前、明日、学校はいいの?」
 あたしは、相棒のらんと歩きながら、そう話す。
「一応、日曜は補修は無いしな」
福岡県こっちの進学校って、成績悪くなくても補修が有るって本当?」
「補修受けるかは生徒の方で決める。……ってのも表向きだけど、担任にアレコレ言われないだけの成績は維持してる。ま、必要な補修だけは受けてるけどさ」
「必要なのって?」
「もう、行きたい大学と学部・学科だけじゃなくて、研究室まで決めてる。高校の授業や補修は……大学に入るより、大学に入った後の為の予備知識のつもりでやってる」
「お前、頭も化物か? それに、まだ、お前、高校つ〜ても1年だろ?」
「ウチの妹の方が化物だ。夜遅くまでゲームばっかりやってるのに、通知表は、ほとんど4か5だぞ」
「でも、お前の高校の方が偏差値上なんだろ?」
「だとしても、将来何をやりたいかがボンヤリしてんのに、あんな成績を維持してる奴の方が、私にとって理解不能だ。モチベーションが無いのに、どうやって勉強が出来るようになるんだ?」
 この久留米には、ややこしい事に「久留米駅」が2つ有って、しかも2つの久留米駅の間の距離は結構有る。
 昼間に騷ぎが起きたのは……繁華街の西鉄久留米駅前の方で、今、居るのは……福岡県第3の都市のターミナル駅前にはイマイチ思えないJR久留米駅前。
「晩飯、駅ビルで食ってくか?」
「ああ……ちゃんぽんとうどん、どっちにする?」
「うどんかな? ところでさ、お前の妹とかのチート能力で……」
「あれは……魔法とかと似てる点有るが……実際には根本的に違う力だ。強力だけど、事実上は物理攻撃だけしか出来ないと思ってくれ」
 あの「鬼」を一瞬で殺す事が出来れば……どうなるかが、さっぱり判らない。
 「鬼」の体を物理攻撃で破壊出来たとしても……「鬼」によって擬似ゾンビに変えられた奴らと同じなら、死んだ瞬間に、バカデカい「異界」への「門」が開いて、辺り一面、一般人立入禁止の心霊スポット化する可能性も有る。
「そうだ……その妹と喧嘩中でな。しばらく泊めてくれ」
「はぁっ?」

ニルリティ/高木 らん (2)

 秋に死んだ知り合い……と言うか事実上の戦闘術の師匠……がオーナーだった駅ビル内のうどん屋「玄洋」では、冬限定メニューが始まっていた。
「さて……牛すきうどんと、水炊きうどん、あと鶏すきうどん……どれにすッかな? どれがオススメだ?」
「牛すきうどんだと……黒毛和牛より肥後褐牛あかうしの方がオススメだな」
「お前、霜降り肉に親でも殺されたのか?」
「たっぷり食べたいんなら、赤身の方がいいだろ」
 そんな事を話しながら、食券を買って席に付く。
「水炊きの方が良かったかな?」
 先月まで、いわゆる「関東難民」向けの人工島「NEO TOKYO」で暮していたひなたにとっては、九州こっちのうどん屋では普通の「ねぎ・天かす取り放題」が、まだ、珍しいようで、どんぶりの中に入ってる山盛りの青葱の方に視線を向けている。
「ところでさ……お前の話の通りなら、お前の親父さんの一族の本家の息子ってのは、何で、途中で修行から脱落したんだ?」
「ああ……それか……。あたしなんて、そこそこ程度の『魔法使い』に過ぎねえけど……その『そこそこ程度』になんのも結構大変なのよ」
「どう言う事だ?」
「『魔法使い』系に必要な能力とか素質ってのは、いくつもんのよ。単純な気とか霊力とかのデカさに……センスみて〜なモノに……どれか1つが化物級でも、別のどれかが駄目だと、そこで脱落決定。結局、1人前になれるのは……そうだな……『成績が学年トップの科目も有れば、5段階評価で2か1の科目も有る』よ〜な奴より、まぁ、あたしみて〜な『全科目が4に近い3』みて〜な……自分で言ってて面白みが無さそ〜な奴が多くなっちゃう訳よ」
「なるほど……」
「なんつ〜かね……スカした横文字で言うなら『セルフ・コントロール』ってヤツ?……それが出来ないと、どんなに力やセンスが有っても駄目。力だけ有っても、センスみて〜なのが無いと駄目。その正反対も駄目。あたしの師匠はマシだったからいいけど……修行方法は超体育会系なのに、脳味噌まで体育会系になったら、はい、脱落決定、なんて酷いひでえ流派まで有るあんだぜ……」
「俗に『魔法』で一括りにされてる割には……武術とかの修行に近い気がするな……。私がやってた格闘技なんかの修行も、そんな感じだった」
「ま……それに近いかもな。知性が魔法に重要な能力ってのは、ファンタジーRPGの中だけの話……多分だけど」
「そう言えば……日本の伝統武術には、密教や修験道と関わりが有る流派も少なくなかったな」
「水炊きうどん大盛り、肥後褐牛あかうしの牛すきうどんの大盛りと……かしわおにぎりと稲荷寿司が2つづつ。御注文は以上でよろしいですか?」
「あ、どうも」
「それで大丈夫です」
 やがて、うどんをすする音に、肉や野菜を食べる音。
美味うめえな、これ。ああ、そうだ、どこまで話したっけ? えっと、あたしの親父の家系の……更に本家の残念な後継あととり息子か……あくまで親戚内とか『本家』と付き合いが有った人達の間の噂だけどさ。あいつ……力は半端無かったんだよ。力だけはな。一族の歴史でも、めったに無い級の超天才だと思われてた……。修行を始める前まではな」
「問題は何だったんだ?」
「視えなかった。何も」
「へっ?」
「気・霊力・霊その他モロモロ……お前と同じだよ」
「ちょっと待て……力だけは有るのに、その手のモノを認識出来ないとなると……」
「そう、力は半端ねえのに……肝心の自分の力を感じ取る事が出来ねえ……。つまりは……ええっと……何て言やいいかな……ああ、そうだ、目隠しされた状態で車運転するよ〜なもんだ。発車させるまでが一苦労だし……万が一、発車させる事が出来たら……どんな事故が起きるか判ったもんじゃねえ」

アータヴァカ/関口 ひなた (3)

『臨時のバイト有るんだけどやります?』
 九州こっちに越してきてから入った地元の魔法使い同業者のSNSコミュニティで手が空いてる奴を募集してた。
 内容を見てみると……昨日のアレか……。
 繁華街にヤバい魔力・霊力で汚染された心霊災害地帯が出現したんで「浄化」系の能力・技術を持ってる奴を募集していた。
 瀾の方は、ノートPC立ち上げて……「工房」の奴と何かを話している。
 流石に疲れてるんで、バイトの件は断わる。
「お前のバイク、予備部品から新しいの作って、今日中にテスト終るってさ」
「じゃあ、いつまでに届くんだ?」
「明日、取りに来いって」
「おい、たしか、『工房』は北九州だろ?」
「大野城の山の方だ」
「はあ?」
「複数のチームが合同で使ってる射撃訓練場 兼 飛び道具のテスト場が有る。昨日の『鬼』向けの武器の試作品が、いくつか出来たんで、専門家の意見を聞きたいってさ。明日の夕方以降。私も学校が終ったら付き合う」
「もう……か?」
「弾の方を工夫するらしい。まずは、『工房』の在庫に有った変な銃弾ややじりを片っ端から試したそうだ」
「でもさ……簡単に行くのか?」
「難しいな……例えば……私が、あの『鬼』を守ってた女なら、次回に現われる時は『鬼』に防弾衣でも着けさせる。でも、『鬼』に対処する方としては、たった、それだけの事で想定しないといけないケースの数が一気に増える」
「ああ、くそ……そうだ」
「いい事でも思い付いたのか?」
「よし、朝飯、食いに行こう」
「ああ、まずは脳に糖分補給だな……あと、覚醒作用が有るカフェインも有った方がいい」
 瀾は……そう答えた……が。
「なぁ、お前、くだんね〜冗談を言ってる時は、大真面目な表情かおになる癖でも有るあんのか?」
「今頃、気付いたのか?」

アータヴァカ/関口 ひなた (4)

 大手チェーンじゃない……あまりお洒落じゃない……五〇過ぎのおっちゃんが店長をやってる昔ながらの喫茶店。
 そんな感じの店に朝飯を食いに来てみれば……。
「おはよう」
「おはよう」
 瀾と喧嘩中の妹が居た。
 双子だそうだが、声以外は全然似てない。
 例えば、瀾は癖毛で黒っぽい色の髪。妹の方は直毛で……地毛だけど学校で不条理校則が罷り通ってた暗黒時代には「黒く染めろ」と言われそうな茶髪の直毛。
「あんたが、私がやってたウチの家事やってんの? なら、私は当分帰らなくても大丈夫だな」
「何言ってるッ⁉」
 そう答えたのは……瀾の妹の連れの女。
 あたしらより少し齢上ぐらい。
 いわゆる「イケメン女子」だけど……瀾が自然な感じで「男っぽい格好や仕草」をやってるのに対して、こいつは、妙に「作り物」っぽい感じの「男っぽい格好や仕草」。
「光さん、何で、顔真っ赤にしてんの?」
「いや、それは、その」
「席……離れたとこの方がいいか?」
「好きにしろ」
「ところで、お前の妹の連れ……誰?」
「妹のゲーム仲間。西南大学の学生。あと、ウチの妹やレナの同類」
「最後に、サラっと凄い事言わなかったか? あ〜、すいません、モーニングのAセット。飲み物はホットのカフェオレ」
「じゃ、私は、Bセットで、ホットのロイヤルミルクティー」
「あと、あれ、どう見てもさ……」
「ウチの妹は、その手の事はクソにぶい。他人の恋話こいばなは大好きなのに、自分が誰かに惚れられる可能性は完全にこれっぽっちも考えた事さえない。相手が男でも女でも」
 そして、あたしらは注文のモーニングセットが届くと、黙々と食べ……。
「おい」
 その途中に、瀾の妹の連れがやって来た。
「昨日の件だけど……」
「たまたま、事が起きた時に、あんたの手が空いてりゃありがたいけど……あんたの能力ちからは、強力だけど、使い勝手がクソ悪いだろ」
「……まぁ、そうだけどさ……」
「今、なるべく、誰でも対処出来る手を考えてる」
「巧く行くのか?」
「正直……怪獣映画みたいには、いかんさ……」
 まぁ、そりゃ、そうだ。
 怪獣が現われりゃ、遠くからでも判るが……相手は人間サイズ。
 しかも……。
 こんなパターンの怪獣映画なんて有ったか?
 をブッ殺す話なんて……。
「まぁ、可能ならでいいんで……いつでも、久留米こっちに来れるようにしておいてくれ」
 瀾は、自分の妹に片思いてるらしい奴に、そう告げた。

ニルリティ/高木 らん (3)

「なぁ、お前の妹と一緒だった、韓流アイドルもどきだけど……」
 朝食が終ってひなたの家に帰る途中、ひなたが、そんな事を言い出した。
 多分、光の事なんだろうが……。
「良く知らんが、あんな感じの女性アイドル居たっけ?」
「男の方のアイドルだよ」
「言われてみれば、そんな感じだな。で、何の話だ?」
「あいつの能力って何?」
「いわゆる『邪気』……人間に有害な『気』『霊力』『魔力』のたぐいを、ほぼ無制限に浄化出来る。あとは、魔法的な方法では妨害不能な生命力の感知と生物の体温への干渉……って所かな?」
「いや、なら、昨日の『鬼』が現われたなら、あいつに任せりゃ……」
「『邪気』を無制限に浄化出来るのに、『邪気』そのものを検知出来ない。あと、『邪気』を浄化した時に、高熱と衝撃波が出る。早い話が爆発が起きる。ついでに『邪気』がデカけりゃデカいほど副次的に出る熱と衝撃波もデカくなる」
「ど〜ゆ〜理屈か判んね〜けど……何だよ、その規格外チートかクソ使えねえか判んねえ能力は?」
「どっちみち、町中では迂闊に使えん。町の一区画、丸ごと焼け野原にするのもむなしぐらいの異常事態を除いてな……」
「何で、そんな能力……」
「訓練で身に付けた能力じゃない。神様みたいなモノが一方的に与えた力だ……。そして、旧約聖書の預言者や、イスラム教の開祖のムハンマドみたいに、神に選ばれた者は……最初は、拒絶しようとするが、神様が絶対に叶えてくれない願いは『貴方の代理人になんてなりたくありません』だ」
「お前、旧約聖書とかコーランとか、ちゃんと読んでんの?」
「旧約聖書の方は……有名な箇所は……ざっと……。コーランの方は日本語の解説書を新書で2〜3冊ほど。基礎教養として学んだけど……半分以上、覚えてない」
「あと、お前の妹が着てた格好いい革ジャンだけど、どこで買ったの……」
 やれやれ……ちょっと嫌な思い出が脳裏に浮んでしまった。
「形見だ。死んだ仲間の……。同じの欲しいなら『工房』に発注しろ。『仕事着』じゃなくて普段着に使うなら、『給料』から天引きで」
「あ……そ……。待て、仕事着?」
「普通の革ジャンじゃない。ある程度は防弾・防刃効果が有る」
 だが……馬鹿話をしてる内に……少し、モヤモヤしていた考えが、段々とまとまってきた。
 生命力を感知する能力……生物の体温……そして……。
 そして、空を見ると……昨日とはうって変った快晴……。
「ちょっと『拠点』に戻る。少し付き合ってもらっていいか?『専門家』であるお前の意見が必要になるかも知れん」
「へっ?」
「昨日の私の『護国軍鬼』とお前の『水城みずき』のカメラ映像を……見直して確認してみたい事が有る」

ニルリティ/高木 らん (4)

「基本的に『護国軍鬼』や『水城みずき』の視覚センサの仕組みは人間の目に似ている。明るさを検知する素子と光の三原色に対応する波長を検知する素子が無数に集って構成されている」
 私は、そう説明しながら、2つの動画をモニタに表示する。
「何だ、こりゃ?」
「ただし……『護国軍鬼』や『水城みずき』の視覚センサには、人間の目には無いモノも有る。例えば……赤外線を検知する素子だ。そして、もう十二月。しかも、昨日は曇り。昼間とは言え、太陽光による赤外線のノイズは少ない」
 画面に表示されているのは、昨日、私の「護国軍鬼」とひなたの「水城みずき」の視覚センサが撮影した2つの映像を重ね合わせたもの。
 可視光によるグレースケール動画に、赤外線撮影した情報を色として重ね合わせている。
 良く有る、温度が低い箇所は寒色系の色に、温度が高い箇所は暖色系の色に、ってヤツだ。
「おい……あの狼男より『鬼』の方が体温が低いのか?」
「俗に言う『擬似ゾンビ』……人間に悪霊だか魔物だかが取り憑いて操ってるが、まだ、体の方は生きてる場合じゃなくて、完全な死体を、その手のモノが操ってる場合って、体温は、どうなる?」
「ごめん……そこまで気にした事が有る『魔法使い』系の奴は、そうそう居ねえと思う。あたし含めて」
 昨日の『鬼』の体温は……気温よりは高く、人間の体温よりは低い……しかも、この温度……。
「どうなってんだ? 一体?」
「仮説1。この『鬼』は、多分、死体。でも、何かの熱源が体内に有る。科学で説明出来るモノか、魔法的な現象とか心霊現象とかかは別として。仮説2。この『鬼』は死体になり立てホヤホヤ。なので、まだ、生きてた頃の体温が残ってる。仮説3。この『鬼』は生きてはいるが、人とは異なる生物と化している。人間より低い体温でも生きてけるような……」
 多分、仮説1が可能性として最も高い……。その場合の熱源は……。
 丁度、良かった……。
 もし、私が今思い付いた推測が正しいなら……「その事」に気付いてくれそうな奴が、昨日の現場に居た。
 私が、その2人に連絡をしている内に、動画は進み……。
「えっ?」
 水虎たちが現わせた時点で、動画を停止させる。
「どうした?」
「画面の隅に写ってる……機動隊員と動画配信者を見ろ」
「おい、こいつら……死んだのか?」
「判らん……警察が生きてると判断したか……それとも死んだと判断したか……どっちだ?」
 動画を巻き戻す……そして……。
「マズい……私達が動画配信者が擬似ゾンビ化してたのを発見した時点で、体温の低下が始まってる。あの時点で、擬似ゾンビじゃなくて本物の死体になり始めてたようだ」
「あ〜……こんな御時世でも吸血鬼の実在は確認されてなかったよな?」
「流石に作り話でも聞いた事ないぞ……昼間でも出歩ける位ならともかく……触れてもいない相手まで同類に変える事が出来る吸血鬼なんて……」
 あと……もう1つ、やるべき事が有る。

ニルリティ/高木 らん (5)

「え……えっと……何で、その格好なんだ?」
 後方支援要員の1人である望月は、私とひなた強化装甲服パワードスーツ用のインナーを着ているのを見て、そう言った。
「今日も出撃の可能性が有る。ところで兄貴……」
「おい、大体、なんで、こんだけメンバーを呼び出したんだよ?」
 コードネーム「猿神ハヌマン」の「中身」である金子裕天のりたかは、私の質問を遮って、そう訊いてきた。
「まずは、この映像を見てくれ。この『鬼』の体温、どう思う?」
「どうなってんだ、これ? 本物の……」
「人間にしては低いけど、周囲の気温よりは高い」
「でも、哺乳類なら低体温症で死んなきゃおかしい体温だ。爬虫類なんかは専門外だけど……」
「あまり、爬虫類には見えない外見だな。ところで、今村……」
 私は狼男に変身する能力を持つ今村亮介に、そう言った。
「何だ?」
「あの時、あの場に居た味方の中で、防毒マスク付のヘルメットをしていなかったのはお前だけだ。何か変な臭いを感じなかったか?」
「う……う〜ん、言われてみれば……何か……消臭剤っぽい臭いと……あと……たしかに変な……何か、嫌な臭いが……」
「腐敗臭?」
「言われてみれば、そうかも……」
「なに、じゃあ、この『鬼』は死体で……もう、腐敗が始まってるって事? で、この『鬼』の体温の正体は……腐敗熱か?」
『こちら、大牟田チーム、そっちからの依頼をやったけど……』
 その時、別チームから連絡が入る。
「おい、何を依頼した?」
「足が付かないルートで、県警の久留米署に電話してくれって頼んだ。『久留米に来た時に落とし物した』みたいなの問い合わせを電話でやってくれってな」
『電話に誰も出ないぞ』
「へっ?」
『こちら、太宰府チーム。同じく足の付かない番号から久留米の警察病院に電話したが、誰も出ない』
「お……おい、どうなってる?」
「多分だが……昨日の動画配信者と、機動隊員も……あの『鬼』に似た存在と化した」
「冗談だろ……。最悪だ……」
 最悪の予想が当った……。
 久留米市内の警察業務は……ほぼ麻痺している。
 あと、警察関係者が……かなり……死んでるか、あの『鬼』の同類と化している。

アータヴァカ/関口 ひなた (5)

「何やったんだ、お前……?」
 朝飯を食いに行った喫茶店で瀾の妹と一緒に居た女の携帯電話ブンコPhoneから送られてきた映像。
 それは、人間の残骸だらけになった警察署の中だった。
『何で、私のせいにする?』
「転がってる死体は、どう見ても爆死だ。あと、声から、あんたが動揺している可能性は無視出来ない程度には有る」
『異議あり、裁判長。状況証拠に過ぎません』
「最近『ペリー・メイスン』にでもハマってんのか? たしかに状況証拠だが……爆死は爆死でも、内部から爆発してるように見えるぞ。あんたの能力以外では、結構、難しい殺し方だ」
『悪い。流石に、ちょっとパニクった。明らかに動き回れる状態じゃない奴が、襲って来たんでな』
「これが、いわゆる『神様系』の能力者の欠点だ。力は強力だが……努力して得た力じゃないんで、動揺し易い場合が有る」
 瀾が、そう解説。
 なるほど……。
 九州こっちに来てから、その存在を知った「神様系」と呼ばれる能力者達。
 あたしら魔法系とか心霊系に似ているが、あたしらが苦手な物理現象を発生させる事が出来る。
 しかも、かなり強力だ。世界でもトップ3の魔法使いが二〜三〇人集っても困難な真似を1人で平気で引き起せる上に、あたしらの「霊力」切れに相当するモノも無いらしいし、更に魔法・心霊系・精神操作系に対するほぼ完全な耐性まで有る。
 けど……何で、活躍の場が中々無いかは……何となく判った。
 たしかに、こりゃ……瀾が良く使う理系用語だと「運用の幅が狭い」だ。
 力だけはクソ強いのに、ちゃんとした訓練で何かの「能力」を得た者より、メンタル系がイマイチってのは……たしかに「想定外の事が起きるのは想定内」な仕事には恐くて使えねえ。
「待てよ……『内部から爆発』? あいつの能力以外で有り得るかも……」
 瀾は、何かを思い付いたようで、大き目の付箋にメモして、PCのモニターの端の方に貼り付ける。
「『明らかに動き回れる状態じゃない』ってのは、あんたの能力で検知した『生命力』みたいなモノから判断したのか?」
その通りだConfirm
理解したConfirm。警察署内の状態は?」
『私が見た限りでは、完全に無法地帯だ』
「生きてる奴は、どの程度居る?」
『ほぼ皆無』
理解したConfirm。警察署内から撤退してくれ。『ミラージュ』、地上用ドローンを起動。『ガルーダ』が警察署から出て来たのを確認後、ドローンを放出し、警察署の周囲に例の3重結界を展開。その後、『ガルーダ』と一緒に警察病院に向かってくれ」
了解Affirm
「なあ、あの韓流アイドルもどきの能力って……やっぱ、この件じゃ役に立たないの?」
「役に立つケースも有るぞ……警察署と警察病院をまとめて爆破するのもやむを得ないまで状況が悪化した場合とかな」
 サラっとサイコな事を言いやがる……。
「持って来ましたよ。これまでより強力な『護法』を施した『水城みずき』の装甲と……本日分の武器」
 その時、「小坊主」さんがファミレスの配膳ロボットを更にゴツくしたような運送用の大型ドローン達にトランクをいくつも運ばせながらやって来た。
「済まない。『お上人』さんに……」
「『七〇過ぎの年寄を、どんだけ働かせるつもりだ?』ってボヤいてました。あと『あの嬢ちゃんに言っとけ、お前の伯父貴より人使いが荒いぞ』って」
 トランクの中には……あたしの「水城みずき」の装甲と……山ほどの散弾銃の弾に、使い捨ての投げナイフ、そして、クロスボウ用の矢。
「足りるかな……これだけで?」
「さあ?」
 あたしは、そう答えるしか無かった。
「近隣の『魔法使い系』『心霊能力者系』が居るチームにも銃弾やクロスボウ用の矢に『浄化』系の霊力を込めて送ってもらうように依頼してます。2時間後から、現場にドローンでの補充が始まります」

アータヴァカ/関口 ひなた (6)

 強化装甲服パワードスーツ水城みずき」の装甲がインナーの上から取り付けられ、バッテリーと制御コンピューターが入ったバックパックも装着される。
 口の中にマウスピースを入れ、防毒・防塵マスクに、宇宙飛行士がヘルメットの下に付けるような帽子と、ゴーグル型のヘッド・マウント・ディスプレイを被り、ヘルメットを着装。
「制御AI起動。着装者『大元帥明王アータヴァカ』」
 ヘッド・マウント・ディスプレイに電源が入り……起動チェックの結果らしい文字が次々と表示され……。
「『護国軍鬼4号鬼』制御AI起動。着装者『羅刹女ニルリティ』」
 人間でいう「耳」に当たる場所に有る聴覚センサも正常に機能してるようで、相棒の声が聞こえる。
『無線通信チェック。聞こえますか?』
「聞こえます」
『動作確認。2人とも動いて下さい』
 「水城みずき」も「護国軍鬼」も制御AIが着装してるヤツの「癖」を覚え、次の動作を予想するようになる。
 やがて、動きは滑らかになり、格闘系・近接戦闘系の「得意技」を放とうとすると、自動的に、その技のスピードや威力を上げてくれるようになる……らしい。
 と言っても、人間からすると「腕前が上がった」場合、制御AIにとっては単に「動きのパターンが変った」事になるので、念の為、出撃前には「先読み」と呼ばれる「着装者の次の動きを予測する機能」が正常に働いているかをチェックしている。
「2人とも『先読み』成功率九五%以上。出撃しても問題ありません」
「あたしのバッテリーは足りるかな?」
 「水城みずき」は元々は、民生用の強化服だ。あたしのは、その中でも「パワー型」と呼ばれるタイプを改造している。通常型に比べて、バッテリーの消費はデカい。
「念の為、急速充電用のケーブルを持っていく。いざとなったら、私の『護国軍鬼』から補充する」
 相棒の「護国軍鬼」は……多分、知られている限り、世界で唯一の「神様系」の力と「科学技術」が合さった存在だ。
 パワーはバカデカい……早い話が、「エネルギー切れ」は事実上起こり得ず、最大稼働時間≒「重要な部品か中の人間がブッ壊れるまで」だ。
 ただし、エネルギー源が量産困難なのと……「起動中は、着装者の『霊感』が、ほぼゼロになる」っていう「魔法使い系」「心霊能力系」の能力が少しでも有る奴からすると悪夢のような……早い話が、自分の能力がほぼ使えなくなる……副作用のせいで、生産個数は3つ+二〇年以上のテスト機が1つだそうだ。(なお、内1つが行方不明中の為、実質2つ)
 まぁ、その無茶苦茶な「鎧」の無茶苦茶なエネルギーの、ほんの一部だけで、あたしの「水城みずき」ぐらいなら何十時間でも何日でも、何だったら何週間でも動かせる。
「さて……昨日以上にハードな日になりそうだな……」
「そうでもない。警察署1つと……最悪でも警察病院を1つ壊滅させるだけだ。大変なのは……後始末だが、私達の仕事じゃない」
『少しは、こっちの事も考えてくれ』
 後方支援チームの中でも、最古参の権藤さんのボヤキ声が聞こえてきた。

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