長編小説「世界を護る者達:毒戰寒流」第二章:極悪対決
繁華街に突然出現した「鬼」。
居るだけで周囲を一般人立入禁止級の心霊スポットの変貌させる。
だが、下手な方法で倒せば被害が更に広がる。
それなのに、体は一般人より脆弱。
強いのか弱いのかも評価し難い、対処困難な存在に、果して、急遽結成された地元ヤクザ・広域警察・正義の味方の混成チームは、どう戦うのか?
「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。(「GALLERIA」「note」は掲載が後になります)
前章は下記になります。
アータヴァカ/関口 陽 (1)
「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ……オン・マリシエイ・ソワカ……オン・アウン・ラケン・ソワカ」
まず、あたしの守護尊である金剛蔵王権現……と言っても、あたしの流派で「守護尊」とは、気・霊力のタイプや得意な術を一言で言い表す「記号」であり、本当に神や仏が存在するかは不可知論に近いが……の真言を唱え、周囲の邪気や悪霊・魔物を追い払い、自分の周囲に摩利支天を「本尊」とする隠形と、四天王が「本尊」の防御用の二重の結界を張る。
続いて、護法童子……陰陽道でいう「式神」、西洋魔術でいう「使い魔」……を、テイザーガンを食って倒れてる河童の1匹に取り憑かせ……更に別の1匹に取り憑かせる。
言わば、あたしと護法童子の間の「通信経路」みたいなモノは2匹の河童を経由する事になる……。
この、とんでもねえ心霊現象を起こしてる「何か」を探れば……当然、その「何か」にも気付かれる可能性が高い。
でも、この河童どもを経由すれば……巧くいけば、その「何か」は、自分を探ってる相手を河童どもだと勘違いしてくれる……可能性は有る。
あたしの放った護法童子は、周囲の「気」の流れを見極め……邪気がより濃い方に向かう。
やがて……見付かった。
梵字……無数の梵字。
どこか歪んでいるが……漢字や仮名で言うなら……楷書体。密教や修験道では、神仏などの象徴や真言・呪文を梵字で紙なんかに書く場合は「楷書」を使い、行書・草書なんかの「崩し字」は昔の坊さんの花押……要はサイン……などにしか使われない。
もちろん、これは「気配」を、あたしの脳が映像や音に「翻訳」してるモノだ。
相手の術式が良く見知ったモノなら、その術式の「気配」や「パターン」を、あたしの脳が……例えば、密教系・修験道系なら梵字に、神道系なら神代文字に、日蓮宗系なら髭題目に、西洋魔術ならカバラの記号やルーン文字や魔導書の魔方陣に……無意識の内に置き換えてるだけだ。
そして、全く知らない術式や、我流や生まれ付きで魔法系・心霊系の能力を身に付けた奴や、出会した事もない異界の悪霊・魔物なら「訳の判らない何か」か「知ってる中で一番近いの(ただし、どこかビミョ〜に違う感じ)」に「翻訳」される。
つまり……今回の件の「元凶」は……少なくとも、密教系・修験道系の人間……または元・人間の可能性が……。
ん?
変だ。
この梵字の「癖」に覚えが……。
でも……。
見えない……。
無数の梵字は人型に成りつつ有るが……でも……。
力はバカデカい。
でも、こいつが……密教系・修験道系の術者だとしても……「守護尊」……気や霊力のタイプやら、得意な術やらが……何も判らない。
「ごわあッ‼」
向こうが、あたしの護法童子に気付いた。
あたしは、護法童子の髪の一部を相手に飛ばし……護法童子の「分身」が生まれるイメージを頭に思い描く……。
実は、これだけでも、かなりの集中力が必要だ。
多分だけど、漫画家とかイラストレーターが、絵を描き出す前に思い描く完成した絵のイメージよりも、遥かに鮮明かつ具体的なイメージだろう。
そして、護法童子の「感覚」をギリギリまで遮断。
飛行機か船のレーダーなんかで喩えるなら……他の「何か」が出してる電波は捉えても、こっちからは積極的にレーダー用の電波を出さないような感じだ。
そして……相手は……?
罠なのか……?
それとも……?
「しばらく、このまま、動かないで。ただし、残ってる霊力入りの銃弾を、いつでもあたしにブッ放せるようにしといて……」
意識を自分の体に戻したあたしは、周囲のレンジャー隊に指示。
「ちょ……ちょっと…‥どう言う事?」
「変だ……相手は……力そのものはバカデカいのに……技量は……」
「何?」
「技量は、とんでもないヘボか……さもなければ、何かの理由で、とんでもないヘボを装っているか……」
あたしの護法童子の存在を察知した「何者か」は……あまりにも、あっさりと……駄目元で放った「囮」に引っ掛かりやがった。
ニルリティ/高木 瀾 (1)
『気ぃ付けろ、近くに、この件の元凶が居る』
狼男と交戦中に相棒から無線通信。
「どこだ?」
『多分、大通り……』
「な……? 私から見て0時の方向か?」
『ああ』
胸部装甲を開き、余剰エネルギーを噴射し後退。
「お……おい、あたし置いて逃げる気かッ⁈」
レンジャー隊の副隊長が叫ぶ。
「合図をしたら伏せろ。『アータヴァカ』、『魔法武器』を持ったまま、私のATVに乗れ」
『あたしのバイクじゃなくて?』
「説明は後だ」
『嫌な予感しかしねえが……了解』
相棒がATVに乗車したのを確認。
「『チタニウム・タイガー』、搭乗者による操作を一時OFF」
『やっぱり、嫌な予感が当たった……』
「伏せろッ‼ 全員だッ‼ なるべく身を低くッ‼」
続いて、レンジャー隊に指示。
狼男の爪がレンジャー隊の副隊長の頭上をかすめ……訳が判らないまま、他のレンジャー隊員も地面に伏せ……。
「『チタニウム・タイガー』、送信したターゲットに向かい突撃しろ。後部ロケット燃料1発分点火」
『想定の範囲内だけど……何考えてやがるッ⁉』
相棒が乗ったATVが後部から火を吹きながら1人だけ突っ立っていた狼男に激突。
「余剰エネルギー噴射準備。背面、脚部後方。全開」
続いて「鎧」の制御AIに指示を出す。
「うがああああッ⁉」
「うわああああ……」
そのまま西鉄久留米駅前の大通りに出る直前……。
「しっかり掴まってろ……『チタニウム・タイガー』底部杭射出」
『無茶だッ‼』
後方支援要員から、やや遅過ぎるが、当然の指摘。
『おい、何か、モニターにエラー出てるぞ』
強制停止用の杭を地面に撃ち込んだのに、ATVは停止していない。それでも、速度は落ちているが……。
ATVの制御AIのエラーメッセージを「鎧」のモニタに転送させる。
ロケット燃料で加速した状態で、強制停止用の杭を射出した結果、杭が折れたようで……杭の射出機構も一部破損。
「『チタニウム・タイガー』、底部杭射出機構を強制除装」
狼男は……警察が張ったらしい「立入禁止」の黄色いテープを破って、大通りに飛び出し……。
どうやら、この通りの入口を見張っていたらしい一般警官が、唖然とした表情で空飛ぶ狼男を眺めていた。
アータヴァカ/関口 陽 (2)
「おい、何、考えてやがる⁉」
流石にレンジャー隊の副隊長がブチ切れてる。
「事態を終息させる為には、犯罪者の手だろうが、犯罪組織と区別困難になった警察の手だろうが、使えるモノは何でも、使わせてもらう。おい、『アータヴァカ』、動画配信者を擬似ゾンビに変えた奴をすぐ見付けてくれ」
「まったく……」
あたしは大通りに出る。
「あ……おい……大丈夫だったか?」
大通りの歩道では……ふっ飛ばされた狼男が、七〇過ぎぐらいの婆さんと、その孫らしい幼児に声をかけていた。
「子犬には優しい不良なんてのは、ありがちな漫画で山程見たけど、子供と老人に優しい狼男のヤクザなんて、初めてみたよ……」
「うるせえ、俺は古い男なんでな。子供と老人は国の宝だと思ってる。俺みたいなのがヤクザになるしかねえ世の中の方がおかしいんだよ。あと、新入りの『正義の味方』さんよ。早速、相棒の悪い癖が伝染ってねえか?」
「へっ?」
「お前のクソ相棒みてえに、四六時中、くだんね〜事、ブツブツ言ってるぜ」
そして……周囲を見渡し……。
「あの、レンジャー隊さん達、早く、一般人避難させて‼」
あたしの頼みに、えっ? って感じになってるレンジャー隊の汎用型の生き残り達だけど……。
「とりあえず、あいつの指示に従え」
レンジャー隊の隊長が、そう指示を出す。
けど……。
「手際……悪いな……」
相棒が辛辣な指摘。
「仕方ないだろ。今年の3月末のアレ以降、ウチは『補充メンバーが3ヶ月生き延びた例が無い呪われた小隊』扱いされてんだぞ」
「一部の古株は別にして……訓練が足りてない新人ばかりって訳か……」
「で……どいつをブッ倒しゃ話は終りなんだ?」
狼男が、そう言うと……あたしは……指差した。
野次馬の中に居る……フードの男で顔を隠してる男を……。
中肉中背って言葉を現実化したような感じの体格。
登山用っぽい感じのフード付の上着。
下はカーゴパンツに……あれ?
あたしが愛用してるのと同じメーカーの靴だ。
ハイキング程度の軽い登山にも町中でのウォーキングにも向いてるタイプのハーフブーツ。
そして……隠すつもりもないほどの邪気を放ち……あれ?
さっきから……ある違和感を感じていた。
それが確信に変った。
雑居ビルに開いた「異界への入口」と……動画配信者達が変貌した擬似ゾンビ。
その2つの「邪気」のタイプが違う。
こいつは擬似ゾンビと同じタイプの邪気だ。
そして……そいつは……。
フードを下す。
「……お……鬼?」
短い……けど……それは……確かに「角」と言えるモノだ。
でも……ありがちなファンタジーもののラノベの「魔族」なんかの頭に生えてるヤツとは違う。ああ……あの手の角は……やっぱり人間が考えてデザインしたものだ。
出鱈目な場所から……出鱈目な方向に何本も……。明らかに皮膚を突き破り生えてる。その角の周囲の皮膚や肉は……化膿……腐敗……。
顔色は……クソ悪い。髪や眉毛は……嫌な感じだ……半端に生え残ってる。ほとんどが禿なのに、頭の何箇所かに妙に長い髪。
目は……白目の部分が明らかに変な色。でも、目の焦点は合ってるようだ。
「あああ……」
そいつは口を開き……。
乱杭歯って言やいいのか?
何本も抜けたり折れたりしてる歯。残った歯は普通より伸びてるが……どれ位伸びてるかは歯によって違う上に……虫歯か?……妙なドス黒い色に変色してる穴っぽいモノがいくつも。
『映像から種類は判るか?』
相棒が後方支援チームに連絡するが……。
『知っての通り、鬼っってのは……雷撃を操る青鬼と冷気を操る赤鬼を除いて、似たような外見の変身能力者や妖怪系を雑にまとめて「鬼」って呼んでるだけ。事実上、ほぼ一人一系統。鬼っぽい姿ってだけの情報じゃ能力や長所・弱点なんかは判らない』
アータヴァカ/関口 陽 (3)
「○×△□∩∵ッ‼」
その時、「鬼」が叫んだ。
素人が聞いたなら、密教系の真言……っぽく思うだろうが……だとしても、発音が無茶苦茶で、元は何の呪文だったか、さっぱり判らない代物。
「なっ?」
そして……逃げようとしていた周囲の一般人が次々と転倒。
魔法とか呪いとか心霊系とか……その手の能力は、大きく「特定の1人か何人かを狙う」ものと「不特定多数を狙う」ものに分けられる。
前者は、主に相手の「気配」を標的にするもの。後者は……場所や空間に一時的または半永久的に「呪い」をかけるもの。
当然ながら、同じヤツが使っても、後者の方が効率は悪くなる。
けど……。
『アータヴァカ? どうした?』
全身に痛みが走ったと同時に後方支援チームから連絡。
『ヴァイタルに山程異常が出てる。「鎧」の制御AIが予測した動きと、そっちの動きに不整合が出てる。そのせいで筋肉を損傷した可能性有り』
そう言う事か……。
あたしが着装してる強化装甲服「水城」には、着てる奴の次の動きを予測する機能が有るらしい。
たしか、筋電位とか……予備動作とかを元にして……。
「動こうとした瞬間に……かなり強い『身体干渉』系の能力を食らっちまった」
『多分、そのせいだと思うけど……その「水城」には防御魔法が……』
「破られた。あっさりと……」
マズい。
次から、魔法・心霊系の攻撃を食らったら……自分の力で防ぐしか無い。
身体干渉系は「魔法オタク崩れの魔法使い」どもには精神操作系に比べてイマイチ人気が無いが、色々と制約が有って専門の「職人」じゃないと巧く使い熟せない……例えば「何々について知ってる事を洗い浚い吐け」って「精神操作」を迂闊にやったら「そいつが知ってる真実」じゃなくて「術者が望んでる事を虚偽自白してしまう」とか……精神操作系より、実は、使い勝手がいいし、使える局面も多い。
そんな術を使ったって事は……こいつ、本当は、どっちなんだ?
力づくしか出来ねえヘボか、力も技術も有る達人か?
「消防隊に出動を要請。あと県警の交通課にも連絡。こちらのカメラの映像を消防隊と県警に送信してくれ」
レンジャー隊の隊長が向こうの後方支援チームに無線で連絡している。
車を運転してた奴らの中にも身体干渉能力の影響を受けたのが居たようで……車道では、あらぬ方向を向いた車が何台も止まっている。
そして……相棒が後方を振り向き……。
「派手な陽動も有ったもんだな……」
ニルリティ/高木 瀾 (2)
突然、相棒がここまで乗って来ていた三輪バイクのカメラから映像が転送される。
「派手な陽動も有ったもんだな……ちょっと片付けてくる」
「ああ、任せた」
背後には河童が3体。
薬で眠らせている雑居ビルの唯一の生き残りを回収しようとしていた。
河童達の体には虎縞風の模様。
熊本に多い「水虎」と呼ばれる連中だ。
水虎達は、腰のベルトポーチからカードのようなモノを取り出して、私に向け……。
「ん?」
「うわっ‼」
相棒とレンジャー達が悲鳴。
水虎達が使ったカードは魔法・心霊系の「力」を封じ込めた呪符らしいが、残念ながら、私はその手のモノを認識出来ない上に効かない。
そのせいで、相棒とレンジャー隊がとばっちりを食ったらしい。
水虎の内2名に掌底突き。
その際に掌の簡易スタンガンで電撃を食らわせる。
残り1名は逃げ出し……と言っても、わざと逃したのだが……。
「何だ……これは?」
水虎が落したカードを見る。
トランプを和風に描き直したような奇妙なカードだ。
描かれている絵は……あまり上手いようには見えない。いや……どこかで見た覚えが……。
逃げている水虎を空中用ドローンが追うが……。
『水虎の行き先にバンが1台待っている模様』
「応援は誰で、何分後に到着だ?」
私は、相棒がここまで乗って来た三輪バイクに登場。
相棒は気に入ってるようだが……この三輪バイクに描かれてるファイヤー・パターンは馬鹿っぽくて好きじゃないが、仕方ない。
『早太郎、ミラージュ、小坊主、猿神。5分以内に到着する確率は九〇%以上。最悪でも一〇分は無い』
クソ……。追跡するにしても、魔法使い系が居た方が得られる情報は多いが……仕方ない。
「理解した。私があの水虎を追跡する」
アータヴァカ/関口 陽 (4)
どうやら、この「鬼」がやったのは、派手過ぎる陽動で、雑居ビルの生き残りを確保すんのが目的だったらしい。
「え……えっと、被疑者になんのか……? 池田、あのデブを見張ってろ」
「了解」
レンジャー隊の隊長が汎用型の1人に命令。
汎用型が走り出した所で、背後から変な気配。
「ん?」
「うわっ‼」
河童どもがベルトポーチからカードのようなモノを取り出して相棒に向けて……そのカードから「使い魔」らしいのが飛び出すが……。
この手のモノは生きてる何かに取り憑いてない限り、物理的な実体が有るモノを認識出来ない。
言わば実体が無い魔法的・心霊的な存在は「気配」だけで世界を認識してるが、相棒の「気配」は……捕捉えにくい。
喩えるなら「姿は見えてるが、輪郭がボヤけてる」「音はするのに、あっちこっちで反響してて、音が出てる場所を特定しにくい」みたいな感じだ。
そのせいで、河童どもは相棒を狙ったようだけど……使い魔どもは相棒を素通りして、こっちを狙ってきた。
使い魔は3匹。
蛇みたいなの。人魂みたいなの。4本足の動物が布を被ったようなの。
と言っても……これも「気配」をあたしの脳が変換してるだけだが……。
何と言うか……土俗的な妖怪絵みたいな感じだ。多分、民間信仰系の呪術で呼び出されたモノなんだろう。
「吽ッ‼」
十分に「気」を練る時間も無いまま、牽制の「気弾」。
妖怪っぽい使い魔どもは、一瞬止まり……。
「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」
今度は本気の一撃。それで3匹の使い魔は消滅。
相棒は……わざと河童の1匹を逃してるようだ。
残り2匹は気絶。
その1匹の「気」を探る。
魔法とか呪術とか心霊系とか訓練は……多少はしているようだけど……せいぜい「誰か別の奴が作った呪符の効力を発動させる」ぐらいが関の山だろう。
『水虎の行き先にバンが1台待っている模様』
後方支援チームから連絡が入る。
『応援は誰で、何分後に到着だ?』
『早太郎、ミラージュ、小坊主。5分以内に到着する確率は九〇%以上。最悪でも一〇分は無い』
『理解した。私があの水虎を追跡する』
「おい、待て……あと5分ぐらい……あれを、あたし1人で相手すんのか?」
『応援が来たら対処出来るか?』
「え……えっと……ギリギリ……かな?」
『それまで持ち堪えろ。信用してるぞ、相棒』
「ふざけんな」
謎の「鬼」は……とんでもない邪気を放ちながら、ゆっくりと歩き出し……。
ニルリティ/高木 瀾 (3)
「ロックオンした車のナンバーを撮影。後方支援チームに送信してくれ」
『「日本国内で使用される車両のナンバープレート」という条件で対象の文字認識成功しました』
三輪バイクの制御AIは私の指示に返答した。
「なら、その文字認識結果も後方支援チームに送信」
『了解』
『車のナンバーの記録が有った。「龍虎興業」の2次団体が何度か使ってる車だ』
後方支援チームより連絡。
「特定の2次団体か? それとも複数の2次団体が使い回してるのか?」
『前者。本部は八代。あと熊本県内にいくつか拠点が有る。いわゆる「武闘派」だ』
龍虎興業は……表の顔はイベント興業を行なう会社だが、事実上は熊本県内の「裏社会」を仕切っている暴力団で、「九州三大暴力団」の残り2つ……久留米の「安徳ホールディングス」と北九州の「青龍敬神会」……と同じく、メンバーには妖怪系、特に「河童」が多い。
ただし、安徳ホールディングスや青龍敬神会に多いタイプの「河童」とは系統が違うらしい「水虎」と呼ばれる変身した後≒河童の姿になった時には甲羅に虎の胴体を思わせる縞模様が浮び上る姿になるタイプが多数を占める。
『あと……あの変なカードの正体が判った』
「何だ?」
『検索サイトの「RAMPO」で画像検索したら一発で似たようなのが引っ掛かった』
「はあ?」
『カードに込められてる魔法はともかく……カードそのものは一般的なモノだ』
なるほど……だから、見覚えが……。
でも、有名どころのトレーディング・カードにしては……流行りの絵柄じゃないし、そんなに上手な絵でもない。
なら……何だ?
その時、追っていた車から河童が銃を片手に箱乗りになって上半身を出す。
「自動回避モード」
私は三輪バイクの制御AIに指示を出す。
私の「鎧」と三輪バイクの装甲の素材は、短時間なら銃撃に対して軍用装甲車級の防御力が有るが……それでも受けないに越した事は無い。
「カードの正体の説明は、後で聞く。攻撃してもOKか?」
『予想進路上の同業者に一般車両のフリして尾行するように要請を出してる。適当に芝居して切り上げてくれ』
クソ……。
恐怖という感情を生まれ付き欠いている私は、他人の気持ちを推測するのが苦手で……芝居は「脚本」が有れば何とかなるが、アドリブでやるのは、それほど巧い訳じゃない。
その時……。
「畜生……自動回避モードOFF。この三輪バイクを遠隔操作。私の背後の車両の盾にしろ」
河童が銃撃を始めたのと、ほぼ同時に、サイドミラーに一般車両が写る。
『あ……了解』
「不自惜身命」
私は自分自身の「火事場の馬鹿力」解放の為の自己暗示ワードと「鎧」のリミッター解除ワードを兼ねた一言を唱える。
「背後の車の車種を確認してくれ。自動衝突回避機能有りの車種か?」
私は三輪バイクから前方に飛び出すと同時に後方支援チームに指示。
「ぎゃあああ……」
『古い車種だ。自動衝突回避機能なし。ついでに電動車じゃなくてガソリン車』
「鎧」の腕の隠し刃で、銃を持っている河童の腕を切り落すとほぼ同時に返信。
背後の車は、前方の騷ぎを避けようとして、ハンドルを切り損なったらしく……反対車線に突入しようとしていた。
「クソッ‼」
「鎧」の背面より余剰エネルギーを噴射。
だが、私が反対車線に入る直前に衝突音。
相棒の三輪バイクが衝突しようとした2台の車の間に入り、緩衝材になっていた。
「おい、何て真似してくれた? あの馬鹿が怒り狂うぞ」
三輪バイクを遠隔操作していた後方支援チームに苦情を入れるが……。
『あのな。こうしないと、お前、自分の体で衝突の衝撃を減らすつもりだったろッ‼』
『おい、「あの馬鹿」って、あたしの事か? 何が起きた?』
続いて相棒から無線通話が入る。
「大した事じゃない。ちょっと帰りが遅れるだけだ」
追突した車と、その乗員……更に後続の車の状態を確認しながら、相棒の問いに、そう答えた……。
幸か不幸か……生命に重大な支障が有ったり後遺症が残るような怪我人は……私が腕を切り落した河童だけのようだった。
アータヴァカ/関口 陽 (5)
「て……てめえぇッ‼」
狼男が怒号をあげながら「鬼」に突撃。
「鬼」は……さっき狼男が声をかけた老人と幼児の2人連れに近付いていた。
「がぁッ‼」
「鬼」の体から放たれる邪気の量が増大。
だが……。
狼男の方も、魔法・呪術・心霊系の修行はしてないようだが、持って生まれた「気」の量はベテラン級の「魔法使い」数人分。
邪気の中を突撃し続け……。
「へっ?」
とは言え、このチート級狼男相手でも、「鬼」が放つ邪気は、ほんの少しだけ影響は有ったようだ。
狼男の攻撃は「鬼」の左肩を掠った……えっ?
ドンっ‼
掠っただけの中途半端な攻撃で……鬼の左腕が落ちる。
それも、着ている服には大した傷が出来てねえのに……腕だけが落ちている。
血とかも出てる様子はねえ。
しなびた……瘡蓋だらけの腕。
上腕部には十年前の噴火で形が変る前の富士山と太陽のタトゥー。
……富士山の噴火で旧首都圏が壊滅した後の2〜3年間、消えてなくなった旧政権の復活を願うネット右翼の間で良く使われてたアイコンだった……と思う。
その頃、まだ、子供だったあたしが、何故、そのタトゥーの意味を知ってるかと言えば……。
轟ッ‼
地面に落ちた腕の付け根。腕を失なった「鬼」の左肩。
そこから、とんでもない量の「邪気」が放たれる。
「ど……どうなってる?」
狼男が怪訝そうな表情。
いや、狼男の顔に浮かぶ怪訝そうな表情って言っても説明が難しいが、ともかく、怪訝そうなに見える表情だ。
「おい、やべえぞ。あいつの体に傷を付ければ付けるほど……」
「マズい事になんのは、何となく判るが……どうなってる? あいつの体……普通の人間より、遥かに脆いぞ」
「だから……何が起きてる⁉」
レンジャー隊の副隊長が叫ぶ。
「あの『鬼』を傷付けると……その傷口が剣呑い『異界』への『門』になる」
「へっ?」
「下手に、あいつを傷付けると……繁華街のド真ん中が、一般人立入禁止の心霊スポットになるぞ」
「冗談だろ?」
「あと……あいつの体は……すげ〜脆いみたいだ……。普通の人間なら体内で止まる弾でも……体をブチ抜く可能性が有る」
「お……おい……どうすんだよ、それ?」
相棒から受け取った霊力入りの弾が入ってるだろう散弾銃を構えてるレンジャー隊の隊長が慌てた声。
あの狼男の攻撃とは言え、掠っただけで腕が落ちるような体なら……スラッグ弾なんか使ったら……あの「鬼」の体を貫通して……逃げ遅れてる一般人が二次被害を受けかねねえ……。
「お前、『魔法使い』系だろ、何とか……」
勝手な事を言うな。
あの「鬼」が「力だけのヘボ」だとしても……気とか霊力の差がクソデカい以上……下手に魔法・心霊系の攻撃をやったら、こっちが「呪詛返し」を食らう可能性……待てよ……。
アータヴァカ/関口 陽 (6)
「おい、狼男の旦那、今は一時共闘中と思っていいのか?」
あたしは、狼男に声をかける。
「当り前だ。ここがマズい事になったら……俺達も商売あがったりだ」
「じゃあ、力を借りるぞ」
「おい、何しやが……」
「すまん、気を楽にして、力を抜いてくれ」
「嫌な予感しかしねえが……他に手は無いようだな」
さっき河童達に使ったのと同じ……「形代の術」。
現実の魔法とか呪術による攻撃は……ファンタジーRPGなんかと違って、基本的に物理効果ほぼ無しの呪詛だ。
気だの霊力だので、相手を攻撃する。
もし、力や技量にデカい差が有る相手を攻撃すれば……いわゆる「呪詛返し」で、こっちがダメージを受ける。
ストロー級のボクサーがグローブなしで体重が倍以上の筋肉ダルマを殴れば自分で自分の拳を痛めかねない。
格闘技の技量が段違いの相手を殴り付ければ……相手からすれば「攻撃を捌いた」だけなのに、自分にとっては……そして傍から見れば「自分の攻撃の勢いを逆用され、投げ飛ばされた」ような状態になる事も有る。
それと似たような事で、魔法・呪術・心霊系の攻撃を誰か……それも同じ魔法・呪術・心霊系の能力・技術を持ってる奴にやるのは、常に危険が伴う。
残念ながら、魔法オタクの成れの果ての「魔法使い」の多くは……この辺りの認識が蜂蜜よりクソ甘いんで、一人前になれても長生きは出来ねえ。
そして、今、あたしが使おうとしてるのは……「狼男が魔法的な攻撃をやった」ように攻撃対象である「鬼」に誤認させる術。
「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」
「えっ?」
多分……「鬼」には……狼男の体から出た炎が、自分に向って来るように「観」えているだろう。
「がががが……」
「鬼」の口からは、呪文なのか絶叫なのか判らない声。
「鬼」が自分の身を守ろうとして放った邪気と、あたしの「気」がぶつかり合い……。
「ぐえっ⁉」
狼男が絶叫。
「大丈夫か?」
「ああ、何とかな……。でも、何をやりやがった?」
「え……えっと……何て説明すりゃいいか……」
早い話が……あたしの攻撃を防がれた反動を、この狼男が、あたしの代りに食らった訳なんだが……。理解出来るように説明したら、こっちの命が危なそうだ。
「おい、何で、そいつと仲良くつるんでんだ?」
その時……非難するような口調の声……。
声の主は……もう1人の銀色の狼男。
ヤクザの幹部の方の銀色の狼男の、すげ〜仲が悪い息子で……「正義の味方」の同じチームの奴だ。
「まあ、いい。巧い手を思い付いたな……」
ヘルメットの「目」が小型カメラになってて「頬」から防毒・防塵マスクの一部が出てる以外は黒っぽいプロテクター付ライダースーツみたいな衣装のが2人。
更に、黒いコートに中国の京劇の孫悟空みたいな感じのペイントがされたヘルメットの奴が1人。
ようやく応援が到着したようだ。
「話は大体聞いてるが……気を付ける事は?」
「あの『鬼』は体が脆いけど……物理攻撃で傷付けると、傷口が剣呑い『異界』への『門』になる」
「『魔法』で邪気を浄化するしかないか……その割には……」
「ああ……邪気の量がハンパねえけど……3人なら何とかなるか?」
「厳しいが……それしか手が無いな。『小坊主』さん、いいっすか?」
「はい」
「お……おい……またやる気か?」
狼男が抗議の声をあげるが……。
「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」
「オン・マリシエイ・ソワカ」
「妙・法・蓮・華・経・序・品・第・一」
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」
ここに居る3人の「魔法使い」系が同時に呪文を……えっ?
何だ、4つ目のは?
狼男の体を通して……三種類の「気」が「鬼」に向けて放たれ……。
けど……。
あたしの「気」は同じ「炎」に「観」える「気」により防がれ……。
残り2つの「気」も似たようなタイプの「気」で防がれる。
「用は済んだ……帰るぞ……」
「が……?」
鬼に声をかけた女には……覚えが有った。
「な……何だ……奴は……?」
応援でやって来た仲間の「ミラージュ」が……驚愕の声をあげる。
その女が放つ「気」を……あたしの脳が無意識の内に「映像」に翻訳している。
多分「ミラージュ」にも……同じモノが見えているのだろう……。
不動明王と愛染明王の2つの頭を持つ異形の忿怒尊……。
「うそだろ……何で……九州に居やがる……?」
アータヴァカ/関口 陽 (7)
マズい……。
動揺してるのが自分でも判る。
でも……あたしみたいな俗に言う「魔法使い」系は……マトモな流派なら、修行の過程で「平常心」を保つ訓練を散々やらされる。
自分なりの「平常心を保つ」「動揺した時に平常心を取り戻す」方法を身に付けられなかった奴は……残酷だが、他の資質がどんだけ凄くても、そこで不合格だ。
あたしの平常心を取り戻す方法は……怒り。
今までの人生での、色んなムカツいた思い出を想起し……。
「こんちくしょうがッ‼」
まずは……いきなり現われて「鬼」を守ってるあいつを何とか捕縛する必要が有る。
多分、重要な情報は……あいつが握ってる。
誰に雇われてんのか?……とか……雇い主の目的は何か?……とか……「鬼」の正体が、あたしが思ってる通りのヤツか?……とか。
奴の方に向けて駆け出し……。
「お……おい?」
背後から仲間が声をかけるが……無視。
「吽ッ‼」
相手が結んだ印は……金剛夜叉明王のもの……。
「があああ……」
次の瞬間、「鬼」が苦しみ出す。
鬼の周囲を無数の燃える梵字が舞っている……その梵字は金剛夜叉明王の真言。
「鬼」が苦しみ出したのは、放っていた邪気が浄化されたせいらしい。
浄化された邪気は奴が吸い込み……奴の「気」が膨らみ……しまった。
「吽ッ‼」
次は軍荼利明王の印。
奴の「気」が軍荼利明王の真言の梵字へと変り、そして炎の蛇と化して……あたしを呪縛しようとするが……。
「吽ッ‼」
こっちも「気」を放って炎の蛇を打ち破るが……。
続いて、相手の猛攻撃。
あくまで、あたしの脳が「気配」を映像に変換したものだが……あたしの「気」で千切れた炎の蛇は、一度、燃える梵字へと変り、更に炎に包まれた何個もの金色の武器へと変貌し、あたしに向って来るように見える。
「妙・法・蓮・華・経・序・品・第・一」
背後から声。
「助かったよ」
「どういたしまして」
「小坊主」のコードネームを持つ仲間の防御魔法が、奴の攻撃を弾く。
けど……。
「えっ?」
奴は……懐からカードのようなモノを取り出し……そこから……「小坊主」さんの「気」と相性の悪いタイプの「気」が放たれ……。
「忿ッ‼」
今度は「ミラージュ」が「気」を放ちカードから放たれた「気」にぶつける。
「がああああ……」
その時……「鬼」の悲鳴。
「その手が……有ったか……」
応援に来てくれた仲間の1人「猿神」の武器は弓矢。
矢の種類を変えて、色々な敵や状況に対応する事が出来る。
その矢の1種類……「浄化」系の霊力を込めた矢を……弓で放たずに、直接、鬼に突き刺していた。
「離れろ……あんたでも、そいつの近くに長時間居ると、悪影響を受けるぞ」
「了解」
物理的な傷は受けているけど……矢に込められた霊力のせいで異界への門を巧く開けないようだ。
「貴様ら……」
「鬼」の手助けをしていた「奴」が怒りの声……しまった……。
「奴」の守護尊は……あたしと同じ「明王」系。
「奴」にとっては……怒りを感じている時こそ逆に冷静になる上に……力も増す。
「オン・マカラギャ・バゾロウシュニシャ・バザラサトバ・ジャク・ウン・バン・コク‼」
次の瞬間、凄まじい攻撃が放たれた。
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