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良いデザインは、人の行動を変える|iMac(2021)

iMacのレビューやファーストインプレッション投稿も一段落してきたようです。いま手にしているのはプロユーザーがほとんどとはいえ、全体的にかなり高評価でした。

では、今年のiMac、何がそんなに良かったのか?

「良いものは良い!」……もちろんそれでいいと思うのですが、もう少し深読みすればその「良さ」は、

人の行動を変えるデザインの力

ではないかと私は思います。そのようなAppleのデザイン力が久しぶりに、存分に発揮された製品だと感じました。


●iMacを買ったユーザーはみな背面を見せたがる

iMacのレビュー投稿を見ていてひとつ明らかだった事実があります。それは「ユーザーがかなりの確率で背面を見せたがっている」ということです。

例えばYouTubeで「iMac」と検索してみると、多くのサムネイルはiMacを正面からではなく背面から写しています。

この理由は明らかでしょう。「背面が一番カッコいいから」です。

AppleはこのiMacに7色のカラーバリエーションを与えました。グリーン、イエロー、オレンジ、ピンク(レッド)、パープル、ブルー、そしてシルバーです。

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このうちシルバーを除く6色は、よくよく見るとそれぞれ素材や濃淡が異なる3色が使われていることがわかります。

(色1)アゴ(ディスプレイ下部):薄めの色×ガラスコーティング
(色2)スタンドや周辺アクセサリ:薄めの色×アルミ素材
(色3)側面と背面:ビビッドな濃い色×アルミ素材

という3色です。

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YouTuberがこぞって見せているのは(3)の「ビビッドな濃い色×アルミ素材」です。この色が一番特徴的で、ポップで、おしゃれだ。そう感じるようなデザインになっているのです。


●ユーザー体験の図式化

このユーザー体験の流れを整理すると、

【デザイン】Apple:デザインする(カラーリング含む)
  ↓
【 反応 】ユーザー:背面がカッコいいと感じる
  ↓
【 行動 】ユーザー:背面を見せて写真を撮る/背面が見える配置に変更する

となります。

「日本の住宅事情では壁にぴたっとデスクを置くことが多く、背面が見えない」という問題点も指摘されています。その通りなのですが、中には「背面あるいは側面を見せたいから部屋の配置を変える」という人もいるようです。

ほかに、「店舗のようにオープンな場所で使うのに最適だ」という声も耳にします。

長い間、デスクトップPCの背面は「裏」でした。Appleは比較的背面にこだわっていたとはいえ、そこまで積極的に背面を見せることを推奨してはいませんでした。でもこのiMacは、明らかに背面を見せるようユーザーに促していると感じます。背面を見せない配置にすると、魅力の何割かが失われてしまう……そう感じるほどです。

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●Appleの思考回路の図式化

この流れをApple側の視点から見てみるとおそらくこうなっています。

【 行動 】ユーザー:背面を見せて写真を撮る/背面が見える配置に変更する
  

【 反応 】ユーザー:背面がカッコいいと感じる
  ↑
【デザイン】Apple:デザインする(カラーリング含む)

先ほどの流れを逆にしています。

つまり、Appleの思考回路においては「行動」が先にあり、その行動を引き起こすための「反応」があり、結果として「デザイン」がある。

決して、「デザインを重ねた結果、この行動が生まれた」のではない、ということです。そうではなく、「意図した行動を生むために、デザインを考えた」と、私は感じました。


●Appleが視野に入れていること〜部屋の中心にある存在〜

では「背面を見せたくなる」ことがなぜそうも重要なのでしょうか?

その理由は──先ほど「日本の住宅事情」の話で少し触れましたが──Appleは【コンピュータを部屋の隅ではなく中心に据える生活】を実現しようとしたからではないでしょうか。

ここまで背面のカッコよさに絞って話を進めてきましたが、このiMacは全体的に上記のようなAppleの思惑を感じさせるデザインになっています。具体的には、

・側面が超薄型でカッコいいこと(360°全方向からの視線に耐える形態)
・女性一人でも持ち運べる重量/マグネット式の電源コードにより、移動が容易になったこと
・ポップなカラーデザインでライトユーザーに向けてアピールしていること
・キーボードやマウス、ケーブル類の色も統一し、インテリア性を重視していること

というように、デザインのすべてが「部屋の真ん中で振る舞うiMac」というイメージを具現化した形になっています。


●ニーズを追うデザインではなく、ニーズを生むデザイン

以上のことから私が感じたのは、Appleはニーズを生む企業である。ということです。

コロナ禍の事情を考えるとわかりやすいと思います。「ステイホーム」が強いられ「テレワーク」という働き方が一般的になった。急いでこれらのニーズに対応した商品を開発した/している企業は多くあります。

もちろん、iMacもその一つです。カメラやマイク性能の向上は、明らかにテレワークやビデオ会話を想定しているでしょう。

しかし、ステイホームで家にいる時間が増えたからといって、家庭用デスクトップPCの購入を検討する人が増えていたかどうかは、疑わしいです。たぶんほとんどの人は、

・書斎を確保して仕事用のPCを設える
・Netflix等のコンテンツテレビで観れるような設備(Fire TVスティック等)を購入する
タブレットを購入してエンタメ用途に活用する

といった行動をとっていたのではないか。デスクトップPCが選択肢に上がることは、あまり多くなかったと思います。

近年、デスクトップPCというモノの魅力はやや弱まっていたように思います。

一昔前──スマホもタブレットもない時代──は、PC以外ではインターネットが使えませんでした。私が大学に入学した当時は、PCを持っていない学生が履修登録をするためだけにネットカフェに足を運ぶという現象があったほどです。

でも今は、ライトユーザーはタブレットやスマホで事足りる。

一方、仕事で使う人はプロ用途の高スペックを追い求める。近年はスペックのみならずデザインにおいても“プロユース”を感じさせる製品が好まれていました。

そんな二極化の中で、場所に関する制約の多いデスクトップPCを選ぶ人は、減っていたのではないかと思います。デスクトップPCに対する「憧れ」のようなものも弱くなっていたでしょう。

そこで、Appleは──(私の想像ですが)もう一度デスクトップPCを生活に取り戻すことを目論みた。コロナ禍を狙ったわけではなくたまたまだと思いますが(それにしては開発期間が短すぎる)、この機会に是非に、と、デスクトップPCの復権をぶつけてきた。

そのために必要だったのが【部屋の中心にあるカッコいいiMac】という構図であり、それを実現するために選んだのが【360°カッコいい、特に背面がカッコいいiMac】というデザインコンセプトだった。

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Appleは、ユーザーのニーズを察しているわけではない。ユーザー自身も気づいていない潜在的な欲求を引き出すようなニーズを生み、流行をつくっていく。

私はそのように感じました。

このように、ニーズを「追う」のではなく「生む」ことのできる企業は少ないものです。しかもそれが、プロモーションや語りの力ではなく(もちろんそれも一端を担ってはいますが)、純粋にデザインの力で人の行動を変えられる企業は、ほんとうに「貴重」の一言に尽きます。

このiMacには、往年のAppleファンも心を躍らせている。なぜならば、かつてのAppleが、(おそらく)同じような意図で世に出した初代iMac(1998)のリバイバルを感じさせるデザインだからではないでしょうか。

カラーリングの豊富さはリバイバルの一要素にすぎない。もっと根底で共通している理念があるように感じられました。

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●コンピュータ業界の今後

ここからは私の勝手な想像です。

先ほども書きましたが、近年はデザインにも「プロっぽさ」が求められていました。実はApple自身もこの流れに一役買っています(スペースグレイのiMac Proの発売など)。

「ダークトーン/ブラック/ミニマル」

という、いかにも「性能の良さそうな」コンピュータや周辺機器への憧れが高まってきた数年間だったと、私は感じています。

しかしこのiMacが登場したことで、流れはおそらく変わるだろうと思っています。

「ブライトトーン/ホワイト/ポップ」

こんなデザインがコンピュータ・ガジェット業界でふたたび増加する気がします。かつてのiMacの登場を機に、スケルトンのデザインが大ブームになったように……。


参考文献

(画像はすべてApple公式サイトより引用)

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